上 下
15 / 45

第十五話

しおりを挟む

 辺境伯との交渉が無事完了し、ヴェアトリー領到着直前。
 馬車に座るユリゼンは、この世の終わりのような青ざめた顔で座っている。

「はぁー。なんでオレ、こんなお嬢様の暗殺しなくちゃいけなかったんだろ……」

 何度も何度もしつこく溜め息を繰り返すユリゼンは、諦めという言葉を知らないのだろうか。

「どうして辺境伯も、こんな決断を……。オレもまとめて殺されるんっすか?」
「どういう意味?」

 アリシアの問いに、ユリゼンは気怠げに答える。

「裏切り者の粛正って意味っすよ。要するにオレは捨てられて、ヴェアトリーと一緒に殺されるって話し」

 右手を挙げて、次は左手を挙げてパンッと両手を叩いて見せたユリゼン。
 その右手がユリゼンで、その左手がアリシアを指しているのか。
 殺し屋のよくある裏切り者殺しなど、アリシアには興味がない。
 レオンは愉快そうに後ろを振り返る。馬車の操縦に集中していない。

「おいおい、辺境伯の言葉を忘れたか? もう戦わねえって言ってんだぜ?」

 辺境伯がアリシア達に対して語ったのは、カルデシア領と王国の歴史。
 辺境伯は神妙な面持ちで、『我が領土は苦難と苦役の連続だった』と語った。

『私たちが存続出来ているのは、王国に対して逆らう者を抹殺しているからだ』

 アリシアの脳裏には、そんな彼のどこか疲れ切った表情が焼き付いている。

『だが、いつも我々は不利な仕事を担当してきた。なのに領民たちの生活を未だに守れぬ』

 だからこそ、もう王国には従わない。
 そう言っているようにも聞こえた。

 ユリゼンは頬杖をついて寝転がる。

「嘘とだまし討ちはオレたちの専売特許っすよ。辺境伯だって、よく欺いてますし」
「さァて。どうだろうな?」

 レオンには何か、確信のようなものがあるようだ。
 辺境伯の言葉に嘘偽りはない、と。



 ヴェアトリー領内に二日ぶりに帰ってきたアリシアたちは、まっすぐ寄り道せず屋敷へと戻る。
 それと同時に、一人の男が屋敷内に包みと共に入って来た。

 兵士の一人が警戒しながら包みを受け取り、毒や何か得体の知れない物体か確認を始めている。
 が、その作業をユリゼンが手で止めた。

「ちょっとそれ、見せて貰っていいっすか?」

 彼はその包みを無警戒に開けると、「げっ」と呻き声を挙げた。
 中身は羊皮紙のようで、それなりの枚数が入っている。
 レオンは腕を組み、興味津々にその羊皮紙を覗き込んだ。

「それ、なんだよ?」
「各領土の警備情報や、領主の屋敷への潜入ルート、それから兵士たちの家族情報なんかっすね」

 アリシアにもそれが何を意味するか分かった。

「暗殺に使う事前情報か」
「うう……そうっすよ……」

 なるほど、とユリゼンから紙を受け取る。
 ヴェアトリー領の兵士たちの動きや、巡回場所、警備体制や、身を隠せる場所、それから建物や隠れ家などの情報がこれでもかと掲載されている。

「なるほど、これを見てユリゼンは私を殺しに来たのか」
「……そうっす」
「我が軍も、この情報収集能力を見習うべきだな」

 これは中々に使えそうだ。
 ユリゼンは、「何を嬉しそうに言ってるんだか」と文句を呟いている。

「こんなもんお嬢様に渡して……。本気でヴェアトリーに肩入れするつもりっすかね、辺境伯……」
「でなきゃーこんな大事なモンを渡すわけないだろ?」

 当然、羊皮紙に掲載されているのはヴェアトリーの領内だけではない。
 他領だけでなく、王国軍の情報も徹底的に調べられている。
 これを渡すということは、辺境伯にとっては持っている金銀財宝を手放すも等しい。
 それ即ち、

「カルデシア様は本気で王国を見限ろうと……」

 うう、と嘆くユリゼンはどうして、どうしてと呟くばかりだ。

「カルデシア様は、お嬢と戦うのが嫌だから、戦には参加しないって……」
「戦に参加しないということは裏切りだ。その時点で、伯には国を裏切る覚悟がいる」
「ってことは、カルデシア様。王国よりもヴェアトリーを完全に選んだってわけですか」

 交わしてはいないが同盟設立である。
 アリシアにとってはどうでもいい話だが、一番重要な話を忘れて貰っては困る。

「折角、苦労してお前を引き入れたのだ。そう後ろ向きで仕事をされても困る」

 アリシアはまた別の羊皮紙を一枚取りだした。

「それ、なんの紙っすか?」
「私が孤児院を買い取るのに必要だった金額だ」

 金額を見て、さーっと顔を真っ青にするユリゼン。
 アリシアはニヤリと笑う。

「もう断わる理由はないな、ユリゼン?」
「あ――――もう! 分かりましたよっ! 手伝いますよ、もう!」

 とにかく、これで人員の確保と、脅威との交戦回避、情報の獲得という、戦に大きな進展を獲得出来た。
 しかし、それにしても不可思議だ。
 アリシアは屋敷内で忙しく物資を運んでいる兵士たちに声を掛ける。

「――そこの。王国軍に動きはあったか?」
「いえ。一応、交戦などはなく」
「……まだ、攻めてきていないか」
「攻めてきていない、というよりも準備に時間が掛かっているようで」

 準備に時間?
 アリシアは耳を疑った。
 王国の正規軍隊が、準備に時間がかかると言って、丸二日も攻めてこないわけがない。
 小隊で編成することも、各貴族の部隊を呼ぶことも出来ただろう。
 何かの策でも無い限り、そんなことは有り得ない。
 しかし、何か指揮系統に乱れが生じることがあれば、モタモタした動きに説明が出来る。

 アリシアはふと、脳裏にあのアホ王子の顔が浮かんだ。
 なるほど、あの男ならば、指揮系統を混乱させかねない。
 王国軍を駄軍にしてしまうとは、やはりあの王子、アホだなと思う。
 婚約破棄されて精々した。

「さて……アホに動かされている王国軍がどう出るか」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

似て非なる双子の結婚

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:71,931pt お気に入り:4,377

【完結】妹にあげるわ。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:69,722pt お気に入り:3,309

【第一部完結】あなたの愛なんて信じない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:124,904pt お気に入り:3,886

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:38,837pt お気に入り:29,916

王妃となったアンゼリカ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:141,459pt お気に入り:8,056

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:207,079pt お気に入り:12,430

処理中です...