おじさんの恋

椎名サクラ

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本編2

2-1

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 ラブホテルを出てどうやって新幹線に乗ったかは覚えていないが、隆則は間違いなく今まで経験したことのない緊張を持って指定席に座っていた。窓側であるのが救いだと思うのは、欲望が腫れていると感じるほど勃起したままだからだ。

 外されることのない拘束具のまま服を着せられた隆則は、前をコートで隠さなければとてもじゃないが公衆わいせつ罪で通報されかねない下半身事情になっている。

「鍵……くれ」

「なんのですか?」

 隣に座っている遙人はとても楽しげだ。まだまだ苛め足りないのだろうか、恥ずかしがる隆則の仕草を満足そうに眺めている。

 家までの時間をこのまま過ごすしかないのかと絶望的になりながら、けれど具体的な名前を口にできない。

「これ……もういいだろ」

 ラブホテルで散々やったのだからもう解放して欲しいと言外に伝えても、わざとはぐらかす。

「そういえばお昼ご飯食べ損ねたので、駅弁買いましょうか。ワゴンは来ますかね」

 ご飯を食べる余裕などない。誰かに気づかれたらどうするつもりだ。行きには脱いでいたコートを身につけたまま前を必死に併せながら恨みがましい目で睨み付ける。だが遙人は嬉しそうにこちらを見るばかりだ。

 すっと耳元に唇を寄せる。

「アレで終わりだと思わないでくださいね、まだ元旦なんですから」

「っ!」

 これはなにか気に障ることをしたのだろうか。そうでなければいつも隆則の気持ちを優先する遙人がすることではない。そもそもなんでこんな拘束具を買っているんだと問いただしたいが、公共の場で口にすることすら憚れる。

 同時にさっきまで遙人を咥えていた蕾は嬉しそうに収縮をし始めた。

 まだ足りないと言わんばかりの身体の反応が恨めしい。

 常人であれば満たされるだけの回数をしているはずなのに、ほんの数時間のブレイクを挟んでまた抱こうという遙人の絶倫ぶりに毀されるのではないかと恐怖する。だがどこかで遙人にならと甘い誘惑が顔を覗かせていた。

(だめだ……こうやっていつも流されるんだ)

 もっとしっかりしようとこの三年頑張ってきたのに、なにも成長していない。もうすぐ40歳になるのだからもっと彼を助けてやれるようにならなければ。

 そう、間もなく40歳だ。そして遙人はやっと20代半ばだ。年の差はどんなに努力しても埋められないから、ただただ自分がしっかりしなければならないのに。

 特にこういうときは。

 けれど、濃いなど遙人以外としたことがない隆則にはどうやってリードして良いのかも分からない。その間に若い遙人はネットでどんどんと知識を蓄え、こんな破廉恥なアダルトグッズまで購入している。

 これがエスカレートしたらどうしようと心配が先に頭をもたげた。そうでなくても思い出したかのように時折透明なシリコンでできた淫具で自分を慰めるよう強要されるのだ。いまい地黄恥ずかしいことをされたらどうなってしまうのだろう。

「んっ」

 また蕾がギュッと窄まった。

「ほら、そんな可愛い声は二人きりの時に聞かせてください……そうじゃないと家に帰ってもお仕置きしちゃいますよ」

「それは……」

「それともして欲しいんですか?」

「ちがっ!」

「ではここでは我慢してくださいね」

 椅子の陰に隠れた手がギュッと握られる。たったそれだけは顔は赤らみそれを隠そうとしても今まで隠してくれていた髪はもうない。

 俯くのが精一杯の隆則の反応を楽しみながら、遙人は余裕で優雅に椅子に腰掛けている。それが悔しいとしか言いようがない。

 早くターミナル駅に着けと神に祈るしかなかった。

 そして新幹線を降りても落ち着かない隆則の手を引っ張って遙人は乗り換えをし、なんとか地元の駅に着く頃には少し小さくなった分身に安堵した隆則に、遙人はスッと目を細めて一部始終を観察しているのに気付く余裕はなかった。勃起したまま公共交通網を歩かなければならない心理的ストレスと濃厚なセックスに疲弊した頭は、働きが鈍ったままだ。しかも恋人の両親と会うというプレッシャーに加え、糖分を補給していない分、普段以上に使えない状況だ。

 タクシーを使い駅前から自宅まで運ばれても疑問に思わないほどだ。

 半日以上をかけた外出でようやく慣れた部屋に戻った隆則がホッとしたのも束の間、ひょいと抱き上げられた。

「ぅわっ!」

「隆則さん、全然ご飯食べてないのでちょっと何か口に入れましょう」

「……誰のせいだと思ってるんだ!」

 こんな状態じゃなければ駅弁だって駅そばだって食べられたのだ。爆発しそうな分身を抱えたままで食事が味わえるはずがない。

「俺のせいです。だから隆則さんにたっぷりと食べさせてから美味しくいただきますね」

 何を言われているのかも分からず、ぶすっと食卓の定位置に腰を下ろした。すぐさま遙人が出かける前に用意した鍋に火をかけた。汁物が温まるまでの間に冷蔵庫を開け簡単な食事を用意し始める。焼くだけとなっている鱈の西京漬けをコンロにかけている間に煮物、ひじきの白和えがすぐさま食卓に並ぶ。タイマーでセットされた調理時間を終え火を止めた鍋の蓋を開ければ、味噌汁の香ばしい匂いが部屋中に満ちていく。そこに間を置かず焼けた鱈も並び、ご飯をよそえば、昼食にしては立派な品数が並んでいる。遙人の前にも同じものが隆則の倍量で並んでいる。

「いただきます」

 手を合わせて遙人がすぐさま箸を手にするが、隆則はとても食事に口を付けられる状況ではなかった。その長い指が数時間前まで自分の身体を昂ぶらせていた事実が頭から離れない。落ち着いて食事なんかできるわけがない。

「どうしたんですか、隆則さん」

 まったく箸を手にしようとしない隆則の様子を不思議がるでもなく、ニヤリと嗤いながら訊ねてくる。確信犯だ。

「……食欲がない」

「ダメですよ、ちゃんと食べないと。なんだったら俺が食べさせますよ」

 正面に腰掛けていた遙人が椅子を動かし、斜め前に腰掛けてくる。

「はい、あーん」

 隆則の箸を手に取り、副菜の煮物を口元に運んできた。醤油と砂糖の甘い匂いにつられて勝手に口が開く。噛めば高野豆腐からじわりと出汁が染み出て口の中いっぱいに広がった。

「……美味しい」

 食欲がなかったと言ったばかりなのに、こくんと飲み込んだ次の瞬間にはもっと欲しくなっている。間を置かずに運ばれてきた鱈も口を開くだけでコロリと舌に乗る。麹の甘さが鱈の淡泊な塩味を引き立たせている。どれもこれも美味しくて、ご飯までも運ばれてくるのをただ口を開けて待つだけとなった。下半身が気になっていたはずなのに、遙人の美味しい食事を摂ればなぜか忘れてしまうから不思議だ。
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