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~ 三 ~ 約束

第五十九話

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『スタートで先行し、二、三番手につけろ』

 ニーニャはラオの作戦を思い出す。

 最初のコーナーまで二百メートル。ポジション争いには充分な距離だ。そして最内、一番ゲートからのスタート。左側だけを気にしていればいいのも、ポジション争いが慣れていないニーニャにはうれしい。

(サブリナさんのすぐ後ろにつけばいいのですよね?)

 デビュー二戦とも逃げ切ったサブリナがスピードを生かしてスタートダッシュをかけるだろう。彼女を見ながら、追い掛ければイイ。

 もう一人、マークしなければならないアリソンは大外、ニーニャの位置からでは見えないが、コーナーに入ってから確認すれば問題ないとラオは言っていた。

(とにかく、スタート!)

 スターターの手が上がった。

 身を屈める。そして――


 ガシャーン

 ゲートが開いた瞬間に一歩を踏み出す。反応は良かった。練習の成果が出ている。

(ヨシ! サブリナさんは――)

 スタートがうまく出れたことで、ホッとしたニーニャ。他のメイドの出方を見るため左を向いた。その時――

「――えっ⁉」

 数メートル進んだところで、踏み出した右足の着地する感覚が遅れ、バランスを大きく崩す!

『おおーっと! 最内一番のニーニャ! 躓いたぞ! 大丈夫か⁉』
 スタンドからどよめきが起きた。


 昨日からの雨でコース状態が悪い中、午前中のレースが行われていた。雨は止み、コースは回復したが、所々で芝が剥げている場所が出ている。特にニーニャの走る最内はゴール前の争いでレースメイドが何度も走って荒れている場所。小さな穴ができて、そこにまってしまったのだ!


 ニーニャは右に重心が傾き、二、三歩よろけたが、なんとか転倒は免れた。
 しかし――

『体勢を取り戻したニーニャだが、大きく出遅れてしまったぞ! 集団最後尾からも十メートルほど離されている。ここから巻き返せるか⁉』


「いやあ、不運だったね。まあ、これで負けの言い訳もできて良かったじゃないか?」

 相変わらずイヤミな言い方しかしないアナキンを無視するラオ。ニーニャの走りを見て、つまずきの影響がなさそうだとわかると、なぜか気持ちが晴れやかになる。


(これで、スッキリした――)


 もし、スタートが上手く嵌まったら、きっとニーニャの走りに期待していたかもしれない。だけど、これだけ見事に失敗すれば諦めも付く。

(あとは、ケガなくゴールするだけだ――)


 ニーニャも不思議と落ち着いていた。

 スタートで十メートルも出遅れるハンデ。短距離戦ほどの影響はないといっても、普通に考えて、これから優勝争いは難しい。

 それに加え、昨日――


『もしスタートに失敗して、先行できなかったらどうすれば良いですか?』
『その時は、諦めろ』
『――えっ?』
『いいか? さっきも言ったが、明日は単なるレースの一つに過ぎない。来年、いくらでも勝てるレースはある。でも、ムリして故障したらそのチャンスさえ消えてしまうんだ。練習のつもりで走ってこい』


 そんなやり取りがあった。

 ――スタートに失敗したら諦める。

 そして、今は失敗どころでない。『大失敗』だ。

 しかし、ニーニャに慌てた気配はない。それは、レースを諦めた――ということなのか?


『さて、先頭から見ていきましょう。今日もサブリナが気持ち良く逃げています。後ろを二メートル、三メートルと離してきた。二番手は三番のブリジット……おっと、早くも一番人気アリソンが外を捲って二番手に出てきたぞ』

 第二コーナーを曲がり切った、向こう正面。ニーニャと集団最後尾の間はまだ十メートルほど。先頭を快走するサブリナまでは二十メートル以上離されていた。正直、ラオからの指示でなくても、誰だって諦めてしまいそうな状況である。

「ああ、なんか楽勝だね。こんなんで賞金をもらうのは、ちょっと気が引けちゃうよ」

 前髪を気にしながら、頼みもしていないのにしゃべり続けるアナキン。正直、ウザい。


 だが、これでイイんだ。無理して前を追う必要はない。ニーニャは自分との約束を守っている――そう思って、安心した……

(まあ、こんな走りをさせていたら、約束でなくても、トレーナーをクビにさせられていたかもな――)

 高額の登録料を払ってまで出走させたのに、こんな不甲斐ふがいないレース。どんな貴族オーナーだって怒って当然だ。

 それでも、ラオはニーニャの体を第一に考えた。それでイイのだと。それで――

「……………………⁉」


『最後方のニーニャが上がってきた! いつの間にか集団に追い付いているぞ。ここからどこまで巻き返せるのか⁉』
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