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第二章 呪文探しの旅に出よう!
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夜が更けてきたので、一行は宿に泊まることにした。建物は古びていて、庭も狭く、かろうじて馬車を駐められるくらいのスペースしかない。ジュダは、ぶつぶつと文句を言った。
「殿下がお泊まりになるのに、こんなみすぼらしい宿だなんて」
「その方が、かえってよかろう。人目を誤魔化せる」
ルチアーノは、穏やかにジュダをたしなめた。
「回復魔術師を召喚して私の呪いを解くというのは、あくまでボネーラが秘密裡に動いている話。公にしない方が、安全であろう。特に……、パッソーニに知られるとまずい」
確かに、と真純は納得した。パッソーニは、自分の魔術がインチキであることを隠すために、ルチアーノを病だと言い張ったという。実はルチアーノには呪いがかけられており、それを他の者が解こうとしている、などと知れば、黙ってはいないだろう。
「皆、疲れたであろう。早く休むといい」
ルチアーノに促され、一行は宿に入った。ルチアーノ、真純、ジュダはそれぞれ個室に泊まり、随行した使用人や騎士たちは、男女別に分かれて大部屋に泊まることになった。あてがわれた部屋に入ると、真純はほっとため息をついていた。
「お疲れでございましょう。すぐに、湯浴みの支度をいたしますわ」
部屋には、小規模ではあるが浴室が備わっていた。エレナはまめまめしく、タオルや湯の用意をしてくれる。悪いね、と真純は言った。
「エレナさんも、早くゆっくりしなよ。僕なら、自分でできるからさ。あまり顔色が良くないよ?」
いつも元気なエレナにしては、顔がやや青ざめていたのだ。聞けば、馬車に酔ったようだと白状した。
「では、お言葉に甘えて……。お寝間着を置いておきますので、失礼させていただきますね。今お召しになっている物は、浴室の外に出しておいていただければ、後ほど回収いたしますわ」
よほど具合が悪かったのか、エレナは早口でそう告げると、さっさと退室した。
「お大事に」
エレナが去ったのを確認すると、真純は服を脱ぎ、浴室に入った。たっぷりの湯が張られた浴槽に、まずは浸かる。エレナのように乗り物酔いはしていないが、初めての馬車での移動で、真純も疲労していた。目を閉じて温かい湯に全身を浸せば、少しずつリラックスしていくのがわかる。
(さて。洗うか)
一息ついたところで、真純は浴槽から出た。ところが、体を洗おうと浴室内を見回しても、石鹸が見当たらない。いつもなら、エレナが準備してくれるのだが。忘れたのだろうか。
(気分悪そうだったもんなあ。うっかりしたんだろうな)
ためしに浴室の扉を開けて外をうかがうと、新品らしきガウンと寝間着は用意されていたが、それまで着ていた服は姿を消していた。真純が湯船に浸かっている間に、回収したらしい。
(石鹸無しで済ませるか? ……いや)
ふと、真純は思いついた。この部屋の隣は、男性使用人たちの部屋だ。行って、分けてもらおうか。体調の優れないエレナを呼びつけるのは気の毒だし、第一、女性の部屋を訪れるのはためらわれる。
(男同士なんだから、いいや)
真純は、下半身にタオルを巻き付けると、素早く浴室を出た。そのまま廊下に出て、隣の部屋をノックする。幸いにも、すぐに扉は開いた。出て来たのは、馬丁をしている若い男だった。だが彼は、真純を見るなり顔をしかめた。
「うわっ。噂、本当だったのかよ。悪いけど、俺、そういう趣味無いんで」
そう叫ぶなり彼は、扉を閉めようとする。真純は焦った。
「待ってください! こんな格好ですみませんが、実は入浴……」
その最中に石鹸が無いことに気付いた、と説明しようとしたのだが、馬丁は強引に真純を閉め出そうとする。あげく、嘲るように笑った。
「淫乱が! 殿下に三日放っておかれたら、もう我慢できなくなったのかよ。男とヤリ慣れると、そうなるのかあ?」
バタンと閉じられたドアを前に、真純は眉を寄せた。どういう意味だろう。そういえばエレナも、異世界人は同性好きだと誤解していた。使用人たちは皆、真純が男好きだと思っているのだろうか。
(それに、ヤリ慣れてるだって? 何でそう思うんだ?)
ルチアーノには、初体験だと説明したというのに。真純は、あの夜のことを思い出した。彼の手であっけなく絶頂に達し、みっともなく喘いだ。最後は、失神してしまったくらいだ。
(はしたなさすぎた? それで、信じてもらえなかった……?)
