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二章 属性魔法学との対峙
68話 その男、生徒の成長を実感する。
しおりを挟む「お待ちしておりましたよ、先生」
最終下校時間の過ぎた夜七時ごろ。
俺が緊張しながら呼び出された部屋へと入ると、そこに待ち受けていたのは、リーナだった。
俺はその見慣れた姿を見て心底ほっとして、大きくため息をつく。
身体から力が抜けていく感覚に襲われて、しばらく扉の前で立ち尽くす。
「どうかされましたか?」
「……どうしたもこうしたも。事務員の人にいきなり、ここに行くよう指示されたから、またクビにでもなるのかと思ったんだよ」
いわゆる理事用の会議室だ。
照明から、ソファから、机から、床まで。なにもかもが見ればわかるくらいの高級な家具で揃えられたこの部屋は、リーナだけではなく、他の学校理事の方も利用することがある。
実際、過去にはこの部屋に呼び出されて、魔術学について糾弾を受けたこともあった。だから、万が一を警戒していたのだが、それは杞憂だったらしい。
「申し訳ありません。少し伝達ミスがあったようですね。オレステ・オレンについて、少し調べが着きましたので、その報告をしにお呼びたてしました。本来なら私から出向くべきところですが、ここなら防音もしっかりしておりますから」
「……随分早いな。今日も忙しかったんじゃないのか」
「先生からのご依頼はなによりも最優先ですから」
ダンジョンへの調査に行き、ギルドでレオナルドから話を聞いた翌日である。
俺は今朝、もはや恒例となった馬車での出迎えの最中に、リーナにオレステ・オレンの素性確認を依頼していた。
できるだけ急いでほしいとは頼んだが、まさか同日中に返事を貰えることになろうとは、思わなかった。
「それで、もうなにか分かったんだね」
「はい。ですが、お伝えする前に少し条件がございます」
「……条件?」
俺が首を傾げていると、彼女は一つ首を縦に振る。
「はい。朝は時間がなく細かく聞けませんでしたが、どうして彼のことを調べさせたのか教えてほしいのです」
そうして出てきた投げかけに、俺は一度溜息をついて、目を瞑る。
それは、尋ねられて当然の話だった。
朝は時間がない事もあり、ほとんど事情を告げず調査だけをお願いしてしまったこともある。
リーナにしてみれば、気にならないわけがない。
「先生のことですから、なにか大きなことを掴んだから、こんなことを聞いたのでしょう? たとえば、例の魔物暴走になにか関連する話とか」
「あぁ、うん、それはそのとおりだよ」
「先生がそう簡単に認めるということは、それだけではありませんね」
……さすがは、リーナだ。
まさしく図星であった。
が、俺は言うべきか否か少し迷う。
まだ確定こそしていないが、昨日のレオナルドの話で、なにかしらの陰謀が裏で渦巻いているのはほぼ間違いなくなった。
だから、一生徒であるルチアを巻き込まないのは当然として、他の人間にも肝心要である『魔術を使う者が魔物を暴走させる悪事を働いていた可能性がある』と言う部分は、言わないつもりでいた。
実際、昨日レオナルドと話したときだって、その部分は伏せた。
なぜなら話せば間違いなく、彼は自分も関わってこようとする。
そしてそれは、リーナも同じだろう。
その行動は当然、危険を伴う。
身の危険のみならず、今の地位を失う可能性だって孕んでいるのだ。
場合によっては、魔術を使えるということを理由に悪事への関与を疑われ、立場を追われる危険も出てくる。
かつての生徒をそんな目に合わせる可能性が少しでもあるのなら、これは俺だけで処理をしたい。
そう思っていたが、まさかこうして交換条件を提示してくるとは考えなかった。
「……どうしても、か?」
「はい。ほかのことなら、大概は聞きますがここだけは。いくら先生のお願いとはいえ、折れません」
断固として、譲らないつもりらしく、リーナははっきりと言い切って、俺に背を向ける。
「先生」
そして、こう呼びかけてきた。
「……なんだよ」
「私はもう、大人ですよ。先生と同じ、大人です。守られてばかりだった、いつかとは違う」
それは、はっと当たり前に気づかされる言葉であった。
俺が目を見開いていると、彼女はもう一度こちらを振り返り、俺の目をじっとまっすぐに見て、胸に手を当てる。
「先生、信用してもらえませんか、私のことを。対等……というのはおこがましいですが、でも、そうありたいと思い、ここまで努力をしてきました。先生のお役に立ちたくて、今私はここにいるんです。だから、どうか」
たしかにもう、あの頃とは違う。
間違いなくあの頃より一回りも二回りも成長している。
いつまでも、生徒扱いをしていては、それこそ彼らのやりたいことを妨げることになるのかもしれない。
それにこのままじゃ、情報を知ることもできない。
俺はもう一度息を吐きだし、そして腹を決めた。
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