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第八章

193話 子リッカルみたいじゃないか!

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 41層ザッサン、ヴァントリア・オルテイル――いや、第5王子に戻ったらしいヴァントリア・オルテイル様が王宮に帰らないと言い張り留まっているらしく、この階層では大規模な捜索が行われている。

 兵士達は心の底から思っていることだろう……シスト様はなぜ、あんな問題児に拘るのかと。王族の品位を落とし続けるような人をなぜ王族に戻したのか。

 しかも戻った筈なのに41層に留まろうとするなんて!
45階層のうちの、41番目の階層だぞ!

 そもそも王族が足を運ぶような場所じゃない。

 そりゃあ行事に参加する為に降りてくることはしばしばあるだろうが、王宮で暮らすように決められている下級階にやってくるなんて、王族の自覚がないとしか言いようがない。

 そんなわけで41層に滞在中のビレストと合流を果たしたのだが、あろうことか、彼らの泊まる宿屋でオレの一番嫌いな話題が飛び交っている最中であった。

 仲のいいチームの1つが食堂で机を囲んで椅子に座り、酒を飲んで、ちょっとしたおつまみを齧りながら喋っている。

「団長が踊り子に夢中って、それ本当なのか!?」

 これを言ったのは、サングラスを掛け、無精髭を生やした長髪の男、ベリュムード・アディテュゲータ。赤みがかった茶髪の髪を後ろでくくっている。

 その右隣には丸坊主の筋肉モリモリ我が騎士団のお父さん、ディフド・ウル・デオル。右隣には金髪癖っ毛の背が小さいモルゼ・クラフェヌ、騎士団に入ったばかりの新人だ。

「可愛かったからなあ、あの子、エルデの奴、ああ言うのがタイプだったんだな」
「いつも厳しいあの団長も恋をするなんて、ビックリッス。なんか親近感わくッスね!」

 モルゼの教育係であるソーサン・マアレ・ハーリベルトは彼の向かいに座る黒髪の逞しい男で、彼の隣に座るのはシラマ、みんなに弟のように可愛がられている。こいつも新人だ。

「オチリスリの……確かリアちゃん? だったっかー?」
「ランシャですよ、ランシャの踊り子ちゃんです」

 ソーサンがデレっとダラしない顔をして、自分の杯に酒を注いでいく。

「可愛かったなー俺も食事誘っちゃおうかなー」
「団長の邪魔しちゃダメですよ」
「お尻振ってるの可愛いかったなーもっかい見たい、胸も揺れるわ揺れるわー」
「セクハラッスよ」

 彼等がわいわい騒いでいる机に、傍にあった椅子を持っていき、間に座って聞く体制を取る。

「そう言えば、今朝エゾファイアさんが通話してたな。休みたいってオリオスさんに駄々こねてたぜ!」

 ベリュムードが言えば、モルゼが「ええっ」と驚く。

「うわ何それ見たかったッス、絶対おもしれえ」
「なぜ休みたかったんだろうか?」

 ディフドが不思議そうに聞けば、ベリュムードがニヤニヤしながら答える。

「団長とリアちゃんが、今日デートするんだと! あの人エルデさんをからかうの好きだからな。跡付けるつもりだったんだろ」
「はー、性格悪いですね……!」

 シラマが言えば、ソーサンが机に突っ伏して子供がするように腕をバタバタ動かしながら「くそー!」と叫ぶ。

「ちくしょう団長めぇー! デートなんてやるじゃねーか! いつの間に誘ってたんだよー!」
「団長、本気なんスかね?」
「あのハプニング抱っこの後も顔真っ赤だったからなあ。きっと本気だろう」
「あれは面白かったな」
「それ俺見てないっス! 見たかったっス!」
「俺も見てねーよー詳しくー」

 その通りだ。詳しく聞かせろ。

 傍にあった誰のものか分からない酒杯を掴み、クビグビと飲み干してから、オレもその言葉に便乗して言った。

「く、わ、し、くぅぅぅぅ……ッ」

「え…………?」
「お…………?」
「ッス…………?」
「あん…………?」
「はい…………?」

「「「「「……………」」」」」

「「「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」」」」」

 途中からずっと輪の中に入っていたと言うのに、何故か驚かれてしまった。

「だ、だだ、ダンデシュリンガー!? てめえなんでここに!? 明日着くんじゃなかったのか!?」
「いきなり現れないでくださいよ副団長心臓止まりますよ! 顔面はキラキラしてるのに、相変わらず影薄いんですねまったくビックリしすぎてイラッとしましたよ!!」
「つーか気配消すなよー副団長そのクセは直した方がいいぞーだからぼっちなんだぞー」

