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16. いなくなった子 3
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その日のお昼はめずらしく、洋食系のワンプレートだった。
しかも、なんだかちょっとお子様ランチっぽい。
オムライスに肉団子、添えられたポテトサラダに入っているにんじんなんて、星の形に切ってある。
こんなのは初めてだったから、たぶん、マサシくんのためだ。
ちょっと、お子様ランチっぽい。
「なにこれ」
雲雀さんにとっても初めてのことらしく、さっそくツッコミが入る。
「たまにはいいかと思いまして」
志麻さんがそう返事するあいだにも、マサシくんは興味津々な目つきで皿の上の料理を眺めている。
それがあまりにも嬉しそうだったからだろう。雲雀さんもそれ以上は言わず、食べ始めた。
マサシくんは助けを求めるようにあたしを見る。
「どうぞ」
それで、勧めてみると行儀よく「いただきます」と言ったあと、料理に手をつけた。
なんだかずいぶん抑制された行動を取る子だ。
(行儀いいっちゃあ、いいんだけど)
さっきもなんとなくひっかかったけど、本人に追及したってしかたない。
そこにこだわるのはやめて、あたしも、食事に集中することにした。
「そんなにいたいのなら、おうちにいったん連絡をしましょうか。親御さんからの許可があるなら、こちらも安心してお預かりできるから」
とうとう、志麻さんが助け舟を出す。
でも、マサシくんはそれを聞くと、見るからに顔色が悪くなった。
「あの、わかりました。やっぱり、帰ります。でも、最後にひとつだけ、お願いを聞いてもらってもいいですか」
「なに?」
「あの螺旋階段を見せてもらってもいいですか」
なんだか、おかしなことを言いだした。
でもたしかに、さっきからチラチラと視線を向けてはいた。
(まあ、あそこまでりっぱな螺旋階段なんて、珍しいもんね)
「なに、将来建築家でも目指してるの?」
雲雀さんが皮肉そうに言った。
「雲雀さん……」
大人げない態度だと思ったのだろう。志麻さんが声をかけると、あからさまに舌打ちをした。
「勝手にすれば」
それだけを言い捨て、さっさとエレベーターに乗り込んでしまった。
まあ、要するにふてくされてしまったようだ。
「じゃあ、荷物持って。ちょうど玄関もそっちだから、好きなだけ見てから帰ればいいわね」
志麻さんはエプロンをはずし、マサシくんの手をごく自然に取った。子供の扱いには慣れているらしい。
あたしもなんだか成り行きでついていった。
食事を終え、お茶が出るころになると、志麻さんは改めてマサシくんに訊いた。
「おうちはどこなの? 近く?」
わざわざそう訊くってことは、見覚えのある子ではなさそうだ。
買い物や近所づきあいの範疇のことは基本的に志麻さんがやっているので、その手の事情には、この中では一番詳しいはず。
(この辺の子じゃなさそうだな……)
案の定、マサシくんはかぶりを振った。
「学校サボったことは黙っててあげるから、明るいうちにおうちに帰りなさい。駅まで送ってあげるから」
志麻さんが優しく言う。
でも、マサシくんは泣きそうな顔になった。
「もうすこしだけ、ここにいたらだめですか」
それを聞いて、志麻さんも困った顔になる。
家の中には、気まずい沈黙が流れた。全員でにこにこしていた、さっきまでの食事時間からの急転直下だ。
「そんなに家に帰りたくないんだ」
雲雀さんが、ふいに口をはさむ。なんだか、気持ちはわかるという雰囲気で、ちょっと意外だ。
「帰りたくないわけじゃないんです。でも……」
マサシくんはそれ以上は口をつぐんでしまった。
「そんなにいたいのなら、おうちにいったん連絡をしましょうか。親御さんからの許可があるなら、こちらも安心してお預かりできるから」
