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右手の痛みと拾い猫

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 少し眠ってしまったんだろう。

 目を覚まして時計を確認する。

 2時間ほど経っていた。

 スーツのまま寝てしまっていたことに気づきパジャマに着替える。

 …泉達はまだあのホテルにいるのだろうか?

 携帯を探そうとしてホテルの部屋に置いてきてしまったことに気づく。

 …失敗したなあ…

 そう思いながらスーツをハンガーに掛けようとしてハッとした。

 …泉に貰ったネクタイピンが無い。

 …ベッドの中をよく探すが見つからなかった。

 …真鍋に殴られた時に落としたんだろうか?

 …それしか思い当たらなかった。

 せっかく泉がくれたものだ。

 …無くすわけには行かない。

 できるだけ早く手元に戻さないと…しかも携帯も置いてきてしまったし…

 


 着替えて家を出る。

 車でホテルに行ってしまったため歩くしかなかった。

 …どのみちこの手ではしばらく運転は危ないのでできないだろう。

 外に出ると雨が降っていた。

 …ツイてないな…

 傘をさして歩く。

 

 
 手首は痛むし殴られた頬も痛い。
 おまけに口の中は血の味がするし…散々だ。

 全てに嫌気が差してふと立ち止まる。

 『ニャー!』

 …ニャー?

 なんだ!?

 すぐそばの空き地の草むらが不意に動く。

 驚いて見つめるとピョコっとねずみ色の耳が現れた。

 …。

 再びカサカサと音がして今度は顔が…汚れてはいたが可愛らしい子猫がいた。

 …この雨の中一人ぼっちなのだろうか?

 子猫は逃げずに真っ直ぐに側に歩いてくる。

 雨に濡れて寒いのかブルブルと震える子猫は足元まできたかと思ったら透の顔を見上げて再び鳴いた。

 「ニャーッ!」

 …。 

 助けてくれと言われた気がする。

 この雨とこの寒さ…放置すれば生きられないだろう。

 …他に選択肢はなかった。

 そっと子猫を抱き上げる。

 子猫は嫌がらずに透に抱かれていた。

 子猫を病院に連れて行かないと…




 もう痛みは気にならなくなっていた。

 
 ★


 病院でもらった小さな段ボール箱に子猫を入れて、寒くないように服の中に入れる。

 片手がほとんど使えなかったため、子猫を抱きながら傘をさすのは無理だったので傘は病院に置いて帰る。

 …少し濡れるだろうけど、子猫を落としてしまうよりはいい。

 なるべく急ぎ足で、でもあまり揺れないように…慎重に歩く。

 子猫は寂しいのか時々鳴いていた。

 …子猫は体温が下がっている以外は元気だった。

 動物病院の先生は一週間ほどしたらまた連れてくるようにと言った。

 「…もう大丈夫だよ。ひとりぼっちにはしないからね」

 時々声をかけながらコンビニに寄り、猫のご飯を買い家に帰る。


 ★


 「透っどこ行ってたのっ!」

 家に帰るなり泣きながら泉が抱きついてこようとする。

 「あっ!ダメっ!!」

 服の中には子猫がいる!!

 思わず泉を避ける。

 「透…私のせいで怪我させちゃって…ごめん…もう…私の事なんてイヤだよね…」

 避けられたことがショックだったのか泉は少し離れる。

 …勘違いだっ!

 「あ、イヤそうじゃなくって…」

 そう言いかけて泉に断りもしないで猫を連れて帰ることを決めてしまった事に気付く。

 …泉…怒るだろうか?

 何て伝えれば猫を飼うことを許してくれるだろうか…?

 考えを巡らせるが何も思い浮かばなかった。

 「ひとりぼっちで雨の中いたんだ…放っておけなくて…オレがお金出すし、ちゃんとお世話するから…」

 …しかし手首の方もしばらくは通院しなければならないし、お金も掛かる…。

 そこまで賄えるだろうか…。

 動物病院の費用も結構掛かってしまった。

 「…」

 利き手を怪我してしまったので収入は減るだろう。

 …貯金はまだあるが…

 「何とかできなかったらオレの手の方は諦めるから…」

 最悪怪我した手首は放っておいても治るだろう。

 「透…なに言ってるの?」

 困惑したような泉…。

 『ニャーン!!』

 不意に服の中に入っていた子猫が大きな声で鳴く。

 ハッとしたような泉…。

 …誤魔化しても仕方ないだろう。

 「…子猫飼ってもいい?」

 服の中から段ボールを出す。

 泉の目の前で蓋を開けると子猫が勢いよく顔を出した。

 …怒られるかもしれない…

 顔を上げられずに子猫を見つめる。

 …ダメだって言われたらどうしよう…


 
 「透…いいよ。飼ってもいいから…。それよりしばらく右手…使っちゃダメだよ?」

 泉が子猫の入った箱を持つ。

 「かわいい猫ちゃんだね…」

 泉は猫を優しく抱き上げ撫でる。

 箱をそっと床に置くとそのまま怪我をしている右手に触れた。

 「もう…怪我だけじゃなくってどうしてこんなに濡れてるのっ!冷たくなってるじゃないっ!着替え…ううん、お風呂入ってあったまろう?手伝うから…」

 慌てたように泉がお風呂を入れたり着替えを持ってきてくれる。

 「そんなの自分でやるよ…」

 泉に声を掛けると怒られてしまった。

 「透…猫ちゃんと暮らしたいんなら私の言うこと聞いてっ!」

 

 ★


 あっという間に服を脱がされてお風呂に入らされる。

 泉に髪を洗われ背中を洗われ、浴槽に身体を沈める頃にはすっかり温まっていた。

 その横で、身体を洗われている子猫…

 「この子、真っ白ちゃんだったんだねっ」

 泉が嬉しそうに猫をお湯に入れる。

 猫はお湯が温かくて気持ちいいのか目を閉じてじっとしていた。

 

 …自分でやるって言っちゃったけど結局泉にやって貰ってしまったな…。

 「泉…猫勝手に連れてきちゃってごめんね。それとありがとう」

 泉は子猫をタオルで拭きながら笑う。

 「これくらい大丈夫だよ。私…猫好きだから…。それより本当にごめんね。…せっかく一緒に楽しめるって思ったのに怪我させちゃって…」

 泉は猫を連れて立ち上がる。

 「猫ちゃん乾かしてくるから透はもう少し温まって?風邪ひいちゃうから」

 

 ★


 お風呂から上がると子猫は箱の中ですやすやと気持ちよさそうに眠っていた。

 「疲れちゃったんだね。すぐ寝ちゃったよ…」

 泉は微笑みながら子猫を撫でる。

 自分でちゃんと世話するって言っちゃったけど…泉にやらせてしまったな…。

 「泉…ごめん。」

 情けなくなって謝ると泉は笑ってくれた。

 「こんな時くらいしか役に立てないから…もっと頼って?」

 泉が手を伸ばして髪に触れる。

 「こっちも乾かさなきゃねっ★」

 
 泉は楽しそうに透の世話を焼いてくれる。

 
 


 


 

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