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魔女の策略
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しおりを挟むゴオ、ゴオ、ゴオオ、と激しくなる雨風に、家族は身を寄せ合って一つの部屋の集まった。
「何だか、嫌な風ね……」
メンディスの憂いを一笑した筈の姉が、不安そうにぽつりと呟く。
ほら、だから言ったじゃないか、そうだろう?
と畳みかけたくなるのを抑えた。言ってもどうにもならない。むしろ不安が増すだけだ。
やがて誰もがうつらうつらし始めて、メンディスも浅い眠りに落ちた時、夢を見た。
真っ暗な闇の中に誰かが立っている。浮いているといったほうが正しいかもしれない。そこに地面はなく、周りの景色も全く見えない。
〔見つけた……〕
頭の中に直接声が聞こえた瞬間、ぞっと全身に鳥肌が立った。冷たい、絶望の極みのような声だった。
シルエットは人のようだったが、人間ではない、と彼は感じた。
がばっと飛び起きると、全身びっしょりと汗をかいていた。周りを見渡すと――――――誰もいない!
「母さん! 姉さん! チャムル!」
叫びながら小さい家中を探し回り、出稼ぎの間使われない父の作業部屋を開くと、そこに母と幼い姉の子が―――――血を流して倒れていた。既に息がないのは一目でわかった。
「母さん!!」
絶叫して二人に駆け寄ったが何もできるわけがない。そして同時に気づく。姉がいない。
「姉さん!」
踵を返して玄関のドアを開ける。まだやまない雨風の中真っ黒な物体。暗い夜の暗い中に、黒いものが、ただそれだけでは見えなかったであろうそれが浮かび上がるように見えたのは、その何者かが抱えた姉の白い腕が剝き出しになっていたからだ。
「姉さん!!」
姉は反応しなかったが、それは振り向いた。
巨大な獣を従えて今にも飛び去ろうとしていたようなその、女は、振り返って呆れたような声を出した。
「もう気づいたのか、お前を犯人にする予定が台無しだな」
独り言のようなその言葉に聡いメンディスは瞬時に状況を理解した。つまり、この女が母と甥を殺し、姉を連れ去ろうとしているのだと。そしてその罪をメンディスに被せようとしたのだと。
「姉さんを返せ!!」
人生でこんなに大声を出したことがないほどの、心の底からの叫びは一笑に付された。
「威勢がいいな。だが返せと言われて返すわけがない。この女は、ちょうどいい器だ。もっとも、魔力が少ないから大してもたないだろうがな」
「器……」
器とはなんだ。何の話をしているんだ。
「返せったら返せ!!」
飛びついて女のマントをつかんだ瞬間に、深く被ったフードから、顔が見えた。
落ち窪んだ目、しわしわの肌。どれだけ歳を取ればこんなに老いるのかと思うほどの老婆だった。そしてその肌は爛れて剝がれかけている。
「うわああああぁ!!」
あまりの恐怖につかんだマントを離してしまった。女は高らかに笑って宙に浮く。
グルルルル…グルルルル、と獣が威嚇して今にも牙を剥きそうなのを制して、面白そうに女は笑った。
「まあ待て。面白いじゃないか。童よ、お前を生かすかわりに呪いをかけてやろう。敵を討ちたかったら呪いを解いて、私より強い魔法使いを連れてくるがいい」
「……なんだと……?」
メンディスには、女が単純に面白がっているとわかった。メンディスが本当に敵討ちになど、来る筈もないと確信した上での悪戯心だ。
「お前が恐怖したように、私の体はそろそろ限界を迎えている。だが、所詮体は容れ物でしかない。代わりを探すまで」
だが、と苛立ちを僅かに滲ませた。
「近頃はめっきり魔力を持つ者が減った。嘆かわしいことだ。この女はかろうじて器になる――――――ほんの五十年ほどであろうが、使ってやろう」
「なにを、馬鹿なことを! お前にそんな権利があるものか!! 姉さんを返せ!!」
女は吹き荒れる雨風の中、脳裏に響き渡るほどの音量で笑った。それはまるで世の中を全て憎んでいるかのような、虚無の笑い声だった。
「愚かだな」
笑い終えた女の声はがらりと声色が変わり、抑えた怒りで満ち満ちている。このような悪意と、哀しみのような感情を、メンディスは感じたことがない。胸が苦しくなるような思いは、今の自分の感情とシンクロしているかのようで、メンディスはまるで自分が悪者になったような、罪悪感のようなものに支配され始めていた。
(……違う。僕のせいじゃない、どう見たってこの魔女が悪いに決まっている……)
頭ではそう思うのに、無力感に襲われてそれ以上動くことも出来ず、ぬかるんだ地面にへたりこんだ。
「お前はこれからその身も心も朽ち果てるまで、夜闇に身を隠す術しかない獣として生きるがよい」
女はそう言うと、長い杖を振りかざし、雷のような光がその杖に落ちる。
そして吹きすさぶ雨の中、杖から青白い光がメンディスの体を貫くと、彼はそれきり意識を失い―――――――気づいたら、梟の姿になっていた。
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