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君臨
運命に抗えたのがまだ1回
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「今日はお早いですね」
まだ日が沈むには早い時間。俺はバーの指定席に座り、早速いつものカクテルを作ろうとするマスターの手を止めた。
「水で良い」
「売上になりませんな」
「そう言うなよ。またどうせ夜に呑みに来る」
冗談めかして言ったマスターに対し、俺は苦笑して返事をした。まるであの思い出の屋敷で、2人っきりで暮らしていた日々を思い出す。
最近は店長やダニエルなど客が増えたし、俺は基本的にアルフィとセットなので、マスターと2人で過ごすのはかなり久しい。世間話をした後に、水のおかわりが来たタイミングで本題に入る。
「俺は弱いな」
開店準備をしながら、急かさず俺の話に耳を傾けるマスター。俺は変わらないマスターの姿勢に甘えて、その先を話し出す。
「アルフィやこの街を守れるぐらい強くなりたいけど、そんな都合の良いパワーアップなんて存在しないだろ?せっかく転生してもチートスキルも無いし、ここまでの流れはだいたい知ってたのに、結局最後以外物語通りに進んで来た」
なんの力も無い俺。前世でも、結局この世界でも。
「3度も勇者を倒したのであればそれは必然。では無かったですか?」
ダニエルが似たようなことを言っていたか。
「言っただろ?カストで2回も勇者を撃退出来たのは物語のシナリオと同じなんだよ。奇跡じゃなく、そうなる予定だったとも考えられる。なら俺が起こした奇跡は今回の1回だけ。1回ならまぐれだ」
「充分凄いと思いますがね」
「現に次やったら確実に死ぬって。それにこの先の展開次第じゃ敵は勇者だけじゃない。勇者はともかく、運命に抗えたのがまだ1回。そんなんでこの先やっていけるのかって」
守りたいけど守れない。このままの俺じゃ、アルフィの決断を支えてやれない。
「おふたりだけで逃避行なんて考えは無いのですか?」
まるでそうなっても誰も責めないとでもいった顔で、優しく俺に問い掛ける。
「ここまでみんな巻き込んで?冗談だろ?そもそも俺がこの街や民を見捨てるはずがないじゃないか。魔族の存在も含めてこの街と民は、アルフィと同じぐらい大事な存在だ」
それを聞いたマスターは少し考え、そして一杯だけと言って作ったカクテルを置いた。
「ジンバックです」
ジンの香りの中に懐かしいレモンの香りが混ざっている。かつてカストで盛んに栽培されていた特産品、カストレモンの香りだ。確か最近バークフォードでも作られるようになったと聞いている。
「覚えていますか?まだ幼かったダカストロ様が、私の愚行を止めて下さったことを」
忘れるはずもない。あの日俺は初めて信頼出来る仲間を得たのだから。
「年老いて戦えなくなった私は、剣を捨ててダカストロ家の執事となりました。残りの命は故郷カストに捧げようと、その一心で。しかしその後先代のやり方に我慢出来なくなった私は、浅慮な行動に出てしまいました」
「執事が急に懐に忍ばせたナイフ取り出したら誰でも止めるって」
「まさか7歳の子供に止められるなんて誰も思いませんよ。ましてやそれが転生して2度目の人生だなんて、つい最近知ったぐらいです」
「それは黙ってて悪かったって」
懐かしい会話で自然とお互い笑みが溢れる。
「ダカストロ様、あの日私を止めてくれたあなたが私に下さったお言葉。今度は私から贈らせて下さい」
正面から真っ直ぐとマスターを見る。皺も白髪もかなり増えた。出会った時から爺だったが、また更に歳を取ったな。
「この街を愛してくれてありがとうございます。安心してください、あなたはもう独りじゃない」
クッと呑み込んだカクテルは爽快な喉越しで、さっきまで喉に詰まっていた何かがすっと無くなったように感じられた。
「マスター、悪いがまだもう少し現役でいてくれよ」
「ふっ。もちろんですとも」
グラスを置いて席を立つ。さてまだ夜まで時間がある。もうひと仕事してくるか。
「あ、ダカストロ様。お代がまだですよ」
「え!?これって金取るの!?」
「チャージ料もありますし」
「夜も来るのに!?」
