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【短編】追放された聖女は王都でちゃっかり暮らしてる「新聖女が王子の子を身ごもった?」結界を守るために元聖女たちが立ち上がる

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「ジョセフィーヌ、聖なる力を失い、新聖女コレットの力を奪おうとした罪で、そなたを辺境の修道院に追放いたす。申し開きがあれば言ってみよ」

 謁見の間にルーカス第三王子の声が朗々と響き渡る。

「証拠は?」

 ジョセフィーヌはひるむことなく聞いた。

「証拠は新聖女コレットの証言である。新聖女コレット、申してみよ」

「異議あり!」

 ジョセフィーヌは間髪を入れず異議を唱える。

「第三者の証言、あるいは物証しか受け入れられません。先に私が得た第三者の証言を述べさせていただきます」

 ジョセフィーヌは王子に止める隙を与えずたたみかける。長年の祈りで鍛えられたのだ。声量と肺活量には自信がある。

「証言一、とある元聖女マデリーン。殿下は十代の聖女しか興味がない。証言二、とある元聖女ノエミ。殿下は背が高く、ほっそりしてるのに出るとこ出てるのが好き。証言三、とある元聖女オードリー。殿下は、手は出さない、見てるだけ」

「ええーい、やめーい。不敬罪で追放」

 ルーカス第三王子は強引に打ち切ったが、固唾を飲んで見守っていた貴族たちのざわめきは止まらない。


「そういえば、どの聖女様も二十歳になる前に引退しているな」

「ふくよかな聖女様はもっと早かったぞ」

「聖女ジョセフィーヌ様は背は高いが、出るとこ出てないもんな。そりゃ勃つものも勃たないよな」

「おい、お前ら失礼だぞ」

 ルーカス第三王子とジョセフィーヌの声がかぶった。



「ジョセフィーヌを王都から追い出せ」

 ルーカス第三王子は近衛兵に命じて、ジョセフィーヌを捕らえさせた。ジョセフィーヌは抵抗することなく、静かに立っている。つと息を深く吸い込むと


「聖女コレット! 二十歳になるまでに、きっちり蓄えておきなさいよ!」


 ジョセフィーヌは祈りで鍛え上げた声量で、聖女コレットへの最後の引き継ぎを終えた。謁見の間のステンドグラスがビリビリと震える。貴族たちは思わず耳をおさえた。


 聖女コレットは不安な表情を浮かべ、ジョセフィーヌは威風堂々と連行される。


 どこからともなく拍手が起こった。貴族たちから聖女ジョセフィーヌへの、せめてものはなむけであった。
 



 三日後、聖女ジョセフィーヌ改めただのジョーは、元聖女四人で飲み会を行っていた。場所は王都にある隠れ家的飲み屋、セージョバーである。もはや何も隠れていないが、王都の住民には生温かく受け止められている。


「かんぱ~い」
「お勤めご苦労様でーす」
「二十歳以上ウェーイ」
「私まだ十八……」
「気にすんなよ、ジョー。あんたはよくやったよ」
「そうだそうだ。まさか辺境の修道院から三日で戻ってくるとは思わんかった」
「えー馬奪ってきたさ」
「やりよる」
「護衛はどしたん?」
「耳元で大声で祈ったら倒れた」
「それな」
「コレットいくつよ」
「十五」
「あれは二十までいけるな」
「いい体だったもん」
「十五であの体はしゅごい」
「うらやまけしからん」
「全力で同意」
「胸ほしい」
「ジョーあんたの魅力は美脚や。そっちで押せ」
「コレット力はあるのけ」
「微妙」
「ほな五年うちらで補助か。めんどいな」
「無給だしな。手を抜くか」
「王都の住民から泣いて頼まれとる」
「セージョバーは家賃タダだしの」
「食費もかかっとらん」
「お供えがな」
「もう王家潰すか」


「おい、誰か笑えよー」
「あはははー」
「かんぱーい」
「聖女に」
「聖女に!」




 ううう、飲みすぎたー。ジョーは頭を抱えながらベッドから起き上がり、ヨロヨロと階段を降りる。床に転がってる酒瓶をまたぎ、水瓶の水を器に注ぐとガブガブ飲む。気合いで祈りを捧げると、二日酔いが消えた。便利な力である。

 うなりながら降りてきたマデリーンにも祈りを捧げ、水を渡す。

「ありがと。やっぱりジョーの祈りは効くねー。肩こりまで治ったわ」

 マデリーンは大層なモノをお持ちなのだ。マデリーンがこぼした水は胸元に、ジョーがこぼした水は足元に。差は歴然としている。


 ジョーは悲しい気持ちをこらえながら、床の水を拭いた。

「ノエミとオードリーは?」

「夜遅くに帰ったよ。今日仕事があるからって」

「そっかそっか」

「それで、これからどうすんの?」

 マデリーンが優しい顔で聞く。

「うーん、ちょっとのんびりしてから考えるわ。三年間ほぼ無休で働いたもん」

「ホントよ。とんだ労働条件よね。上の部屋空いてるから、好きなだけいていいよ」

「ありがと、マデリーン。もつべきものは、聖女仲間だよー」

 マデリーンがジョーの頭を撫でてくれる。

「わたし、もうちょっと寝てくるわ。片付けは後でやるから置いてていいよ」

 マデリーンはあくびをしながらまた二階に戻った。

 ジョーは酒瓶を一箇所にかため、流しに積み上がった食器類を手早く洗い、布巾で拭いた。

 「蓄えは十分あるけど、老後のためにも働かなきゃね」

 ジョーはうーんと伸びをした。朝日がキラキラまぶしかった。


*****


 一年後、ジョーは王都の魚屋で働いている。聖女の祈りで魚を新鮮に保てるので、魚屋はいつも大繁盛だ。街の人はジョーが元聖女であることを知っているが、暗黙の了解で皆知らないふりをしている。

