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第五章 誰が宰相を殺したの?

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「殿下、パッソーニの正体というのは……?」
 
  ボネーラは期待に満ちた表情で尋ねたが、ルチアーノは答えなかった。代わりに、満面の笑みを浮かべて、真純を見つめる。

「マスミ殿、ヒントをありがとう。お手柄であるぞ」
「はあ……?」

 何だかよくわからないまま、真純は頷いた。フィリッポが尋ねる。

「ホーセンランドからの不法入国者であることは、確かなのですか?」
「まず間違い無かろう」

 ルチアーノが、断定的に告げる。フィリッポは、腕を組んだ。

「この前から、考えていたのですが。エリザベッタ王妃陛下は、ホーセンランドの方ですよね。パッソーニと手を組んでいるという可能性は?」
「そうあれば、実に喜ばしいのだがな」

 ルチアーノは即答した。

「王妃陛下の目的は、明らかだ。ファビオ殿下を、王太子にすること。手を組んでいるとすれば、パッソーニの目的も同様。つまり私は、奴の息子ではないという結論になる。是非、そうであって欲しいものだ」
「あり得ませんよ」

 不意に、低い声が響いた。ボネーラだった。

「確かに王妃陛下は、はかりごとを巡らされました。ですがそれは、ご子息の遺児のため。彼女は、れっきとしたホーセンランド王室の姫君であらせられます。不法入国者ごときと手を組むなど、汚い真似をなさるはずがありません!」

 いつも穏やかなボネーラの声音は、驚くほど激しく、三人は一瞬息を呑んだ。ややあって、ルチアーノが咳払いをする。

「……まあ、全ては推測の段階だ。皆、結論を早まらぬ方がよい」
「承知しました」

 ボネーラは一礼すると、再び語り出した。

「話を戻させていただきますと、パッソーニに関して新たにわかったことがありました。ミケーレ二世陛下が、ベゲット殿の婚約者・ジーナ嬢を側妃に迎えようとなさった経緯です。陛下は彼女を、宮廷舞踏会で見初められたました」

 フィリッポの表情が険しくなった。

「舞踏会ですと? ジーナ様が出席なさったのですか? ベゲット様によると、彼女は社交の場が苦手で、いつも断っていたそうですが」
「私もそのように聞いています。ですが、そんな彼女を、強引に連れ出した女性がいたのです……。当時、パッソーニとは結婚前だった、ラウラ夫人です」

 それを聞いたフィリッポは、目を剥いた。                       

「もしや……、ジーナ様と国王陛下を引き合わせたのは、パッソーニ夫妻の計略ですか!?」
「恐らくは。夫妻の間では、もう段取りが決まっていたのでしょう。ベゲット殿を宮廷魔術師の座から引きずり下ろし、パッソーニを後釜に据え、結婚しようとね。そのためには、ベゲット殿と国王陛下との間に、火種を作る必要があった。だから、舞踏会でジーナ嬢が陛下のお目に留まるよう仕向けたのでしょう。結果は大成功だったというわけです」

  ボネーラは、フィリッポを見つめた。

「フィリッポ殿。あなたに迎合するわけでは決して無いのですが、私の父を殺したのは、ベゲット殿ではないでしょう。パッソーニが殺害し、彼に濡れ衣を着せた可能性が高いと私は考えます」

 フィリッポは、安堵したように深いため息をついたが、ルチアーノは首をかしげた。

「しかし、死因が特定できておらぬな。魔術の能力が無いパッソーニに、呪いの類は使いこなせぬだろう。彼が殺したとして、一体どんな方法を用いたのか? その、『良い香り』とやらも気になるところだ」

 フィリッポは黙り込んだ。沈黙を破ったのは、ボネーラだった。

「ルチアーノ殿下。確かに、先日殿下が仰ったように、私の父親殺しが一連の発端になっているというのはわかります。ですが正直なところ、私自身はさほどこの事件に関心はありません。自分の父親ではありますが、彼のやり方には納得しかねる点が多々ありました。クラウディオ殿下というれっきとしたご長男が王妃陛下との間におられるのに、側妃を、それも婚約者のいる女性を娶るよう国王陛下に迫るなど……。下手をしたら、せっかく安定したホーセンランドとの関係が、再度悪化するかもしれないではないですか」

  ボネーラは、淡々と語った。真純は、内心首をかしげた。

(ボネーラさんて、お父さんと関係が良くなかったのかな……?)

