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プロイデンの燕

山小屋

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 王太子はさも可笑しそうに肩を揺らしながら笑った。

 「残念ながらお惚けは無しだ。お前がプロイデンの燕なのはとっくに調べがついている。つまらない伯爵家の娘を大慌てで王太子妃に据えた時に何かあるだろうと勘ぐったからね。ファルシア王家はとうとう燕を生け捕りにしたと言うわけだ」
 「それが何なの?確かに私は異世界からの生まれ変わりよ。でもそれ以外には何の価値も持ってなんかいないわ」
 「お前がハズレくじなのは否定しないさ。だがお前は自分の価値を判っていないようだな」

 王太子は椅子を大きく揺らしてから前のめりになって私の顔を覗き込んだ。

 「役立たずの燕はお前一人ではなかった。むしろそういう燕の方が多かっただろう。だがそいつらも我々にとっては斬新な知識を持っていた。元の世界では当たり前の常識でもここでは驚くべき知恵だ。それだけでも燕には大きな価値がある。市井の事など何一つ知らないお前がトラス村で的確な復興支援の指示を出せたのがその証拠だ、そうだろう?」

 私は肯定も否定もせずに口を閉ざしていたが顔から血の気が引いていくのをはっきりと自覚していた。そして当然それに気が付いている王太子はにんまりとからかうような笑いを見せた。

 「お前は知らないのだろうな。自分がどんな輝きを放っているかなど」
 「輝き?」
 「あぁ」

 不躾に眺める王太子の視線は舐め回すようで私は思わず身体を竦めた。

 「覚醒した燕の魂は強く輝く。我々魔力を持つ王族というものは強く美しいものを求める定めを持っていてね。父王が何の取り柄もないエレナの母親に手をつけたのもそうだ。あれは魔女の末裔で生まれながらに持っていた強い魔力に目を奪われたのさ。まぁ単なる節操無しには違いないがね」

 王太子はせせら笑いながらゆっくりと椅子を前後に揺らし始めた。

 「とはいえ驚いたよ。燕の輝きがこれ程激しくこんなにも美しいとは。知識も能力もどうでも良い、光輝く燕を我がものにしてしまいたいという思いが日を追う毎に募り続けた」
 「だから……私をオードバルに連れていくの?私はファルシアの王太子妃よ。どんな事になるかなんて王太子のあなたが知らないはずはないでしょう?」
 「無論だ!」

 立ち上がった王太子が私に近より腰を下ろした。そして乱暴に顎を掴み上に向けながら私の目を覗き込んだ。
 
 「ファルシア王家はお行儀がよろしくていらっしゃる。これまで燕が手に入れられなかったのは妃として迎え入れようと拘ったせいだ。だが我がオードバルは少々野性的でね。欲しいものは手段を選ばす力ずくで手に入れるまでだ。このまま誰の目にも触れさせることなくお前をオードバルに連れて行き城の中に閉じ込めて、私だけの宝物にしてしまうのだ。そして生まれた子はオードバルの王子や王女として日の当たる場所で育てよう。そうすれば我がオードバル王族は燕の血を手に入れられるのだから」
 「燕の……血?」
 「そうさ、オードバル王家に燕の血が流れる。その血はいつか新しい燕を産み出すだろう。ファルシアとてお前を求めたのはその血脈の為だ。言っただろう?王族とは強く美しいものに惹き付けられ求めるとね。そしてその血を取り入れより強い王家の血を作り出そうとするものなのだよ」

 短い悲鳴を上げながら力一杯身体を捩って王太子の手を振り払った私はそのまま床に投げ出され、呆然としたまま視線をさ迷わせた。

 不意に肩に掛けられた手にビクリとして飛び退いたが王太子の手が私の手首を掴みゆっくりと引き寄せる。逃れようと暴れる私をからかうようにわざとらしくゆっくりと。

 「お前は実に煽るのが上手いな。そんな事をすれば私の心が愉しさで震え上がるというのに。燕としては大した旨味もないがこれほどの美しさだ。それだけでも十分な価値がある。そんなに自分を卑下せずとも良いだろうに」

 一気にくいっと引き寄せられ後ろから両腕を回された。脚をバタつかせてもびくともせず、それどころか易々と腕の力を増していく。

 「さぁ、その燕の血を私におくれ」

 耳元で囁かれたその瞬間、私の目の奥で激しく火花が散った。

 「リセ!!」


 ーーーー

 リード?

 ーーーー


 ドアを蹴破って部屋になだれ込んで来たのは騎士団を従えたリードだ。

 「フリードリヒ、妻を離せ!」

 怒りに我を忘れたように目を吊り上げたリードが、王太子に剣を突きつけている。


 ーーーー

 『でもリセは一人しかいない』
   
 リードの両手がわたしの肩を掴んだ。

  『僕はここにいるリセが、リセだけがいいんだ。リセに隣にいて欲しいんだ』

 ーーーー


 「おやおや、君にそんな事をする権限などないだろう?私はオードバルの王太子だ。私を慕って勝手についてきた奥方を保護していただけ、その私に剣を向けるとは」
 「ふざけるな!それが何だ!妻を守るためなら何だってする。恐れるものなんて何もない!」

 
 ーーーー

 『君はリセだ。王太子妃である前にリセなんだ。僕の……僕のただ一人の愛する人だ!』

 ーーーー


 「妻を離せ……妻から……リセから離れろ!!」

 殺気だったリードの声はぞっとするほど冷たい。王太子は私から腕を解き上に上げた。

 「こんなことをしてただで済むと思うなよ。私を誰だと思っている……」
 「さて、誰だったかな?」

 リードはニヤリと笑いながら王太子の首筋に剣を突き付けた。

 「新オードバル王室に王太子はいない。いるのは新国王のみだ」
 「ど……どういう事だ!」

 王太子……いや、フリードリヒが蒼白になった唇を震わせて叫んでいる。

 「待ちに待った知らせをやっと受け取った。第二王子レオンハルトが国王を伐ち新国王になった。エレナには第二王子殺害未遂容疑、お前には近隣国への侵略を企てたとして逮捕状が出ており、身柄拘束の要請に従いファルシアはお前達を拘束する!」
 

 
 
 
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