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1.何となく思い出したよ

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 私が所謂前世と言うヤツを思い出したのは、世話になっている宿屋の前に止まった酷く場違いな馬車を見た時だ。

 住み込みで働いている宿のあるこの辺りは、城下でも治安の良い方だし、うちはごく一般的な庶民に良心的な料金で良心的なサービスを提供する宿だけど、少なくともお貴族様がお忍びならともかく堂々と馬車で乗り付けるような所では無い。

 豪奢な馬車を見た瞬間ふと頭に浮かんだ言葉……『あ、なんかこういうシチュエーション、ラノベで読んだ事ある気がする……ん? ラノベ? ラノベって……なんだっけ?』からの記憶の奔流。まあぶっ倒れましたとも。お陰で「ああ娘よ!!」と叫びながらの知らないおっさんの突撃を回避出来たらしいけど。

 女将さんと揉めて一旦は渋々引き下がり、後日改めて現れたおっさんと引き続き憤慨中の女将さんによると、なんでも私の母は地方の吹けば飛ぶような小さな領地の男爵令嬢だったとかで、家計を助ける為メイドとして奉公に入った伯爵家で、嫡男であったおっさん……改め父と出会い、恋仲になったのだそうだ。しかしその時既に父には格上の家から迎えた正妻と嫡子が。まあ要するに不貞ってやつね。あまりにオリジナリティのないテンプレ展開で軽く目眩がしたのは言うまでもないけど。

 で、お約束の妊娠発覚→正妻にバレて嫉妬憎悪→泥棒猫は出てけの3コンボ。正直嫁さん居るのにメイドに手出すなんて控えめに言ってクソだよね父親。いくら正妻が実家の権力振り回す鬼嫁だとしてもね。同情して流された母さんも母さんだけどさ。

 で、追い出された母さんは実家男爵家へ帰ろうと思ったんだけど、悪阻がかなり酷かったらしく、途中のこの街で倒れ、その時丁度泊まってた宿……つまり今いるここだね。ここで悪阻の期間が終わるまで女将さんの世話になってたんだそうだ。女将さん優しいね。人情だね。

 だけど酷いのがここに滞在している間に母さんが実家へ送った手紙の返事だ。『働けないなら穀潰しは要らん。帰ってくるな』。アレだね。これを聞いた私は小遣いをちょっとずつ貯めて買った高級パティスリーのケーキを、女将さんの阿呆次男リッキーに『一口くれ』と言われて、嫌だという間もなくしかも半分以上食われた時以来の殺意を覚えたね。あの時はガチギレして一発本気の平手打ちかましたあと親父さんに泣きついて、ボコボコにしてもらって鬱憤晴らしたけど。
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