とうとう、志麻さんが助け舟を出す。
でも、マサシくんはそれを聞くと、見るからに顔色が悪くなった。
「あの、わかりました。やっぱり、帰ります。でも、最後にひとつだけ、お願いを聞いてもらってもいいですか」
「なに?」
「あの螺旋階段を見せてもらってもいいですか」
なんだか、おかしなことを言いだした。
でもたしかに、さっきからチラチラと視線を向けてはいた。
(まあ、あそこまでりっぱな螺旋階段なんて、珍しいもんね)
「なに、将来建築家でも目指してるの?」
雲雀さんが皮肉そうに言った。
「雲雀さん……」
大人げない態度だと思ったのだろう。志麻さんが声をかけると、あからさまに舌打ちをした。
「勝手にすれば」
それだけを言い捨て、さっさとエレベーターに乗り込んでしまった。
まあ、要するにふてくされてしまったようだ。
「じゃあ、荷物持って。ちょうど玄関もそっちだから、好きなだけ見てから帰ればいいわね」
志麻さんはエプロンをはずし、マサシくんの手をごく自然に取った。子供の扱いには慣れているらしい。
あたしもなんだか成り行きでついていった。
マサシくんは螺旋階段の中心の開いた空間に立ち、身体を逸らせながら天井を見上げる。
「高い……」
呟く声は小さく、すこし怖がってはいるようにも聞こえる。
それから床に視線を落とし、まるでそこになにかが置いてあるように、じっと見つめている。
「なにが……」
その態度が不思議で、質問しようとした時だった。
表から車の停まる音が聞こえ、誰かが携帯電話で話す声が聞こえてきた。
爽希さんだ。
たぶん、仕事の話をしているのだろう。厳しい調子の声だった。
志麻さんが気づいて、ドアを開ける。
それを当然のような態度で入ってきて、螺旋階段まで来たとたん、喋りが止まった。
目を見開き、口を何度か音無しでパクパクとさせたあと、相手に「後でかけ直す」と硬い声で告げ、耳から離した。
そして、マサシくんの小柄な身体を、まるで吹き飛ばそうとでもするような怒鳴り声をあげた。
「なぜ君がここにいる!!」
しかも、なんだかちょっとお子様ランチっぽい。
オムライスに肉団子、添えられたポテトサラダに入っているにんじんなんて、星の形に切ってある。
こんなのは初めてだったから、たぶん、マサシくんのためだ。
ちょっと、お子様ランチっぽい。
「なにこれ」
雲雀さんにとっても初めてのことらしく、さっそくツッコミが入る。
「たまにはいいかと思いまして」
志麻さんがそう返事するあいだにも、マサシくんは興味津々な目つきで皿の上の料理を眺めている。
それがあまりにも嬉しそうだったからだろう。雲雀さんもそれ以上は言わず、食べ始めた。
マサシくんは助けを求めるようにあたしを見る。
「どうぞ」
それで、勧めてみると行儀よく「いただきます」と言ったあと、料理に手をつけた。
なんだかずいぶん抑制された行動を取る子だ。
(行儀いいっちゃあ、いいんだけど)
さっきもなんとなくひっかかったけど、本人に追及したってしかたない。
そこにこだわるのはやめて、あたしも、食事に集中することにした。
「そんなにいたいのなら、おうちにいったん連絡をしましょうか。親御さんからの許可があるなら、こちらも安心してお預かりできるから」
とうとう、志麻さんが助け舟を出す。
でも、マサシくんはそれを聞くと、見るからに顔色が悪くなった。
「あの、わかりました。やっぱり、帰ります。でも、最後にひとつだけ、お願いを聞いてもらってもいいですか」
「なに?」
「あの螺旋階段を見せてもらってもいいですか」
なんだか、おかしなことを言いだした。
でもたしかに、さっきからチラチラと視線を向けてはいた。
(まあ、あそこまでりっぱな螺旋階段なんて、珍しいもんね)
「なに、将来建築家でも目指してるの?」
雲雀さんが皮肉そうに言った。
「雲雀さん……」
大人げない態度だと思ったのだろう。志麻さんが声をかけると、あからさまに舌打ちをした。
