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15 たった一度の過ち(ヴァイス視点)
しおりを挟む「せっかく出会えた――しかも幼馴染の番を蔑ろにし、お前は浮気までしたんだ。相手が婚約の解消を望んでいる以上、応じるほかないだろう。相手が相手だけに大事にしたくないからと、破棄にされなかっただけありがたいと思え。俺も母さんもお前の事情は分かっているが、あれだけお前に尽くしてくれたフルールちゃんをあそこまで追い詰めるなんて。申し訳なくて、アチラの親御さんとはもう顔を合わせられないよ。お前はもう、彼女と連絡は取るな」
淡々と。父親から語られる衝撃の事実。まさか、あのことをフルールが気付いていたなんて。
いや、むしろ何故気づかれないと思ったのか。何で普段通りに洗濯物を送り付けてしまったのか。
さっきまではこれから始まるフルールとの生活に期待を膨らませていたのに。あまりの落差に思考がついていかない。頭がボーっとする。コレが夢ならいいのに。
疲れたような――それでいて有無を言わさない父親の怒気を孕んだ声。そして母親のすすり泣く声に、コレが現実なのだと思い知った。
王女様との事はたった一度の過ちだった。
新たな婚約者が見つからないで。日々憔悴していく王女様。夜、眠れないから前世のように添い寝をしてほしい。そう言われて俺は喜んで従った。
前世、仔猫だった俺を温めてくれた王女様。寒く、凍えて不安だった気持ちを人肌で溶かしてくれた王女様。してもらったことを返すのに何の躊躇もなかった。
変な目で見てくる者もいたが、獣人で番持ちの俺が番以外に目を向けることはない。だから、そのことは問題にはならなかった。それよりも、王女様の心の安定を優先させたのだ。
日々、王女様を抱きしめて眠ることで感覚が麻痺していた。
ある日、夜会での貴族たちの陰口に耐えられなくなった王女様は浴びるほど酒を飲み、夜中に俺を求めてきた。酔って泣いている王女様が前世の姿とダブり――夢うつつの中で彼女を抱いた。
仕事が忙しく――夜も王女様に添い寝を求められ――ほとんど家に帰れない。時間が出来ても、飼い主とはいえ、毎晩のように番ではない女性の添い寝をしている後ろめたさから、家に帰るのもためらわれる。
フルールから届く洗濯済みの着替え。俺が送った洗濯物をキレイにして、彼女が王宮へと届けてくれる。警備上の問題で預けられるソレを直接受け取ることはできないけれど、そこには仄かに彼女の香りが付いていて、しっかりと繋がりを感じていた。
だから、惑った。
夢か現か。前世か今世か。
腕の中で。温かな癒される熱と、穏やかな香り。届けられたばかりの洗い立てのパジャマには愛しい番の香りが付いていて、番の気配に飢えていた俺はその僅かな香りで酔っていた。求められるままに応じてしまった。
王女様には悪いけど、俺の意識は完全にフルールに対するそれだった。だから、洗濯物もいつも通り家へと送った。その後、何度か同じようなことはあったが、誓って一線を越えたのはその一度切り。
何度か断るうちに添い寝以上は求められなくなった。
王女様は前世から少し惚れっぽいところがあった。今世でも前婚約者とは既にそういう関係になっていて、その醜聞が新たな婚約の障害になっていた。
その後、あまり過去のそういうことを気にしない大らかな辺境伯様と恋に落ち、王女様は前世でも、今世でも、出会ったばかりの頃のような安定した状態を取り戻したのだ。
王女様の心が安定するに従い、添い寝を求められることもなくなって。少し、寂しいと思うと同時にホッとした。
獣人は嗅覚が強い。俺自身から香る王女様の移り香が消えたらフルールに会いに行こう。あんなことがあったからには念には念を入れよう。
王女様が新たに婚約者となった辺境伯様と結婚したら。辺境の地へと無事に嫁いだら。
そんなことを考えていたのに洗濯物のことはまるきり頭から抜けていた。洗濯物と着替えのやり取りが、唯一の番との接点になっていたから。『止める』という選択肢はなかったのだ。
だから。
既に一年以上、洗濯後の着替えから番の匂いが消えていることに気が付かなかった。
王女様とのことがあるまでは間違いなくフルールの香りがしていたはずだ。いったい、いつから洗濯を業者に頼んでいたのか。いつ出て行ったのか。
俺には知る術もなかった。
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