 アンタらが勝手に驚いたんだろ。そしてぼっちじゃない、影も薄くない。

「仕事がはやく終わったんだ。エゾファイアさんには今日着くって連絡したんだけど……?」
「知らされてねー……」
「リアさんと団長のことで頭いっぱいだったんですね、あの人……」

 いやいや、そんなことはどうでもいい。

「いいからさっさとエルデちゃんとその踊り子ちゃんの向かった場所を吐け!」
「な、なんでだ。ヲン、まさかお前、またエルデに惚れてる女の子を自分に惚れさせようって魂胆か?」
「てめえほんと……性格悪いな」

 うるせえな、さっさと教えろ、とベリュムードを睨み付ければ睨み返される。

「今回はエルデさん〝が〟惚れてんだよ。もう放っておいてやれって!」
「うそだ……」
「あん?」

 嘘だ、絶対に、ぜえええったいに嘘だッ!!

 ――バンッと机を叩いて立ち上がり、ベリュムードの目に入りそうな勢いで人差し指を突き付ける。

「こんの大嘘付きが! エルデちゃんは正義としか恋しない!!」
「お前な……。いやまああの人なら正義と恋しそうなレベルだし、気持ちは分かるけどさ……」
「お前ら失礼だぞー」
「まさに正義なんだよ!! エルデちゃんは! 正義の塊なんだよ!!」
「おうおう、そうだなー」
「よしよし、さみしいんだな、ヲン。よしよし」

 ディフドの手を退けてもう一度机をぶっ叩く。

「そのエルデちゃんが、女の子に惚れた!? 女の子が惚れたんじゃなくてエルデちゃんが惚れただと!? 初恋? エルデちゃんの初恋は正義じゃないのか!?」
「いやきっとそうだぜ、正義に初恋してるぜ」
「オレと言う正義が傍にいるのにどうして女の子なんかと! エルデちゃんは! オレに惚れてる筈なのに!! エルデちゃんの初恋は! オレの筈なのに!! エルデちゃんは! オレの永遠の恋人なのにいいいい!」

「「「「「やっと本音が出たか……」」」」」

 己の身体を抱き締めて空中にキスをしていれば、ディフドにおつまみを口に突っ込まれる。

「邪魔してやるなよ、エルデの為にもお前の為にも」
「なんでオレの為!? オレはエルデちゃんがそばにいれば幸せなんだよ! て言うかオレと付き合ってるのに浮気していることが許せないんだ。そもそもオレ達は付き合ってるって皆分かってるのにどうして女の子達は寄ってくるんだ、隙あらばオレかエルデちゃんに触れて来て引き離そうとしてきて――」
「てめえの妄想はもういいからさっさと寝ろよ。どうせ仕事終わった後休みもしないですぐ向かって来たんだろ」
「エルデちゃんと同じ屋根の下じゃないと寝れない」
「副団長キモイッス」
「エルデちゃんとのおやすみのキスがないと寝れない!!」

 隣にいたモルゼを抱き締めてキスしようとすれば「ぎゃーっ!?」と喚かれる。モルゼのほっぺたにちゅっちゅしていれば、ソーサンが呆れたように言った。

「まさか本当にしてねーだろーなー?」

「…………」


「「「「「てめえ……ッ!?」」」」」


 だって起きないんだもんよ、何回したってべろべろしたって起きないんだもんよ。

「そして唇柔らかくて癖になる……あの肉厚な舌を噛む感触がまた……」

 想像してモルゼのほっぺたにいるエルデちゃんとキスしていれば、ベリュムードに襟首を掴まれて前後に揺すられる。

「キモイが過ぎるぞ!? てめえ本当にどうかしてるぞ大丈夫か!? いや大丈夫じゃないな!? ああ、分かった、お前も正義が好きすぎるんだ正義に恋してるんだな!?」

 ベリュムードの手を掴んで無理矢理動きを止めて、オレは彼の顔に鼻がぶつかるまで顔を近づけてやわらかーくうつくしーく微笑んで見せた。

「そうだよ。エルデちゃんもオレも正義に恋をしてる……そう、エルデちゃんと言う名の正義、そしてオレと言う名の正義、オレ達はお互いに正義であって正義に焦がれる存在だ。深く深く身体も結びつくまで愛し合ってるんだ」
「待て、今身体がどうとか言わなかったか? まさかヤッてねーだろーな?」
「途中で起きるからそれは無理だな~……」
「途中ってなんだてめえ今度からベッドに縛り付けてやる!」