 王国は広い。聖女コレットの力だけでは結界を守れない。元聖女たちがこっそり結界に力を注いでいるのを、王都の民は知っている。民は元聖女たちに深く感謝しているのだ。

「ジョーさん、おはよう。今日は何がおすすめだい?」

「ああ、ポリーさんいらっしゃい。今日はね、パグロスのいいのが入ってるのよ。油で炒めてから、貝と野菜と一緒に煮込むとおいしいよ」

「それはおいしそうだね。そしたら、それいただくわ。ところでさあ、最近うわさになってんだけど、ジョーさん知ってるかい? 聖女コレット様がルーカス殿下の子供を身ごもったって」

「ええっ! だって聖女様は純潔でないと力をうまく使えないのに……」

 ジョーは驚きのあまり小銭を散らばしてしまった。慌てて拾い上げる。

「そうなんだってね。どうするのかしら、また新しい聖女様を探すのかしらね?」

「そんな、見つかるまで結界がもたないかもしれない……」

 ジョーが思わずつぶやくと、ポリーさんは青ざめた。

「あ、いや、その、そんなにすぐには壊れないと思う……。多分……。相談してみるね」

 誰にとはジョーは言わなかった。ポリーさんはジョーの手をぎゅっと握りしめる。

「あたしたちにできることがあったら、何でも言っておくれよ。ねっ」

 ポリーさんはもう一度ジョーの手を力強く握ると、魚を籠に入れて帰っていった。

 ジョーは魚屋の主人に頼んで休みをもらうと、急いでセージョバーに駆けていく。




「マデリーン、大変! みんなを集めて!」
 
 ジョーが息を切らしながらセージョバーに駆け込むと、そこには既に元聖女が揃っていた。ジョーは安心のあまり、床にへたり込んでしまう。

「マデリーン、ノエミ、オードリー……クオーラ様まで……」


 クオーラ様はオードリーの前の聖女だ。聖女の座をオードリーに引き継いだ後、陛下のたっての願いで大聖女として聖域で過ごされている。ジョーでさえ、片手で数えるほどしか会ったことのない、尊きお方なのだ。


「ジョセフィーヌ、久しぶりね。あなたの祈りはとても心地よかったのよ。あなたが去ってからの祈りはとても弱くて、私もすっかり弱ってしまったわ」

 クオーラ様はまだ四十代のはずだ。以前お会いしたときは年相応に見えたのに、今は八十代の老婆に見える。

「クオーラ様……どうぞ、祈りを捧げることをお許しください」

「いいえ、結構です。私たちの祈りは結界に捧げないといけないわ」

 クオーラ様の凛とした声に、聖女たちはすっと背筋を伸ばした。


「陛下には既に話をつけました。こたびのこと、王国の歴史を振り返っても類を見ない大惨事です。よもや現聖女に王子が手をつけるなど、許されることではありません」

 クオーラ様の怒りで部屋が真っ暗になった。

「クオーラ様……見えません」

 ノエミがおずおずと言う。

「失礼。冷静でいないといけませんね」

 部屋に朝の日差しが戻った。クオーラ様が深淵を見せるという噂は本当だったか、四人の聖女たちは平静を装いながらも冷や汗を止められない。クオーラ様には絶対に逆らうまい。皆の気持ちがひとつになった。

「クオーラ様、何をすればいいでしょう? 街の人たちも出来ることは手伝うって言ってます」

 ジョーが聞くと、クオーラ様はうなずいて、ローブのポケットからおもむろに拳大の結界石を五つ取り出した。ヒュッと皆が息を飲む。


 結界石ってそんなお手軽に持ち運びするようなモノじゃなかったと思います……そう思っても誰も言えなかった。まあ、いっか。流すことにした。

「一人ひとつずつね。期限は三日後の朝まで」

 グェッ 思わず誰かの喉から変な声が漏れた。

 聖女たちは一瞬目を強くつぶって、気持ちを立て直した。この大きさの結界石は、本来ならひと月ひたすら祈りを捧げて、光をこめるものだ。

 三日か……。皆遠い目をした。飲まず食わず完徹しても無理じゃね……。

「民の力を借りましょう」

 クオーラ様の言葉に、聖女たちの顔に生気が戻る。

「私は王都、オードリーは東、ノエミは西、マデリーンは南、ジョセフィーヌは北。二日で王国を巡り、三日後の朝までに結界石に光を込め、古い結界石と交換です。できますね」

