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しおりを挟むユルシュルは、色々あったが、そんなことで機嫌を悪くしてはいなかった。別のことで、ユルシュルは機嫌を悪くしていた。
「ユルシュル様」
「どの家か、わかった?」
そろそろ、夕食の時間になるからとユルシュルは部屋に戻って着替えていた。珍しく両親が、夕食を一緒に食べると知らせて来たのだ。
それは数ヶ月ぶりになる家族全員の夕食だ。
両親は、どちらかがいつもユルシュルとシャルルと夕食を食べていると本気で思っていたりする。どちらも、この家で夕食なんて食べたりしない。ましてや帰って来ないことの方が多いのに朝、食事をする時に鉢合わせしたり、先に出たことにしたりしていた。
両親は、そんなことをしてもお互いにバレないと思っているのと自分の方が上手く隠し事ができていると思っていた。
全くそんなことはないのだが、実におめでたい頭をしていた。休日は朝からいないことが当たり前のようになっているから、私服の男装をユルシュルは着ているが、今日はわざわざ知らせてきたのだから、何かあるのだろう。
そのため、男っぽい格好から、侯爵令嬢らしい格好に戻して、髪も結わえた。
デボラがユルシュルの名前を呼んだのは、色々と言いたかったからだ。でも、ユルシュルの聞くことに答えたくないわけではないのだ。その辺に複雑なものがあったのはわかっても、それを宥めるつもりはなかった。
メイドに手伝わせずに1人で着替えているのを見て、テキパキとデボラはユルシュルのことを手伝った。元より、デボラが側付きのメイドになる前は、ユルシュルしていたことだ。
それこそ、ユルシュルの部屋で他のメイドがこの作業を手伝っていたら、そのメイドにデボラが何もしないなんてことはなかっただろう。側付きというメイドの仕事を完璧にこなすことが、生き甲斐なのだ。
前にうっかり他のメイドに頼んで、大変なことになったため、ユルシュルもよほどでなければメイドを使わなくなった。色々と拗らせているデボラの扱いは要注意だとユルシュルは思っていたりする。
それなのにブリュエットが、あれこれ理由をつけて手伝おうとしたのを断ったりして、色々と疲れていた。デボラがいる時とは違うのと失態をした挽回をしたいかのように張り切っていたが、断った。
ブリュエットが大変なことになるのは、別にいい。でも、今そうなるとわからないことが多すぎるため、そんなことになるのを回避した。
なぜ、そこで自分が気を使わなければならないのだろうかと思っていたが、デボラが戻った時にはそれを器用に頭から除外した。そうでないと面倒くさいのだ。
「それが、オーダーした方が直接取りに行ったそうで、ここには届けていないそうです」
「誰か名乗らなかったの?」
デボラは頷いた。デザイン画と代金を多めに支払ったのと出来上がったら取りに来ると言い名乗ることなく、受け取りの日にちと時間の控えでやり取りしたせいで、どの家なのかまでわからなかったのだ。
短時間だが、デボラにしてはらしくない状態で戻って来た。デボラは、とても優秀だ。だから、完全にわからないままで戻って来ることは珍しい。
ユルシュルが知る限り初めてのことだった。
「特徴は?」
「デザイン画の素晴らしさに魅了されていて、その人のことを教えてもらえませんでした」
つまり、デザインに見入って、人間を見ていなかったのだろう。あの服屋は、そういう人の集まりだ。オーダーメイドを頼むにも、お金を積まれただけでは動かないはずなのだ。それが、動くくらいだから、相当なのは間違いない。
「そう。その素晴らしい絵を見せてもらった?」
「はい」
ユルシュル付きの使用人は、着替えを手伝えなかった不満をどこへやら、ユルシュルに望まれる見たままの絵をその場で描いて見せた。彼女の凄いところは、こういうところだ。
彼女は、元は暗殺を生業にしていた。それを拾ったのが、ユルシュルだ。暗殺以外でも、こうして色々できるのにデボラは一番下手くそな暗殺を本業にしていた。かなり変わった女性だ。普通は一番得意なことや好きなことを本業にするところだが、その辺の感情をどっかに置いてきてしまったようなところがある。
それをユルシュルが見つけて、才能の無駄遣いもいいところだと言った。まさに暗殺の仕事を終わらせて血塗れになっていたデボラを見て、そんなことを言ったユルシュルも、かなりおかしい。
そんなユルシュルをデボラは、主としたのは、数年前のことだ。そこから、ユルシュルの側付きのメイドになっている。
そんな理由で拾ったことを知っているのは、侯爵家の執事だけだ。彼は、元々契約でこの家にいる。その契約内容に今の当主は当てはまらないため、とっくに契約を打ち切って帰ってもいいのだが、それをしないのは彼がユルシュルを気に入っているからだ。
次の侯爵家の当主になる気のないユルシュルについて来る気満々でいる。何代か前の侯爵が面白半分に拾ったのが、彼だ。同じ姿形で、ずっとそれから侯爵家に仕えている。
まぁ、つまるところ、彼は人間ではない。それを知っているのは、侯爵家でユルシュルとデボラしかいない。
そんなことより、ユルシュルはデザイン画の模写を見た。とても面白い。デボラは右利きだが、それを描いた者は左利きのようだ。
「……本当に素敵ね」
「ユルシュル様」
「ん?」
「このデザイナーの服をご所望なら、捕まえて来ましょうか?」
デボラの言葉にユルシュルにそんな思案した。それは、生かして連れて来る気だということだ。デボラなら、数日もあれば、できるだろう。
何なら、こんなことを仕掛けた奴の人生を終わらせろと言っても同じくやりきるだろう。どちらも、ユルシュルはデボラに頼む気はない。
「やめとくわ」
「……」
「これは、シャルルのためのものだもの」
着たら、とても似合うだろうとユルシュルは思っていた。何なら、それを着て街を歩いただけで、嫁ぎ先が山になりそうだ。本人には、それを言う気はない。
ただ、我が家にいる信用ならない者たちが動き出したことだけはわかった。それが、面倒くさくなっていた。
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