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愛して欲しいとは思いません
私、溜め息をつくしか無かったです
しおりを挟む「そうそう、あの娘一つとんでもないことを言ったわ」
可笑しそうに弓形になっていたオフィーリア様の目が急に険しくなった。
「縁談縁談ってきいきい騒ぐ母親を遮って『私のお相手はもう決めてるって言ったでしょう!』って膨れっ面をしたのよ。それでね、それはどなたなの?って聞いたら『お義兄様ですっ!!』ってニコニコしちゃって。しかも驚いたことに本気だって言い張るのよ!」
気が付いたらいつの間にか立ち上がっていた。びっくりし過ぎて無意識に動いてしまったらしい。だって、いくらあのヘンリエッタだからといって、マックスと結婚したいだなんてそんなお話にならないような事を第三者に話したりするものか?
でも、それがあのヘンリエッタなんだけれど。
ヘンリエッタがマックスをとてもとてもお気に召したのは確かだ。超面食いのヘンリエッタと非常に見た目が良い上に大変に優秀な私の夫。つまりマックスの顔を見る度に纏わりついていたのは、憧れじゃなくて恋心だったってこと?でも、たとえそんな気持ちが芽生えたとしても普通は胸に秘めて乗り越えて行くものよね?
でも普通じゃないのがあのヘンリエッタなんだけと。
「なんてお耳障りな事を……」
座り直して小さくなる私にオフィーリア様は微笑んだ。
「まあねぇ、躾の行き届かない若い娘さんでしょう?わたくしも多目に見なければと思いはしたのだけれど、あの母親は諌めようともしないで『それは困ったわね』なんて言うの。ホントに呆れるわ。そんなだからおバカ娘は輪を掛けてとんでもないことを言うのよね」
「輪を掛けて……?」
「そう。『お姉様が離縁すれば良いのよ!』ですって。仮にもこの縁談を纏めたわたくしの前で。なんだかねえ、おバカさんもあそこまで酷いとちょっと気の毒にすらなってしまって。悪いけれど、あれじゃあいつまでも引き合わせる相手なんて見つけてやれないわ。だって相手が気の毒過ぎるもの」
私はもう溜め息をつくしか無かった。せめて母がガツンと注意してくれたら良かったのに、それは困ったわね?言うべき事は他にあるでしょうよ!
「まさかとは思いますが、ヘンリエッタは『お姉様にさっさと離婚するように言ってよ』とか、そんな類いの無茶苦茶を母に申しておりましたでしょうか?」
「そのまさかだけれど、ちょっと違ったわ。『離婚するように命令してよ』だったもの。何しろあの娘その話になってから様子がどんどんおかしくなって最後は癇癪起こして床に転がって泣き喚きかねない感じだったのよ。とんだ駄々っ子ね。あんまり凄いから息子達が面白がって覗き見しに来ていたくらい」
うわぁ、それはやんちゃ盛りのお坊ゃま方に大変に教育上宜しくないものをお見せ致しましてすみません。
「姉としてお恥ずかしい限りです……」
「貴女にどうこうできる事じゃないわ。大体どうこうするべき二人がちゃんとしなかったのだもの。もう放っておきなさいな。あの娘のことも侯爵家のことも全部自業自得なの。マクシミリアンだって侯爵夫妻を徹底的に避けているのでしょう?」
「…………?!」
きょとんと目を丸くした私を見たオフィーリア様が、しまったとでも言うように視線を泳がせる。マックスが両親を避けている?両親はいつの間にマックスに会いに来ていたの?そもそもどうして両親はマックスに接触しようとしていたのだろう?
「ごめんなさい、余計な事を言ったようね」
「いえ……そのような事は……」
私は慌てて微笑もうとしたが、頬がひきつって思うように笑えなかった。
「……ホルトン侯爵家が随分と傾いているらしいのは耳に入っているかしら?」
「……いえ……」
顔を曇らせたオフィーリア様は落ち着こうとしたのかお茶を一口飲んでカップをソーサーに戻す。いつになくがちゃりと音を立てたのは珍しく動揺していたせいなのかも知れない。
「貴女が結婚してから長く勤めていた家令や使用人が立て続けに辞めてしまったんですって。だから今侯爵家はぐちゃぐちゃなのよ。だってあの夫妻でしょう?」
両親は権力にすり寄ることには物凄く貪欲だったし勘も良かったと思う。私を手駒にしようとしたのもその為だ。
マックスは爵位は下ながら歴史の古い由緒あるブレンドナー伯爵家の嫡男で王家とも接点の多い外交官。ブレンドナー伯爵家の領地は豊かで財政的にも裕福だ。加えてロートレッセ公爵夫妻から打診された縁談は公爵家との繋がりも生んだ。両親の目論み通りに。
それだけの能力が有るのならば家の事も自分達でやれば良いのに努力してコツコツ頑張る仕事は苦手……というか嫌いなのだ。よってお母様が生きていた頃はお母様に、亡くなってからはずっと家令任せにして背中を向けてきた。
ヘンリエッタに強く注意できない筈よね。
実家が没落しかけているんだからショックを受けて当然だけれど、これに関して私はとっても冷静に『そうでしょうね』って思うだけだ。結婚が決まってから、家令が今後の役に立てばと侯爵家の一通りの執務を一緒にやらせてくれたおかけで私は確信したのだ。両親は一切と言っても良いくらい何の仕事もしていないって。信頼できる真面目な家令達に支えられていたから運営できていたけれど、あの二人は屋敷の会計帳簿の保管場所すら知らないのだもの。当然そこに何が書いてあるかも理解できないに違いない。予算の意味すらわからないのだから箍が外れたように浪費をしたんじゃないかしら?というか絶対にやったに違いない。
私が何も知らなかったのは、多分私が寝込んだのと時期が一致したからだろう。初めは病人の耳に余計な事は入れたくないという気遣いだったけれど、結局言いそびれちゃったのよね、きっと。
それにしても、どうして私が生まれる前から勤めてくれていた家令達は辞めてしまったんだろう?誰よりもこうなるのが判っていたひとたちなのに。
応援ありがとうございます!
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