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其ノ三 ばぁちゃんの宝物

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 夏休みがもうあと一週間で終わりやいうのに、その週は雨ばっかりやった。
 止んだ思っても重そうな雲がもっさり空を隠して、お日さまなんて忘れてまいそうや。

 その土曜日を、ぼくは留守番をしながらゴロゴロと寝転がって過ごしとった。宿題なんてやる気もおきん。

 雨の日って、なんであないに眠うなるんやろうな?

 そんでも、午後になって『郵便で~す』という配達の兄ちゃんの声が聞こえて、ぼくの目は、ぱっちりと開いた。

 差出人はばぁちゃんやった。ぼくの目は、ぱちくりともっと大きくなった。
だってばぁちゃんは半年近くも前に死んでしもうた。

 ぼくは荷物を渡して帰ろうとしている郵便局の兄ちゃんを、急いで呼び止めて聞いてみた。

『タイムカプセル郵便』いうんやて。指定した未来へ荷物を送ってくれはる。
 郵便局は、なかなか粋な事をしてくれる。

 ばぁちゃんが死ぬ前に、ぼくに届くように、荷物を申し込んでくれたんや。
 郵便局の倉庫で保管されていた荷物が、申し込んだ通りに届いただけや。

 ぼくかて、そんくらいはわかっとる。

 せやけど、ぼくにはその荷物が、時間とか季節とか色んなもんを越えて、元気なばぁちゃんから直接ぼくの元へ届いたように思えたんや。


 ばぁちゃんからの荷物に、手紙は入っとらへんかった。
 代わりに入っとったのは一本の使い込んだカセットテープ。

 ばぁちゃんの家にあったアレや!
 ばぁちゃんが『ラジカセ』って呼んどったたやつや!

 茶の間で縫い物する時や、台所で洗い物をする時、ばぁちゃんはようラジカセを聞いとった。録音した音楽や落語が聞けて、ラジオにもなる大きな機械や。
 ぼくは『カシャコン』というカセットテープを差し込む感触が好きで、何度もやって遊んどったら、ばぁちゃんに「壊れてまうやろ!」と、叱られた事がある。

 テープのピラピラした部分が不思議で『なんでこんなんで、音聞こえるんやろう?』と引っ張ったら、ピラーっと長く出てきてしもうた。
 元に戻そうと頑張ったけど、ピラピラは、くしゃくしゃになってしもうた。そーっと振り向いたら、ばぁちゃんに「なんや、たぁ坊、てんごしたんかいな」て言われた。

『てんご』はイタズラのことや。

 ぼくはまた叱られるかと思った。でもばぁちゃんはにこにこしながら、そのテープを丁寧に伸ばして……巻き直してデッキに入れた。

 そのあと二人で美空ひばりの、ふにゃぁーへにゃーて、伸びて聞こえる歌を、ゲラゲラ笑いながら聞いた。ばぁちゃんはいつも通り『ヒョッヒョッヒョ』て、笑うとった。

 ラジカセは、確か録音も出来たはずや。コレはばぁちゃんの、声の手紙かも知れへんけど、ぼくはラジカセを持っとらん。

 ぼくは先に荷物の中身を、確認する事にした。

 中のプチプチをのけると段ボール箱の中には、新聞紙や色紙に包まれた、ばぁちゃんの宝物がいくつも入っていた。

 手回しのオルゴールや、瓶に入った小さな貝殻、カブト虫の形のブローチ、きれいなしま模様の石ころ、フタの付いた懐中時計、外国の騎士が持つような鞘付きの飾りナイフ。虹色の小さなカタツムリの殻。

 どれもこれも、ぼくが欲しがったものばっかりやった。

 人がこの世からいなくなる。それが、どういう事なのか。

 ぼくは、やっとわかった気がした。

 ばぁちゃんは宝物、もういらへんのや。持って行かれへんから、みぃんなぼくにくれたんや。

 ばぁちゃんはもう、どこにもおらへんのや。

 そう思うたら、ばぁちゃんが死んでから初めて涙が出た。グズグズと泣きながら、手回しのオルゴールを何回も、何回も鳴らした。

 泡が弾けるような音が、湿気の多い部屋の空気を、長く長く震わせた。


 ふと見ると、ダンボールの一番底の方に見覚えのある油紙がある。

 ドキンと心臓が鳴って、ひゃっくりが出て、とたんに涙が引っ込む。
 ぼくはそうっとダンボールの中から、古い油紙に包まれた、二つの包みを取り出した。


 あの夜の、ばぁちゃんの家の茶の間の光景が、目の前を通り過ぎる。油紙と、蚊取り線香の匂いが頭の中に漂って流れる。

 風に揺れた縁側の風鈴が、チリーンと一回、鳴った気がした。

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