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149≪国変え物語・9・秀吉の、ああ残念!≫
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てんせい少女
149≪国変え物語・9・秀吉の、ああ残念!≫
こんなに簡単に断られるとは思わなかった。
「元は坊主だった。それが細川や明智にかつがれて将軍になったまでのこと、元の坊主に戻るだけのことよ」
礼を尽くした秀吉に義昭は、出された茶を遠慮するような気軽さで言った。
だが秀吉は顔には出さない「あっぱれ天下の将軍であられる!」と大げさに日輪の扇を出して感動して見せた。
室町幕府の最後の征夷大将軍である足利義昭が、将軍職を正式に辞し出家してしまったのである。
九州平定の目出度い凱旋の帰りである。不景気な顔はできない。
秀吉は、義昭の養子になり、源氏を称し幕府を開こうと思っていた。幕府は源氏でなければ開けない決まりになっていたからだ。
「まあ、わしも五十を出ていくらにもならん。関白でも治まる方法を考えるさ」
「九州平定も終わったことですから、パッとやりませんか!?」
「そうだ、聚楽第もできたことだしな! ワハハハハ!」
美奈が言いだすのを勘定に入れて、秀吉は義昭にそでにされたことなど意に介さないよう、高らかに笑った。
美奈は、ひょっとしたら、秀吉は、このまま気楽に天下をまとめ上げ、無事に日本を平穏にするのではないかと思った。
聚楽第には、臣従した大名ばかりではなく、後陽成天皇まで行幸されて、かつての信長の馬ぞろえよりも明るく盛大なものになった。
その余韻は、河内国まで及んでいた。
数日後美奈は道頓といっしょに河内の久宝寺を目指して帰る途中であったが、つまらないケンカの仲裁をしてしまった。
「おんどりゃ、いてまうぞ!」
「おお、そりゃ、わしが言う台詞じゃ!」
どうやら、観たところ博打の末の口論と分かったが、道頓が間に入ったころには、取り巻きも含め、十数人ずつが太刀を抜き、切り合いの寸前であった。
道頓も、戦国の中を生きてきた人間である。刀を抜き合ってのケンカの危うさ、愚かしさは十分に分かっていた。
「こら、止めさらさんかい!」
飛び出すきっかけがわずかに遅れた。止めに出した右手を切られてしまった。
「何をさらすんじゃ!」
結果的に、久宝寺の大旦那である道頓を傷つけたことで、男どもの頭に上った血が引いた。
この程度の怪我ならば、美奈にはすぐに跡形も残さずに治すことができたが、このままでいいと思った。
道頓は芝居がかった所作で、切り裂いた手拭いで傷の腕を縛り上げた。衣服や顔にも血しぶきが付いたままの説教に、男たちは恐れ入ってしまった。
「なるほどのう……」
秀吉は縁の緋毛氈の上で淀君に膝枕をさせながら、独り言ちた。目の前の桜は大半が葉っぱを落としている。
「この桜のように、百姓どもから刀や槍を捨てさせることはできんものかな……淀、美奈、なにか良い試案はないものかのう」
「取り上げればよろしゅうございます。従わぬ者は切ればよろしい、関白殿下のご威光ではたやすいことではありませぬか」
淀は呑気だが、力づくなことを言う。あの峻烈な信長の姪だけのことはある。
「わしは信長様のような厳しさは似合わんでのう……こら、そちら百姓の分際で戦道具など、もってのほかじゃ!」
立ち上がって言ってみたが、居並ぶ小姓や侍女たちは笑うばかりである。
「のう、わしには似合わん」
捨て鉢に言うと、秀吉は皆と一緒に笑い出した。
「信長公と逆のことをおやりになれば?」
美奈はカマをかけた。
「信長公は、寺社仏閣には厳しいお方でした。明るい殿下には似合いません」
「……その言葉、閃くぞ!」
ここまで言ってやれば、秀吉は自分で考える男である。
「そうだ。京に天下一の大仏を作ろう!」
あとは簡単であった。宗派を超えた大仏の造立、そのための材料として、刀を差しださせる。