こうして俺は少しだけ胸が軽くなった代わりに、1日に2回もチャージ料を取られる羽目になった。
まだ日が沈むには早い時間。俺はバーの指定席に座り、早速いつものカクテルを作ろうとするマスターの手を止めた。
「水で良い」
「売上になりませんな」
「そう言うなよ。またどうせ夜に呑みに来る」
冗談めかして言ったマスターに対し、俺は苦笑して返事をした。まるであの思い出の屋敷で、2人っきりで暮らしていた日々を思い出す。
最近は店長やダニエルなど客が増えたし、俺は基本的にアルフィとセットなので、マスターと2人で過ごすのはかなり久しい。世間話をした後に、水のおかわりが来たタイミングで本題に入る。
「俺は弱いな」
開店準備をしながら、急かさず俺の話に耳を傾けるマスター。俺は変わらないマスターの姿勢に甘えて、その先を話し出す。
「アルフィやこの街を守れるぐらい強くなりたいけど、そんな都合の良いパワーアップなんて存在しないだろ?せっかく転生してもチートスキルも無いし、ここまでの流れはだいたい知ってたのに、結局最後以外物語通りに進んで来た」
なんの力も無い俺。前世でも、結局この世界でも。
「3度も勇者を倒したのであればそれは必然。では無かったですか?」
ダニエルが似たようなことを言っていたか。
「言っただろ?カストで2回も勇者を撃退出来たのは物語のシナリオと同じなんだよ。奇跡じゃなく、そうなる予定だったとも考えられる。なら俺が起こした奇跡は今回の1回だけ。1回ならまぐれだ」
「充分凄いと思いますがね」
「現に次やったら確実に死ぬって。それにこの先の展開次第じゃ敵は勇者だけじゃない。勇者はともかく、運命に抗えたのがまだ1回。そんなんでこの先やっていけるのかって」
守りたいけど守れない。このままの俺じゃ、アルフィの決断を支えてやれない。
「おふたりだけで逃避行なんて考えは無いのですか?」
まるでそうなっても誰も責めないとでもいった顔で、優しく俺に問い掛ける。
「ここまでみんな巻き込んで?冗談だろ?そもそも俺がこの街や民を見捨てるはずがないじゃないか。魔族の存在も含めてこの街と民は、アルフィと同じぐらい大事な存在だ」
それを聞いたマスターは少し考え、そして一杯だけと言って作ったカクテルを置いた。
「ジンバックです」
ジンの香りの中に懐かしいレモンの香りが混ざっている。かつてカストで盛んに栽培されていた特産品、カストレモンの香りだ。確か最近バークフォードでも作られるようになったと聞いている。
「覚えていますか?まだ幼かったダカストロ様が、私の愚行を止めて下さったことを」
忘れるはずもない。あの日俺は初めて信頼出来る仲間を得たのだから。
「年老いて戦えなくなった私は、剣を捨ててダカストロ家の執事となりました。残りの命は故郷カストに捧げようと、その一心で。しかしその後先代のやり方に我慢出来なくなった私は、浅慮な行動に出てしまいました」
「執事が急に懐に忍ばせたナイフ取り出したら誰でも止めるって」
「まさか7歳の子供に止められるなんて誰も思いませんよ。ましてやそれが転生して2度目の人生だなんて、つい最近知ったぐらいです」
「それは黙ってて悪かったって」
懐かしい会話で自然とお互い笑みが溢れる。
「ダカストロ様、あの日私を止めてくれたあなたが私に下さったお言葉。今度は私から贈らせて下さい」
正面から真っ直ぐとマスターを見る。皺も白髪もかなり増えた。出会った時から爺だったが、また更に歳を取ったな。
「この街を愛してくれてありがとうございます。安心してください、あなたはもう独りじゃない」
クッと呑み込んだカクテルは爽快な喉越しで、さっきまで喉に詰まっていた何かがすっと無くなったように感じられた。
「マスター、悪いがまだもう少し現役でいてくれよ」
「ふっ。もちろんですとも」
グラスを置いて席を立つ。さてまだ夜まで時間がある。もうひと仕事してくるか。
「あ、ダカストロ様。お代がまだですよ」
「え!?これって金取るの!?」
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こうして俺は少しだけ胸が軽くなった代わりに、1日に2回もチャージ料を取られる羽目になった。
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