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第12部
第七章 父、家に帰る②
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焔魔堂の里は、いわゆる山村である。
周囲は森に囲まれ、里を横断するように大きな川がある。
人口としては、およそ千七百人。
里と呼んではいるが、実質的には小規模の街だ。
木造建築が多いアロン様式である街並みには、人が溢れかえっている。
その中を、コウタたちは進んでいた。
「へえ。珍しい街並みだ」
コウタが、興味深そうに周囲に目をやった。
コウタの故郷であるクライン村は、アロンの系統を引く村ではあったが、建築自体はセラ大陸のモノが主体だった。
布団や浴衣。着物や巫女装束など、衣類や道具はクライン村にもあったので知っているモノも多いが、建造物までは知らなかった。
引き戸の扉に、瓦と呼ばれる石板を敷き詰めた屋根。
とても珍しい建造物が、大通りに並んでいるのである。
「……うん。初めて見る家だよ」
と、アイリも言う。
大通りを進むコウタたち一行は、全員で三人と一機だ。
コウタと、アイリと、アヤメ。それからサザンXだ。
コウタの左右にアイリとアヤメが並び、サザンXが少し前を歩いている。
ちなみに、コウタもアイリも和装だ。着物と呼ばれる服を着ている。
コウタは、短剣のみを腰に差していた。
制服に着替えても良かったが、この場では逆に目立ってしまうと考えたからだ。
まあ、サザンXがいる時点で、どうしても目立ってはしまうのだが。
なお、フウカとタツマは同行していない。
彼女には、屋敷での仕事もあるのだ。タツマは、サザンXを取り上げられて大泣きしていたが、どうにか離してもらった。
ともあれ、コウタたちは、アヤメの案内で里を散策していた。
コウタとしては、いざという時のために里の状況や地理を知る良い機会だった。
(相当に広いな)
コウタは思う。
里という名称から小規模な村を期待していたのだが、想定以上の広さだ。
しかも、里の全周は森で覆われている。
どちらの方向に向かえば、森を抜けるのか分からない状況だ。
(これは脱出は難しいかな)
そう判断する。
里から出ることは可能であっても、間違いなく道に迷う。
やはり強硬脱出は、最後の手段にしたい。
それに、自分が逃げ出せば、アヤメが罰を受ける可能性もある。
アヤメだけならば一緒に連れていくという選択肢もあるが、この里には、アヤメの家族もいる。フウカや、アヤメの義兄が罰を受けるのも避けたい。
そもそも攫われたからといって、アヤメを攫い返すのもどうかという話だ。
誘拐は絶対にダメだ。それは自身でも言った台詞である。
……まあ、だったら、《黒曜社》から事実上、強奪したリノはどうなるのかという話だが、そこは一時預かりとしたい。リノの父にはいずれ話をつけるつもりだから。
閑話休題。
(強硬策は一旦置いておこう。まずはこの里の長と話をすべきだ)
そう決めた。
今は散策を楽しみつつ、情報収集に専念しよう。
コウタは改めて、周囲を見渡した。
アヤメの故郷だけあって、角を持っている人物が多い。
ただ、その全員が一本角だ。それも男性が圧倒的に多い。
「ねえ。アヤちゃん」
コウタは、アヤメに尋ねた。
「アヤちゃんみたいに二本の角って少ないよね。あと、角を持っている人は男の人が多いみたいだ」
「うちの一族は女性が産まれにくいのです。それと……」
アヤメは、自分の角の一本に触れた。
「二本角はとても珍しく、一族でも私だけと聞いているのです」
「へえ。そうなんだ」
コウタは、まじまじとアヤメの角を見つめた。
それから、少し足を止めた。
「少し触ってもいい?」
「え?」
アヤメは目を見開いた。
「こ、ここでなのです?」
「あ、ダメならいいけど」
コウタにそう言われ、アヤメは言葉を詰まらせた。
初めて触れられた時を思い出す。
あの、どうしようもない甘美な感覚を……。
けれど、すでに、心角の試しは済んでいる。
あれは最初の一回限りで、あんな感覚はもうないとフウカは言っていたが……。
「べ、別にいいのです」
アヤメは躊躇いつつも、そう答えた。
コウタはニコッと笑った。
「うん。ありがとう」
