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プロイデンの燕

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 目を見開き愕然としたフリードリヒが激しく首を振っている。

 「そんな!あいつは死んだ筈だ!」
 「仮死の魔法で死んだ振りをしていた迄だ。反王室勢力に頼まれクーデターの準備が整うまでエレナに感付かれないようにファルシアに連れ帰っていた。そしてお前が婚儀の列席の為にオードバルを離れ手薄になった所を狙い急襲した。リセを護るために仕方がなく協力したが散々リセを苦しめた挙げ句連れ去るなんて……」

 フフッと笑いを漏らしたリードがいきなり脚を振り上げフリードリヒの側頭部を蹴り飛ばした。更に床に叩きつけられ呻いているフリードリヒの鳩尾に踵を振り下ろし、フリードリヒはグホッと苦悶の呻き声を上げて丸まっている。

 「リセから離れろと言った筈だ!」

 リードは悶えているフリードリヒの背中を脚の裏で蹴り乱暴に転がすと私の前に膝を着いた。

 「ごめん、ごめんリセ。遅くなってごめん。沢山傷付けてごめん。辛かったよな、怖かったよな……」

 リードが私の肩を抱こうと腕を伸ばし……


 ーーーー

あれは……全部嘘…………だって……だって私はプロイデンの燕だから……

 ーーーー

 
 「触らないで!!」

 つんざくように叫んで飛び退いた私はリードが下ろしていた剣を手に取り胸元に向けた。

 「貴方が……リードがわたしを選んだのは……わたしを愛していたからじゃない……プロイデンの燕の……燕の卵が欲しかっただけなのよ……」
 「何を言うんだ。僕はリセを愛している、選んだ理由はそれだけだ」
 「嘘つき……」

 じりじりと後ずさる私の頬を溢れる涙が伝い落ちていく。

 「何も……何も教えてなんかくれなかった……アルブレヒト様もジェローデル侯爵も知っていたはずなのに誰も…………胸を張って……リードの隣に立つために必死に足掻いたわたしに……誰もなんにも……」

 ふらりと立ち上がり私は剣を首筋に当てた。

 「嘘なんかつかずに言ってくれたら良かったのに……そうしたら……わたしは……」


 ーーーー

 丘の麓から駆け上がるように風が吹き上げて来る。丘を渡る風を受けて乱れたわたしの髪を耳にかけたリードは、微笑んだわたしを見て急に顔を逸して頬を赤らめた。

 わたしは逞しくなった腕に捕まりながら精一杯背伸びをしてリードの耳に口を寄せた。

 『わたしもよ……私もリードが……』

 ーーーー

 
 パチンパチンと火花が激しく飛び散っている。私は込み上げてくる嗚咽で息を荒げながらリードを見つめた。

 「プロイデンの燕の血脈が欲しいのならこの血を飲めば良い。全部、全部リードにあげる。だからもう……私は……」

 押し当てた剣を引こうとしたその時、伸ばされたリードの手が剣を掴み赤い血が飛び散った。私の血かリードの血か、私にはもうわからない。

 『おめでとう、いよいよ二人もパパとママね』

 義母にそう言われた時のように、私の心は動かなくなってしまったから。

 そしてこれが私達が手に入れた絶望という名の『永遠』なのだ。


 ∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗


 私は表情も感情も何もかもを失い生きている人形そのものになった。

 促されれば食事もするし風呂にも入る、されるがままに着替えをされてお化粧を施され夜になればベッドに横たわる。でも私の意志ですることは何一つなく黒く色を変えた瞳でただ前を見ているだけだ。

 「リセ……」

 手に包帯を巻いたリードが私の肩を抱いて声を震わせているが、私の視線がリードに向けられることはない。

 「心臓に刺さった鏡の欠片は溶けたんだ。リセが拐われたと知った僕が怒りに我を忘れた時に……胸に燃え上がった、君が灯してくれたあの炎で溶かしてしまったんだよ……」

 返事のない私の髪に口付け頬を撫で、リードは涙を流していた。

 「目の中の欠片もその時に流した涙で流れ落ちた。もう僕は悪魔の鏡から解き放たれたんだ。それなのに……」
 「もうどうにもならないなんて……」

 膝掛けを私の脚に掛けながらすがり付いたリリアが泣いている。私を調べたジェローデル侯爵とアルブレヒト様が肩を落として元に戻す方法はないと言った時、リリアは自分のせいだと泣き崩れた。それ以来リリアは泣いてばかりだ。そんなリリアを見ても私の心はピクリとも動かず黒い瞳で前を見ている。

 フリードリヒ達は魔法で転移した燕が光の道筋を残すことを知らなかった。だから呆気ないほど簡単に国境近くの峠の山小屋で監禁されていると突き止められたのに、大した見張りも付けずにのうのうと休んでいたのだ。

 リードの怒りは尋常ではなく、あまりの怒気にフリードリヒを一思いに殺してしまうのではないかと城に留まるように進言された程だった。結局誰一人として止められる者はおらず国王陛下の静止すらも振り切って出て行ったとアルブレヒト様が話してくれた。

 「あんなに怒り狂う殿下の姿は初めてだった。だから俺は殿下の愛は本物だと……今度こそリセが幸せになれると、そう思ったのに……」

 その時アルブレヒト様は、私の手を握って俯き唇を噛んでいた。

 「本当に婚儀は予定通りに行われるのですか?」

 リリアが涙を拭いながら尋ねるとリードは深く頷た。

 「もちろんだ。リセは僕の妻だ。僕らが待ちわびた本当の夫婦になれる日を僕は一日だって延ばすつもりはないよ」

 こうなってしまった私は大きな衝撃を与え、いっそ廃妃にするべきだという声が大きくなっている。兄さまも離縁して引き取らせて欲しいと願い出たが、リードは頑なに拒否した。もう私を自由にしてやってくれと懇願する兄さまと、どうしても私を離したくないのだというリードの口論は激しい怒鳴り合いになり、護衛騎士に止められる程だったが、私の黒い瞳は揺らぐことすら無かった。

 血を巡らせ息をして食事をし眠るだけの感情のない人形になってしまった私にリードは繰り返し愛を囁く。けれども私の瞳に元の光が戻ることは無いまま婚儀は明後日に迫っていた。

 「リセ、おやすみ。愛しているよ」

 リードはそう言って戻って行き、私はリリアに言われるままベッドに横になった。眠っているのかどうなのかもわからない。目を閉じることもなくただ暗闇の中で横たわっているだけなのかも知れない。

 静かな静かな夜だった。

 何もない闇の中に音もなくぽわんとオレンジ色の光が灯った。

 光は少しずつ膨れ上がり真ん中のぼんやりとした黒い影がどんどん形をはっきりとさせていく。それは大きな美しい揚羽蝶で、ゆらゆらと妖しく羽ばたいていた。

 

 
 
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