 と言うわけで、エルデちゃんを誑かしたその女、生かしておけない……それかオレに惚れてもらおう。うん、いつも通りそうしよう。

「んじゃさいなら、オレが眠るためにもエルデちゃんを連れ戻してくるから!」

 宿屋を飛び出せば、複数人の大声が背中を追いかけてくる。

「「「「「待てえええええッダンデシュリンガあああああああ!!」」」」」

 彼らを撒いた後、エルデちゃんの匂いを辿っていけば、噂の踊り子ちゃんと食事をしているエルデちゃんを発見した。

 確かに、可愛いかもしれない……。つーかエルデちゃん抜きで言えば、くそ好み……。

 そう、今までエルデちゃんやオレに寄ってきた女の子達の中で1番可愛いかもしれない。1番好みかもしれない……。可愛い……。

 だがしかし、何と言うか、エルデちゃんに全く興味なさそうじゃないか。

 連れて来てるウサピョンしか見てねえ。

 つーか何、なんでウサピョンなんか連れて来てるんだ? つーかデナイなオイ。

 可愛いものが好きな私可愛いでしょエルデ様、はーと♡、ってことなのか、ざけんなくたばれ消えされ滅びろ。

 しかし、様子を見ている限り、本当にエルデちゃんの一方通行らしい。隙あらばウサピョンとイチャついている。

 あのウサピョンもエルデを睨み付けてるし……もしかして、結婚してるんじゃないか?

 階層によっては動物と結婚出来る協会もあるし……あのウサピョンと女の子両想いなんじゃ……。やっぱりエルデちゃんにはオレしかいない。うんオレしかいない。

 ――とか思っていたのに、塔の中に入って様子が見れなくなるし。……だが女の子のことを考えるなら、森を歩かされて古くて不気味な塔の中に入ってハイ終わりなんて、あまりにも酷いデート過ぎる。

 たぶん塔の1番上に出てロマンチックに町を眺めるつもりだな。

 そう予想して、辺りで1番高い木に上って望遠魔法で眺めていたら、やはり塔の上に出てくる。

 出てきたはいいが……何で手を繋いでしかも抱っこされて出て来てるんだ、つーか何あれどうなってんの、手繋ぐ必要あったか?

 いや待て待て、それより何より、何高いところ怖いの、ぎゅってしてエルデ様、はーと♡って密着してんだ、オレのエルデちゃんに触れるなこのアバズレ女!

 そう思っていれば女の子は下ろされる。あ、今エルデちゃんがオレの方を見た気がした! オレを好きなんだな、やっぱりオレが好きなんだな!

「普段は恥ずかしくて言えないけど、オレも好きだよ! 愛してるよエルデちゃん! んーま! んーま! んんんんまっ!」

 投げキッスをしまくっていれば時間が流れ、何を話しているのやら、長い長い。もう帰りなよ、ね?

 流石に眠くなってきてうたた寝していると、エルデちゃんが突然、女の子を抱き締めて大きな声で叫んだ。

「お――はお前が好き――だッ!! ――リア――テイル!!」

 お前が好き……リア、テイル?

 す、好きだと? 呼び捨てだと?

 〝リア、テイル〟だと?

 まさか、まさか。



「リア、あ、ああ、愛している……だ、とおおお!?」


 もう頭の中が真っ白だ、何だこの喪失感は涙まで出てきたぞ。

 エルデちゃん……オレのエルデちゃんが。

「うう……」

 う、浮気だ、完全なる浮気だ……。

 しかもこれオレがフラれる奴だ。別れ話行きだ。

 だって何あの顔何あれ、あんな顔見たことないもん……。

 いつも張り詰めるような空気を出しているあのエルデちゃんが、あの子の前じゃまるで怯えてる子リッカルみたいじゃないか……。

「か、帰ろうかな……」

 いや、エルデちゃんを信じて最後まで見届けるべきだ。オレ達は愛し合っている! 永久に一緒! 永遠のパートナー!

 ……エルデちゃんを信じ、見届けた結果、エルデちゃんはリアちゃんの手にキッスをした。
 オレにはしたことないくせに。

 しかも別れ際に手紙とか聞こえたし。
 オレには手紙なんて書いたことないくせに。

 何より、ずっと背中を見ているのは何なんだ。何なんだその引き留めたがっているような動きの手は。何なんだ。あの子に向けているぽうっとしたその熱い眼差しは!


 ああ、可愛い子は好きなんだけど。女の子は好きなんだけど。そして超好みなんだけど。

 ああ、可愛い。

 ああ、でも。





 ああ……ぶちころす。


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