おじさんの恋

椎名サクラ

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番外編

僕の大好きな不器用な人2

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 好きな人が自分の料理で幸せそうに微笑むのを見るとたまらない気持ちになる。この人を幸せにしているのは自分なんだと実感し、疲れた身体に幸福感が満ち溢れる。しかも隆則は「美味しい」と呟いてふんわりと微笑むのだ。六人兄弟の長男として弟たちの世話をしてきた遥人は家族に料理を振る舞うのが当たり前だが、生意気な弟たちが礼を口にはしないし感想もない。とにかくたくさん食べることに重きを置くので達成感はあまりなかったが、隆則は小さく感想を口にしては本当に美味しそうに食べてくれる。あまり量を摂取しない分ゆっくりと味わうその様を見ていると、どうしようもなくこの人が愛おしくなる。

 自分の料理がこの人をどこまで幸せにできるのだろうか。

 そんなことを考えると、出来合いであれ他者が作ったものを彼の口に入れたくないと偏った独占欲が募る。

 幸せそうな隆則をおかずに遥人もゆっくりと食事を味わう。時間を掛け食べる隆則に合わせたスローペースの食事を終え、食器を流しに運ぶ。食洗機に入れるため簡単に水につけて汚れを浮かせる。食べ終わった隆則の前に熱い緑茶を置くと、幸せな顔のままいつものように礼を言ってきた。

「ありがと……」

 だが今日はその言葉が途中で止まる。ひどく驚いた顔の後、急にギクシャクし始めた。あんなに幸せそうだった顔が引っ込み、まるで怒られた子供のような怯える顔になった。ちらりちらりとこちらを窺っては、すぐに視線を逸らして湯飲みで顔を隠す。

 どうしたのかと観察をしては、テーブルを拭いたりと後片付けを進めていった。

 備え付けの大きな食洗機に二人分の食器を並べて、さて次は風呂だとすでに洗ってある浴槽に栓をしてスイッチを入れた。

 戻ってきても隆則の挙動不審はそのままだ。

 椅子に座って落ち着きをなくしてる。何度も遥人を見ては視線を逸らすことを繰り返すのに、仕事部屋に戻ろうとはしない。

(たしかまだ締め切りには余裕があったよな)

 締め切りが近くなくてもあと少し仕事をしようと部屋に戻ってはパソコンの前に座ってコマンドを打ち込むのに熱中する隆則が、椅子から離れないのは珍しい。遥人が誘わない限り部屋に戻る隆則の不可解な行動の理由が分からず、近づいた。

「どうしたんですか、隆則さん。何か困ってることでもあるんですか?」

 十五も年上なのに生き方がとにかく不器用な恋人の心を把握するため、直接訊ねてみた。

 だが顔を近づけた途端、その首筋が真っ赤になる。

「……どうしたんですか?」

 手を伸ばせばびくりと見てわかるほど身体を硬くした。

「隆則さん?」

「あっちが……あの……、いつもの遥人じゃないみたいだ」

 最後は消えてしまいそうなほど小さく空気を震わせた言葉の意味を掬い取り、思案する。

 何一つ変わった所はないはずだ。出かけた時と同じスーツ姿だし、髪型を変えてもいない。

 首を傾げれば眦まで朱に染めた可愛い恋人が小さく「めがね」と呟いた。

「いつも掛けてないのに……」

 手を目元にやれば、急ぎすぎて外すのを忘れた眼鏡がそのままになっていた。

「あぁ。変ですか?」

 仕事中はいつも眼鏡を掛けているので自分では違和感はない。なにせこの眼鏡は伊達だ。少しでも年上に見えるかもしれないと着け始めたのがきっかけのアイテムは、家で外されることが多い。

 入社したての頃、少しでも落ち着いて大人びて見せたかったのは、隆則に対等に見て貰いたかったからだ。遥人に女性の恋人がいると勝手に勘違いして勝手に身を引いたこの人を二度と逃がさないために、この腕に縛り付けるために、ありとあらゆる手段を使った。

 会社では眼鏡を掛けているだけでクライアントの信用が得やすいということもあり、そのままにしているが、隆則の前ではありのままの自分を見て欲しくていつも外している。今日は急いで帰ったからうっかり忘れていたのだが、こんなに挙動不審になる理由がわからなかった。

「すみません、ちょっと急いでたので、今外しますね」

「いや……そのままでもいいけど……」

 そのままと言いつつ、顔が赤い。

(そう言えば、隆則さんの前で眼鏡を掛けてたのはあの時以来だ……)

 仕事の依頼をして無理矢理会社に呼び出した日、この家に連れ帰り最初からやり直させて欲しいとお願いした日以来だ。

「眼鏡掛けてる俺は嫌ですか?」

 わざと顔を近づけてみた。

 また痩身がビクリと跳ねる。

「ちが……でもなんか……いつもの遥人じゃないみたい」

「外した方がいいんですね」

「ちがう! その……すげー格好いいというか……仕事モードみたいで……その……」

 俯いてもじもじとする隆則にイタズラ心が湧きあがる。ダメだとわかっていても顔がにやけてしまうのを止められない。

「眼鏡を掛けた顔も好きなんですね」

 ポンと音がしそうなほど一気に見える肌すべてが真っ赤になった。まるで好きな子が側に来て落ち着きをなくした中学生みたいな反応だ。

 細い頤を摘まみ仰向かせる。

「ゃっ」

「こうするとあの日みたいですね」

「あ……」
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