言って、手をアヤメの心角へと伸ばす。
アヤメはぎゅっと目を瞑って、下唇を噛む。
その様子を、アイリとサザンXは、じいっと見つめていた。
そして、
「うん。やっぱり変わった感触だ」
アヤメの二本の心角に触れて、コウタが言う。
一方、アヤメはガチガチに緊張していた。
確かに以前のような感覚は訪れない。
けれど、心音が激しくなるのを抑えられない。
触れられるたびに、とても幸せな気持ちが溢れ出てきていた。
(こ、これはこれで、変な感じなのです)
そう思う。
ちなみに、行き交う人々――特に角を持つ者たちは足を止めて、「「……おお」」と目を見開いて驚いていた。
アヤメ自身は、心角の試しさえも詐欺と断じていたため、知る機会もなかったが、実のところ、一族にとって心角を異性に触れさせることは、男性ならば『お前を生涯守る』という意味になり、女性ならば『私はあなたの女です』といった意味があるのだ。
それは、当然ながら、二人きりの時にするような行いであり、堂々と大通りで行うコウタとアヤメに、驚きと感嘆の目を向けているのだ。
ただ、コウタとしては、そんなことは知る由もなく、
「二本かあ。やっぱり一本よりも特別なことがあるの?」
「基本的に身体能力も、《焔魔ノ法》も一本よりも優れているのです」
と、そんなことを言っていた。
「おお。大胆」
「若いっていいねえ」
という周囲の声も、自分たちのことだとは思わない。
何だかんだで、とても仲が良さそうなコウタとアヤメに、アイリが「……むむ」と唸り始めた時だった。
「ちょ、ちょっと!」
不意に、声を掛けられる。
コウタたちは、そちらに振り向いた。
そこには、一人の女性がいた。
年の頃は十代後半ほどか。
着物を纏う、少しお腹が大きな女性である。
肩まであるウェーブのかかった茶色い髪が印象的な、角のない女性だった。
「こんな大通りでそんなことして!」
と、頬を赤く染めて叫んでいる。
コウタたちとしては、キョトンとするだけだ。
「もう! 何を考えて――って」
そこで、女性はアヤメの二本角に目をやった。
「二本角? え? もしかしてあなたって?」
目を瞬かせる。
そうして、女性はこう尋ねた。
「あなたって、フウカのとこのアヤメちゃん?」
周囲は森に囲まれ、里を横断するように大きな川がある。
人口としては、およそ千七百人。
里と呼んではいるが、実質的には小規模の街だ。
木造建築が多いアロン様式である街並みには、人が溢れかえっている。
その中を、コウタたちは進んでいた。
「へえ。珍しい街並みだ」
コウタが、興味深そうに周囲に目をやった。
コウタの故郷であるクライン村は、アロンの系統を引く村ではあったが、建築自体はセラ大陸のモノが主体だった。
布団や浴衣。着物や巫女装束など、衣類や道具はクライン村にもあったので知っているモノも多いが、建造物までは知らなかった。
引き戸の扉に、瓦と呼ばれる石板を敷き詰めた屋根。
とても珍しい建造物が、大通りに並んでいるのである。
「……うん。初めて見る家だよ」
と、アイリも言う。
大通りを進むコウタたち一行は、全員で三人と一機だ。
コウタと、アイリと、アヤメ。それからサザンXだ。
コウタの左右にアイリとアヤメが並び、サザンXが少し前を歩いている。
ちなみに、コウタもアイリも和装だ。着物と呼ばれる服を着ている。
コウタは、短剣のみを腰に差していた。
制服に着替えても良かったが、この場では逆に目立ってしまうと考えたからだ。
まあ、サザンXがいる時点で、どうしても目立ってはしまうのだが。
なお、フウカとタツマは同行していない。
彼女には、屋敷での仕事もあるのだ。タツマは、サザンXを取り上げられて大泣きしていたが、どうにか離してもらった。
ともあれ、コウタたちは、アヤメの案内で里を散策していた。
コウタとしては、いざという時のために里の状況や地理を知る良い機会だった。
(相当に広いな)
コウタは思う。
里という名称から小規模な村を期待していたのだが、想定以上の広さだ。
しかも、里の全周は森で覆われている。
どちらの方向に向かえば、森を抜けるのか分からない状況だ。
(これは脱出は難しいかな)
そう判断する。
里から出ることは可能であっても、間違いなく道に迷う。
やはり強硬脱出は、最後の手段にしたい。
