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第九章 それでも、禁呪は許されませんか

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 その五日後。真純とフィリッポは、ルチアーノの部屋に集っていた。勢い良いノックの音と共に、ボネーラが入って来る。

「パッソーニが、遂に吐きましたぞ!」
「真か」

 ルチアーノが、キラリと瞳を輝かせる。ボネーラは、意気揚々と頷いた。

「手下に次々と裏切られ、観念したのでございましょう」

 あの後ルチアーノは、ゴトフレードやアントネッラの話をボネーラに伝え、諸々の調査を命じた。ボネーラは、パッソーニの側近らをゴトフレードに引き合わせ、顔を確認させた。するとゴトフレードは、そのうち三人に見覚えがあると語ったのだ。焼き討ち前にニトリラに現れた不審な男たちで、間違い無いと言う。

  三人は直ちに身柄を拘束され、取り調べを受けた。最初はしらを切っていた彼らだったが、途中で一転、罪を認めた。当時の三人の職務記録をボネーラが調べたところ、焼き討ちの数日前から、王都を不在にしていたことがわかったからだ。行き先を明確にできなかった彼らは、遂に自白したのである。

『パッソーニ様より、ベゲット・セアン親子を殺害し、ニトリラに火を放つよう命じられました』
『しかしベゲット家を襲ったところ、なぜか親子ともどもすでに亡くなっていました。そこで放火だけを実行し、パッソーニ様には、両方の任務を遂行したと報告しました』
『さらに、ベゲットの魔術書を確保せよとのご指示もありましたので、神殿から盗み去りました』

 三人は、セアンの顔までは知らなかったため、偽遺体をベゲットの息子と思い込んだようだった。パッソーニに叱責されるのを恐れて、誤魔化したのだという。

「三人の供述は、これまでの我々の調査で判明した事実と合致し、筋も通っていますからね。パッソーニも、言い逃れられないと判断したのでしょう」

 ボネーラは、機嫌良く語っている。ルチアーノは、大きく頷いた。

「ボネーラ殿、ご苦労であった。……そしてマスミ殿も、お手柄であったな」
「僕が?」

 真純は、きょとんとした。ルチアーノが微笑む。

「そなたは、当初から疑問を呈しておったではないか。ベゲット父子は、なぜ別々の部屋で亡くなっていたのか。禁呪を用いた後、自分は死ぬとわかっていて、ベゲット殿は息子に何もしてやらなかったのだろうか、と。そなたの言う通りであった。やはりベゲット殿は、セアンを人に託していたのだ」

 ボネーラも同意した。

「ご明察でございますな、マスミ殿。……しかしベゲット殿は、なぜ息子を王妃陛下に託したのでございましょう?」
「その点は、まだ疑問だな。何かを吹き込まれ、言いくるめられたとしか思えん」

 ルチアーノは、険しい表情で首をひねった。

「まあ、それはさておき。これでパッソーニを断罪する材料はそろったわけだが。まだ処刑はできぬな」

 一同は、黙り込んだ。回復呪文の書かれた魔術書は、まだ見つかっていないのだ。
 
(本当に、どこに隠されてるんだろう……)

 ほぼ治癒したとはいえ、禁呪効果は残っている。ルチアーノの素顔を見ると眩暈を起こす者は、やはり存在するのだ。

(やっぱり、例の方法で行くしか無いんじゃ……)
 
 クオピボ以来、負担をかけたくないと言って、ルチアーノは真純を抱きつつも、精を注ぐことはしないのだ。彼を説得して、魔力を中和するしか無いのではないか。とはいえ、皆の前で提案するのはさすがに恥ずかしかった。

(やっぱり、夜だよな。自信は無いけど……)

 情けない話だが、真純はベッドの中で毎度、ルチアーノに翻弄されてしまうのだ。わけがわからなくなるまで何度も昇りつめさせられ、気付けばいつも、意識を失ってしまう。とても冷静に話をするどころではないが、ここは踏ん張るしか無いだろう。
 
「仕方あるまい。この件は、考えておこう」

 ルチアーノは、そう締めくくると、ユリアーノの方はどうかとボネーラに尋ねた。

「はい。ユリアーノは、自分に偽遺体を置くよう命じたのはパッソーニと信じ込んでおりましたが、調べたところ、王妃陛下の側近であることが判明しました」

 ボネーラが答える。ルチアーノは頷いた。

「やはりか。王妃陛下は、焼き討ちが起こることをご存じだったのだな。セアンを引き取った後、息子の遺体が見つからないと不自然ということで、ユリアーノに偽遺体を置かせたのだろう。……ふう。まだまだ、彼女の行動には疑問が残るな」

 ボネーラは、何とも言えない表情でかぶりを振った。

「あのようなむごい焼き討ちを、見て見ぬふりなさるなど……。私は本当に、陛下の真のお姿を見誤っておりましたな」
「恋は時として、人の判断を鈍らせるものだ。アントネッラ夫人とて、そう」

 しみじみとそう呟くと、ルチアーノはフィリッポの方を見やった。

「フィリッポ殿。先ほどから、ずいぶんと静かだな。そなたの人生を狂わせた、あの焼き討ちの犯人が、遂に白日の下にさらされようとしているのだぞ。嬉しくはないのか」
「いえ、もちろん喜んでおります。ルチアーノ殿下、ボネーラ様には、感謝してもしきれませぬ」

 フィリッポは、慌てたように答えた。

「ただ……、やはり、ジュダさんが気がかりでして。ロッシ家を訪れるのはまずいでしょうか?」 

 ジュダは、ロッシの家に籠もりきりらしいのだ。ルチアーノもボネーラも、困ったような顔になった。

「心配な気持ちはわかるが、少なくともそなたは、会いに行かぬ方がよいのではないか? ジュダはまだ、現実を受け入れられておらぬ。刺激するだけだ」

 苦渋の決断といった様子で、ルチアーノが答える。フィリッポは、肩を落とした。
 
「仕方ありませんね……。私としては、本当に嬉しかったのですが。今にして思えば、ジュダさんとは初対面の時から、何だか懐かしい気がしました。単に故郷に多い赤毛というだけでなく、面差しが、どこかベゲット様に似てらしたのです」

 そういえば、フィリッポと初めて会った際、彼はジュダの顔を凝視していた、と真純は思い出した。

「なるほどな。だが、それは禁句だぞ」

   ルチアーノは、釘を刺すように語気を強めた。

「そなたにとっては敬愛する師匠の息子かもしれぬが、ジュダの方は、現状、その事実を拒否しておる」
「わかりました」
  
 フィリッポが、深いため息をつく。真純は、おそるおそる口を挟んだ。

「あの。よかったら僕、ジュダさんの様子を見て来ましょうか」
「いいのですか!?」

 フィリッポは、顔をほころばせた。ルチアーノも頷く。

「そうだな、頼もうか。この前も、私とは話したくないと言っておったが、マスミ殿とは会話を交わしていた。そなたなら、ジュダを傷つけることなく寄り添ってやれるだろう」
「では、行って参ります」

 真純は、力強く頷いた。
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