「はいっ」

 四人の聖女は大きな声で返事した。できませんとは言えません。

「陛下から全土に触れを出し、沿道に替え馬と民がおります。腕利きの護衛がつきますから、あなたたちは祈りの吸収に集中すること」

「はいっ」

 四人の聖女は気合いを入れた。やるしかない。できなきゃ深淵行きだ。

 

 それからの三日間は王国に語り継がれる伝説となった。

 聖女は全速力で馬を走らせ、民は水と食べ物と共に待機した。
 聖女の到来は狼煙で知らされ、民は力の限り祈りを捧げる。
 聖女は聖なる石を高く掲げ疾走し、民はバタバタと倒れた。
 聖女と護衛は最低限の休息しか取らなかった。
 血走った目で水を飲み干し、噛まなくていいスープを飲み干した。
 新しい馬が待ち構え、走り切った馬は倒れた。
 聖女と護衛には代えがない、鬼神のごとき形相であった。
 民は力を振り絞り、聖女はそれを受け取った。
 聖なる石は光を放ち、古い石と替えられた。
 そして王国は守られた、聖女と民の力によって。



*****

「ジョーさん……もう店に出られるのかい?」

「ポリーさん、お久しぶりです。はい、もう大丈夫。一年も寝てたから、体がすっかり動かなくなって。でも少しずつ働きたいから……」

「……その髪は?」

「ああ、これ? ほら、例の件で真っ白になっちゃったから。見苦しいから切ったの。でも根本は元の色に戻ってきてるから。来年には茶色になると思うよ」

「本当に、ありがとう、ありがとうね……。これからはみんなで祈るから。あたしたちの祈りだって、積み重ねれば役に立つって、みんな分かってるから……。許しておくれ」

「あはは、大丈夫ですって。聖女ひとりに負担を押しつけるのはよくないって、陛下も言ってくれましたし。少しずつうまく変わっていってますよ。クオーラ様は、まだ目覚めないですけど……でもそろそろだと思います」

 ポリーさんは何度もお礼を言って帰っていった。


 あの日から一年半がたった。結界が張り直され、聖女五人は倒れた。死の淵をさまよう聖女は、それぞれその地で深い眠りに入った。一年がたったころ、最初にマデリーン、次にノエミ、オードリー、ジョーの順で目覚めた。クオーラ様はまだ眠り続けている。

 倒れたとき、五人の姿は水分の抜け切った老婆のようであった。文字通り全ての力を結界石に注いだのだ。民がひれ伏す中、最後まで共に走った護衛は聖女をそっと抱え、結界石を守る聖堂へ運び、そして倒れた。

 護衛は意識が戻ってからも、王都に戻らず聖女の眠りを守った。聖女が目覚めたあと、聖女は再び護衛と共に王都に戻った。

 聖女を乗せた馬車はゆっくりと進み、民は無言で感謝を捧げた。

 静かなる聖女の帰還であった。王は跪き聖女を迎えた。


 今、ジョーの隣にはいつも護衛のレオがいる。ジョーの体が戻ったら、ふたりは結婚する予定だ。

「大変だったけど、いいこともあったよ」

 ジョーはレオを見上げて朗らかに笑う。

「二度とごめんだがな」

 レオは苦笑して、ジョーの白髪をなでる。

「陛下が聖女を複数人にして、任期は一年にするって」

「ひとりの聖女に担わせるべきではないと民が強く望んだからな。民も毎日祈るだろうし、なんとかなるんじゃないか」

 レオが言うと、ジョーは顔をしかめた。

「まさかあんな銅像ができてるとは思わなかった。美化しすぎだし」

 聖女が眠りについてる間に、各地に聖女像が建ったのだ。そこに祈りを捧げると、結界石に光が流れ込むという優れものだ。三割り増しぐらい美女になっているので、四人の聖女はむずがゆくて仕方ない。聖女像については、四人の中で禁句だ。


「早くクオーラ様が目覚めるといいな」

「クオーラ様が目覚めたら、いよいよルーカスとコレットの措置が決まるな」

 ルーカスとコレットは別々に塔に収監され、一日中祈りを捧げている。コレットは無事出産し、赤子は密かに貴族家へ養子に出された。

「過激な人はしばり首って言うけど、私は一生塔で祈りを捧げるなら、それでいいと思ってる。そうすれば、聖女も少しは楽になるし」

「お前がそれでいいなら、民も異論はないんじゃないか」

 最後の力を振り絞って光を込めたジョーは、結界が光ったのを確かめた後、ホッとしたように意識を失った。赤子のように軽くなったジョーを抱え、レオは血の涙を流した。あのときのことを思い出すと、市中引き回しの上、八つ裂きでも足りんと感じるレオであった。

「お前がいいなら、俺はいいんだ」

 レオは言った。


 セージョバーの扉を開けると、マデリーンと護衛のショーンが仲良くケーキを食べている。マデリーンは二人を見ると輝く笑顔で言った。

「クオーラ様が目覚めたって」


 ジョーはワッと叫びながらマデリーンに飛びついた。

 王国にようやく春が訪れる。



<完>


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