それに、自分が逃げ出せば、アヤメが罰を受ける可能性もある。
アヤメだけならば一緒に連れていくという選択肢もあるが、この里には、アヤメの家族もいる。フウカや、アヤメの義兄が罰を受けるのも避けたい。
そもそも攫われたからといって、アヤメを攫い返すのもどうかという話だ。
誘拐は絶対にダメだ。それは自身でも言った台詞である。
……まあ、だったら、《黒曜社》から事実上、強奪したリノはどうなるのかという話だが、そこは一時預かりとしたい。リノの父にはいずれ話をつけるつもりだから。
閑話休題。
(強硬策は一旦置いておこう。まずはこの里の長と話をすべきだ)
そう決めた。
今は散策を楽しみつつ、情報収集に専念しよう。
コウタは改めて、周囲を見渡した。
アヤメの故郷だけあって、角を持っている人物が多い。
ただ、その全員が一本角だ。それも男性が圧倒的に多い。
「ねえ。アヤちゃん」
コウタは、アヤメに尋ねた。
「アヤちゃんみたいに二本の角って少ないよね。あと、角を持っている人は男の人が多いみたいだ」
「うちの一族は女性が産まれにくいのです。それと……」
アヤメは、自分の角の一本に触れた。
「二本角はとても珍しく、一族でも私だけと聞いているのです」
「へえ。そうなんだ」
コウタは、まじまじとアヤメの角を見つめた。
それから、少し足を止めた。
「少し触ってもいい?」
「え?」
アヤメは目を見開いた。
「こ、ここでなのです?」
「あ、ダメならいいけど」
コウタにそう言われ、アヤメは言葉を詰まらせた。
初めて触れられた時を思い出す。
あの、どうしようもない甘美な感覚を……。
けれど、すでに、心角の試しは済んでいる。
あれは最初の一回限りで、あんな感覚はもうないとフウカは言っていたが……。
「べ、別にいいのです」
アヤメは躊躇いつつも、そう答えた。
コウタはニコッと笑った。
「うん。ありがとう」
言って、手をアヤメの心角へと伸ばす。
アヤメはぎゅっと目を瞑って、下唇を噛む。
その様子を、アイリとサザンXは、じいっと見つめていた。
そして、
「うん。やっぱり変わった感触だ」
アヤメの二本の心角に触れて、コウタが言う。
一方、アヤメはガチガチに緊張していた。
確かに以前のような感覚は訪れない。
けれど、心音が激しくなるのを抑えられない。
触れられるたびに、とても幸せな気持ちが溢れ出てきていた。
(こ、これはこれで、変な感じなのです)
そう思う。
ちなみに、行き交う人々――特に角を持つ者たちは足を止めて、「「……おお」」と目を見開いて驚いていた。
アヤメ自身は、心角の試しさえも詐欺と断じていたため、知る機会もなかったが、実のところ、一族にとって心角を異性に触れさせることは、男性ならば『お前を生涯守る』という意味になり、女性ならば『私はあなたの女です』といった意味があるのだ。
それは、当然ながら、二人きりの時にするような行いであり、堂々と大通りで行うコウタとアヤメに、驚きと感嘆の目を向けているのだ。
ただ、コウタとしては、そんなことは知る由もなく、
「二本かあ。やっぱり一本よりも特別なことがあるの?」
「基本的に身体能力も、《焔魔ノ法》も一本よりも優れているのです」
と、そんなことを言っていた。
「おお。大胆」
「若いっていいねえ」
という周囲の声も、自分たちのことだとは思わない。
何だかんだで、とても仲が良さそうなコウタとアヤメに、アイリが「……むむ」と唸り始めた時だった。
「ちょ、ちょっと!」
不意に、声を掛けられる。
コウタたちは、そちらに振り向いた。
そこには、一人の女性がいた。
年の頃は十代後半ほどか。
着物を纏う、少しお腹が大きな女性である。
肩まであるウェーブのかかった茶色い髪が印象的な、角のない女性だった。
「こんな大通りでそんなことして!」
と、頬を赤く染めて叫んでいる。
コウタたちとしては、キョトンとするだけだ。
「もう! 何を考えて――って」
そこで、女性はアヤメの二本角に目をやった。
「二本角? え? もしかしてあなたって?」
目を瞬かせる。
そうして、女性はこう尋ねた。
「あなたって、フウカのとこのアヤメちゃん?」
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