征夷大将軍に成れなかった残念を「刀狩」に昇華させた秀吉であった。
149≪国変え物語・9・秀吉の、ああ残念!≫
こんなに簡単に断られるとは思わなかった。
「元は坊主だった。それが細川や明智にかつがれて将軍になったまでのこと、元の坊主に戻るだけのことよ」
礼を尽くした秀吉に義昭は、出された茶を遠慮するような気軽さで言った。
だが秀吉は顔には出さない「あっぱれ天下の将軍であられる!」と大げさに日輪の扇を出して感動して見せた。
室町幕府の最後の征夷大将軍である足利義昭が、将軍職を正式に辞し出家してしまったのである。
九州平定の目出度い凱旋の帰りである。不景気な顔はできない。
秀吉は、義昭の養子になり、源氏を称し幕府を開こうと思っていた。幕府は源氏でなければ開けない決まりになっていたからだ。
「まあ、わしも五十を出ていくらにもならん。関白でも治まる方法を考えるさ」
「九州平定も終わったことですから、パッとやりませんか!?」
「そうだ、聚楽第もできたことだしな! ワハハハハ!」
美奈が言いだすのを勘定に入れて、秀吉は義昭にそでにされたことなど意に介さないよう、高らかに笑った。
美奈は、ひょっとしたら、秀吉は、このまま気楽に天下をまとめ上げ、無事に日本を平穏にするのではないかと思った。
聚楽第には、臣従した大名ばかりではなく、後陽成天皇まで行幸されて、かつての信長の馬ぞろえよりも明るく盛大なものになった。
その余韻は、河内国まで及んでいた。
数日後美奈は道頓といっしょに河内の久宝寺を目指して帰る途中であったが、つまらないケンカの仲裁をしてしまった。
「おんどりゃ、いてまうぞ!」
「おお、そりゃ、わしが言う台詞じゃ!」
どうやら、観たところ博打の末の口論と分かったが、道頓が間に入ったころには、取り巻きも含め、十数人ずつが太刀を抜き、切り合いの寸前であった。
道頓も、戦国の中を生きてきた人間である。刀を抜き合ってのケンカの危うさ、愚かしさは十分に分かっていた。
「こら、止めさらさんかい!」
飛び出すきっかけがわずかに遅れた。止めに出した右手を切られてしまった。
「何をさらすんじゃ!」
結果的に、久宝寺の大旦那である道頓を傷つけたことで、男どもの頭に上った血が引いた。
この程度の怪我ならば、美奈にはすぐに跡形も残さずに治すことができたが、このままでいいと思った。
道頓は芝居がかった所作で、切り裂いた手拭いで傷の腕を縛り上げた。衣服や顔にも血しぶきが付いたままの説教に、男たちは恐れ入ってしまった。
「なるほどのう……」
秀吉は縁の緋毛氈の上で淀君に膝枕をさせながら、独り言ちた。目の前の桜は大半が葉っぱを落としている。
「この桜のように、百姓どもから刀や槍を捨てさせることはできんものかな……淀、美奈、なにか良い試案はないものかのう」
「取り上げればよろしゅうございます。従わぬ者は切ればよろしい、関白殿下のご威光ではたやすいことではありませぬか」
淀は呑気だが、力づくなことを言う。あの峻烈な信長の姪だけのことはある。
「わしは信長様のような厳しさは似合わんでのう……こら、そちら百姓の分際で戦道具など、もってのほかじゃ!」
立ち上がって言ってみたが、居並ぶ小姓や侍女たちは笑うばかりである。
「のう、わしには似合わん」
捨て鉢に言うと、秀吉は皆と一緒に笑い出した。
「信長公と逆のことをおやりになれば?」
美奈はカマをかけた。
「信長公は、寺社仏閣には厳しいお方でした。明るい殿下には似合いません」
「……その言葉、閃くぞ!」
ここまで言ってやれば、秀吉は自分で考える男である。
「そうだ。京に天下一の大仏を作ろう!」
あとは簡単であった。宗派を超えた大仏の造立、そのための材料として、刀を差しださせる。
征夷大将軍に成れなかった残念を「刀狩」に昇華させた秀吉であった。
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