「勝手にすれば」
それだけを言い捨て、さっさとエレベーターに乗り込んでしまった。
まあ、要するにふてくされてしまったようだ。
「じゃあ、荷物持って。ちょうど玄関もそっちだから、好きなだけ見てから帰ればいいわね」
志麻さんはエプロンをはずし、マサシくんの手をごく自然に取った。子供の扱いには慣れているらしい。
あたしもなんだか成り行きでついていった。
食事を終え、お茶が出るころになると、志麻さんは改めてマサシくんに訊いた。
「おうちはどこなの? 近く?」
わざわざそう訊くってことは、見覚えのある子ではなさそうだ。
買い物や近所づきあいの範疇のことは基本的に志麻さんがやっているので、その手の事情には、この中では一番詳しいはず。
(この辺の子じゃなさそうだな……)
案の定、マサシくんはかぶりを振った。
「学校サボったことは黙っててあげるから、明るいうちにおうちに帰りなさい。駅まで送ってあげるから」
志麻さんが優しく言う。
でも、マサシくんは泣きそうな顔になった。
「もうすこしだけ、ここにいたらだめですか」
それを聞いて、志麻さんも困った顔になる。
家の中には、気まずい沈黙が流れた。全員でにこにこしていた、さっきまでの食事時間からの急転直下だ。
「そんなに家に帰りたくないんだ」
雲雀さんが、ふいに口をはさむ。なんだか、気持ちはわかるという雰囲気で、ちょっと意外だ。
「帰りたくないわけじゃないんです。でも……」
マサシくんはそれ以上は口をつぐんでしまった。
「そんなにいたいのなら、おうちにいったん連絡をしましょうか。親御さんからの許可があるなら、こちらも安心してお預かりできるから」
とうとう、志麻さんが助け舟を出す。
でも、マサシくんはそれを聞くと、見るからに顔色が悪くなった。
「あの、わかりました。やっぱり、帰ります。でも、最後にひとつだけ、お願いを聞いてもらってもいいですか」
「なに?」
「あの螺旋階段を見せてもらってもいいですか」
なんだか、おかしなことを言いだした。
でもたしかに、さっきからチラチラと視線を向けてはいた。
(まあ、あそこまでりっぱな螺旋階段なんて、珍しいもんね)
「なに、将来建築家でも目指してるの?」
雲雀さんが皮肉そうに言った。
「雲雀さん……」
大人げない態度だと思ったのだろう。志麻さんが声をかけると、あからさまに舌打ちをした。
「勝手にすれば」
それだけを言い捨て、さっさとエレベーターに乗り込んでしまった。
まあ、要するにふてくされてしまったようだ。
「じゃあ、荷物持って。ちょうど玄関もそっちだから、好きなだけ見てから帰ればいいわね」
志麻さんはエプロンをはずし、マサシくんの手をごく自然に取った。子供の扱いには慣れているらしい。
あたしもなんだか成り行きでついていった。
マサシくんは螺旋階段の中心の開いた空間に立ち、身体を逸らせながら天井を見上げる。
「高い……」
呟く声は小さく、すこし怖がってはいるようにも聞こえる。
それから床に視線を落とし、まるでそこになにかが置いてあるように、じっと見つめている。
「なにが……」
その態度が不思議で、質問しようとした時だった。
表から車の停まる音が聞こえ、誰かが携帯電話で話す声が聞こえてきた。
爽希さんだ。
たぶん、仕事の話をしているのだろう。厳しい調子の声だった。
志麻さんが気づいて、ドアを開ける。
それを当然のような態度で入ってきて、螺旋階段まで来たとたん、喋りが止まった。
目を見開き、口を何度か音無しでパクパクとさせたあと、相手に「後でかけ直す」と硬い声で告げ、耳から離した。
そして、マサシくんの小柄な身体を、まるで吹き飛ばそうとでもするような怒鳴り声をあげた。
「なぜ君がここにいる!!」
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