 思えば当初から、ボネーラは父親の事件についてあまり語りたがらなかった。辛い思い出だからだろうと解釈していたが、今のボネーラの話しぶりを観察する限り、彼から父親への愛情は感じ取れなかった。関心が無い、というのも本音ではないかと思えるほどだ。

 ルチアーノとフィリッポも、同様に感じたらしく、複雑そうな表情を浮かべている。やがて、締めくくるようにルチアーノが言った。

「とにかく、香りの謎について解明するとするか。ボネーラ殿、色々調べてくれて、助かった」
「いえ。引き続き尽力いたします」

 ボネーラが丁重に返答する。その時、ノックの音がした。家臣が、顔をのぞかせる。

「失礼いたします。ルチアーノ殿下宛ての招待状を、お持ちしました」

 家臣は、山のような封筒類を差し出した。ボネーラが、代わりに受け取る。家臣が出て行くと、ルチアーノはため息をついた。

「今は多忙ゆえ、夜会の類は遠慮すると公言しているのに、しつこいことだ」
「皆、次期国王に取り入りたいのでございましょう。……ああ、年頃のご令嬢がいらっしゃるお家ばかりですな」

 一通一通、封筒を確認しながら、ボネーラは苦笑した。真純もまた、ため息をつきたくなった。フィリッポが、こちらを見ているのがわかる。今は父親が不明だからこそ招待を受けないのだろうが、王位継承が決定したら、ルチアーノも妃選びに乗り出すだろう。それを思うと、胸が痛んだ。

「何なら、そなたが代わりに出席するか?」

 チラとボネーラを見て、ルチアーノが言う。ボネーラは、肩をすくめた。

「ご冗談を。私が出席して、どうするというのです?」
「あれこれ奔走してくれているので、労いのつもりだが。良き出会いがあるかもしれぬぞ?」

 おや、と真純は思った。落ち着いた物腰から、何となく既婚者かと思っていたがが、ボネーラは独身なのだろうか。すると彼は、案の定こう答えた。 
  
「この年で、今さら伴侶を探そうとは思いませんよ」
「ボネーラ家といえば、代々名宰相を輩出してきたというのに。そなたの後を継ぐ者が現れないとは、残念だ」

 ルチアーノは大げさに嘆いたが、ボネーラは淡々としていた。

「宮廷魔術師も、世襲は終わったのです。宰相も倣えばよろしいではありませんか」

 返す言葉が見つからなかったのか、ルチアーノが黙り込む。すると、席を外す機会だと思ったのか、フィリッポが立ち上がった。

「話は、お済みでしょうか。であれば、失礼したいのですが。練習に戻りたいのです」

 だがルチアーノは、フィリッポを押し止めた。
 
「待たれよ」

 そう言うが早いか、ルチアーノはフィリッポの手から魔術書を取り上げた。目にも留まらぬ素早さだった。

「殿下!? 何を……」
「この本は、一日預かる。そなたは、無理をし過ぎだ。休養を取る必要がある」

 言いながらルチアーノは、本を自分の机に置いた。

「しかし……」
「王太子命令だ。フィリッポ殿におかれては、一日休むように」

 ルチアーノが、片目をつぶる。フィリッポは、仕方なさげに頷くと、退室した。手紙の山を持って、ボネーラも立ち上がる。

「では私は、これらの処理をして参ります」
「うむ。世話をかけるが、頼む」

 ボネーラが部屋を出て行く。真純も挨拶をして続こうとしたが、ルチアーノは引き留めてきた。

「マスミ殿、今からよいか? 連れて行きたい場所がある」
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