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3年前 残り半年の兄

徐々に洗脳されていく兄を見てきた3年間のドキュメンタリー

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 兄嫁はこの頃になると、最初の章でも述べたように、誰とも口をきかなくなり、私たちと顔を合わせそうになると、急いで隠れるという、奇怪な行動をとるようになります。私も最初のうちは首を傾げ、不思議がる程度でしたが、その分、兄がある意味、矢面に立つようになりました。

 正直、私は、

(そんなに嫌ならここから出て、別にマンションでもアパートでも借りて住んだらいいじゃないか…)

 とも思っておりました。しかし、金銭的な問題でそれができない事も知っています。

(だったら、もう少し歩み寄る態度も必要なんじゃないの?)

 ある日、こんな出来事がありました。

 母親が兄に、兄嫁が我々を無視続ける態度に、

「なんで、私たちにあんな態度とるのかしら?」

 と、言った事があります。もっともな質問です。

 以前の兄であればおそらく、

「わかった。嫁に聞いてみるよ」

 とか、

「注意しておくよ」

 とかいう中立の立場をとるタイプだったと思います。

 しかし、兄から返ってきた返事は、

「おふくろは性格が強すぎるんだよ。だから無視されるんだよ、おふくろの方がもっと謙虚になれよ!」

 と言ったそうです。母親は昭和一桁の生まれで、大変な変動期を生きてきた訳ですから、強くなければ生きてこれなかったでしょう。でもそんな事は65年間、母親を見てきた兄ですから、当然知っていることです。いまさら言うべき言葉でもないと思います。

 その大きな声に私は何の言い合いをしているのか、2人の邪魔をしないように、そっと聞いていました。

 その会話が概ね、こんな会話でした。

「なんで一生懸命、お前を育ててきた親に、そんな事を言うのよ!」

 母親の声は少し涙ぐんでいる感じでした。

「俺は事実を言っただけだ」

 兄はさらに声を荒げて言いました。以前の兄なら決してそんな事は言いません。それは私が断言できます。おそらく、兄嫁がそう言わせているのだろうと、想像はつきます。

 母親は泣きそうな声で、

「あんたが3人の兄弟の中での、一番良い大学へも入れてあげたし、ずいぶんとお金もかけてあげたのよ」

 と言うと、兄は、

「そんなの関係ねえよ」

 とさらに言い放しました。

 91歳の母親対して、言うべき言葉ではない、と感じました。さすがに聞いていた私も怒りが込み上げてきて、出て行こうかとも思いましたが、感情的に私が出て行っても、さらに事態を悪化させるだけかと思い、踏みとどまりました。

 ただその時、1階廊下の先の鍵をかけている兄夫婦の部屋のドアが少し開いているのに気づいたのです。もしかしたら、兄嫁が2人の会話をこっそり盗み聞きしているのかもしれません。

 少しゾッとしたのを覚えております。

 もはや兄は私たちが知っている兄ではなくなっていると感じました。しかしこの時はまだ、洗脳されているのではないか、などという発想は浮かびませんでした。

 ただ、この夫婦関係は普通ではないな…と思うくらいで…


 3年前 残り半年の兄 完 続く
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