自慢ではないが、キスすら未経験だったというのに。もはや石鹸のことなどどうでもよくなり、真純はその場に立ちすくんだ。他の誰よりも、ルチアーノに誤解されたかもと思うと、それだけで胸が苦しくなる。
その時、コツコツと靴音がした。振り返れば、ルチアーノが立っていた。仮面は着けたままだが、ガウン姿だ。もう入浴を済ませたらしい。
「マスミ。その格好は、いかがした? 風邪を引いたらどうする」
ルチアーノは、ガウンを脱ぐと、真純に着せかけた。そのままぐいぐいと、部屋へ押し込む。開けっ放しの浴室のドアを見て、ルチアーノはおやという顔をした。
「湯浴みの途中だったのか?」
「はい、こんな格好で失礼しました。殿下こそ、早く部屋へお戻りください。湯冷めをされたら大変です」
真純はガウンを返そうとしたが、ルチアーノは応じなかった。ぽいとベッドの上に放り投げ、真純を抱きすくめる。薄い寝間着を通して、彼の体温が伝わってきて、真純はどぎまぎした。
「殿下……」
「部屋へは戻らぬ。元々、ここへ来るつもりだったのだ」
低く耳元で囁かれて、真純はドキリとした。
「殿下がお泊まりになるのに、こんなみすぼらしい宿だなんて」
「その方が、かえってよかろう。人目を誤魔化せる」
ルチアーノは、穏やかにジュダをたしなめた。
「回復魔術師を召喚して私の呪いを解くというのは、あくまでボネーラが秘密裡に動いている話。公にしない方が、安全であろう。特に……、パッソーニに知られるとまずい」
確かに、と真純は納得した。パッソーニは、自分の魔術がインチキであることを隠すために、ルチアーノを病だと言い張ったという。実はルチアーノには呪いがかけられており、それを他の者が解こうとしている、などと知れば、黙ってはいないだろう。
「皆、疲れたであろう。早く休むといい」
ルチアーノに促され、一行は宿に入った。ルチアーノ、真純、ジュダはそれぞれ個室に泊まり、随行した使用人や騎士たちは、男女別に分かれて大部屋に泊まることになった。あてがわれた部屋に入ると、真純はほっとため息をついていた。
「お疲れでございましょう。すぐに、湯浴みの支度をいたしますわ」
部屋には、小規模ではあるが浴室が備わっていた。エレナはまめまめしく、タオルや湯の用意をしてくれる。悪いね、と真純は言った。
「エレナさんも、早くゆっくりしなよ。僕なら、自分でできるからさ。あまり顔色が良くないよ?」
いつも元気なエレナにしては、顔がやや青ざめていたのだ。聞けば、馬車に酔ったようだと白状した。
「では、お言葉に甘えて……。お寝間着を置いておきますので、失礼させていただきますね。今お召しになっている物は、浴室の外に出しておいていただければ、後ほど回収いたしますわ」
よほど具合が悪かったのか、エレナは早口でそう告げると、さっさと退室した。
「お大事に」
エレナが去ったのを確認すると、真純は服を脱ぎ、浴室に入った。たっぷりの湯が張られた浴槽に、まずは浸かる。エレナのように乗り物酔いはしていないが、初めての馬車での移動で、真純も疲労していた。目を閉じて温かい湯に全身を浸せば、少しずつリラックスしていくのがわかる。
(さて。洗うか)
一息ついたところで、真純は浴槽から出た。ところが、体を洗おうと浴室内を見回しても、石鹸が見当たらない。いつもなら、エレナが準備してくれるのだが。忘れたのだろうか。
(気分悪そうだったもんなあ。うっかりしたんだろうな)
ためしに浴室の扉を開けて外をうかがうと、新品らしきガウンと寝間着は用意されていたが、それまで着ていた服は姿を消していた。真純が湯船に浸かっている間に、回収したらしい。
(石鹸無しで済ませるか? ……いや)
ふと、真純は思いついた。この部屋の隣は、男性使用人たちの部屋だ。行って、分けてもらおうか。体調の優れないエレナを呼びつけるのは気の毒だし、第一、女性の部屋を訪れるのはためらわれる。
(男同士なんだから、いいや)
真純は、下半身にタオルを巻き付けると、素早く浴室を出た。そのまま廊下に出て、隣の部屋をノックする。幸いにも、すぐに扉は開いた。出て来たのは、馬丁をしている若い男だった。だが彼は、真純を見るなり顔をしかめた。
「うわっ。噂、本当だったのかよ。悪いけど、俺、そういう趣味無いんで」
そう叫ぶなり彼は、扉を閉めようとする。真純は焦った。
「待ってください! こんな格好ですみませんが、実は入浴……」
その最中に石鹸が無いことに気付いた、と説明しようとしたのだが、馬丁は強引に真純を閉め出そうとする。あげく、嘲るように笑った。
「淫乱が! 殿下に三日放っておかれたら、もう我慢できなくなったのかよ。男とヤリ慣れると、そうなるのかあ?」
バタンと閉じられたドアを前に、真純は眉を寄せた。どういう意味だろう。そういえばエレナも、異世界人は同性好きだと誤解していた。使用人たちは皆、真純が男好きだと思っているのだろうか。
(それに、ヤリ慣れてるだって? 何でそう思うんだ?)
ルチアーノには、初体験だと説明したというのに。真純は、あの夜のことを思い出した。彼の手であっけなく絶頂に達し、みっともなく喘いだ。最後は、失神してしまったくらいだ。
(はしたなさすぎた? それで、信じてもらえなかった……?)
自慢ではないが、キスすら未経験だったというのに。もはや石鹸のことなどどうでもよくなり、真純はその場に立ちすくんだ。他の誰よりも、ルチアーノに誤解されたかもと思うと、それだけで胸が苦しくなる。
その時、コツコツと靴音がした。振り返れば、ルチアーノが立っていた。仮面は着けたままだが、ガウン姿だ。もう入浴を済ませたらしい。
「マスミ。その格好は、いかがした? 風邪を引いたらどうする」
ルチアーノは、ガウンを脱ぐと、真純に着せかけた。そのままぐいぐいと、部屋へ押し込む。開けっ放しの浴室のドアを見て、ルチアーノはおやという顔をした。
「湯浴みの途中だったのか?」
「はい、こんな格好で失礼しました。殿下こそ、早く部屋へお戻りください。湯冷めをされたら大変です」
真純はガウンを返そうとしたが、ルチアーノは応じなかった。ぽいとベッドの上に放り投げ、真純を抱きすくめる。薄い寝間着を通して、彼の体温が伝わってきて、真純はどぎまぎした。
「殿下……」
「部屋へは戻らぬ。元々、ここへ来るつもりだったのだ」
低く耳元で囁かれて、真純はドキリとした。
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