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王太子妃

フェディとノーラ

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 翌朝、城は大騒ぎになったらしい。

 ロンダール城から異世界に飛ばされた時のように私は忽然と居なくなっており、リリアなんて半狂乱だったと聞いて私は申し訳なさに土下座したくなった。

 王太子妃の間を虱潰しに探しても私は見つからず、そうこうする間に庭園の池に何かが落ちる音を聞いたという護衛騎士の話が持ち上がった。池の底を棒で突き始めた頃になっても王太子は起きてこない。王太子妃行方不明の報告をせねばとリードを起こしに来た侍従長は、ノックの返事を待つ間もなく叩き起こしてやるぞとドアを開けた。だけど目に入ったのはベッドの中でリードに抱き締められながら爆睡していた私で、どういう状況かは一目瞭然だったわけで……

 驚愕のあまり叫び声を上げながら腰を抜かした侍従長のお陰で、この状況が更に多くの人の知るところになってしまった。

 恥ずかしくて死にそうです。……私、泣いても良いですか?

 そして今、リードと私はとんでもない校則違反を犯しているのが見つかった生徒二人対生活指導と学年主任の先生みたいな構図で両陛下の前に立たされている。『なんて事をやらかしたんだい……』と呆れる国王陛下が学年主任でガミガミ怒ってる生活指導が王妃様ね。

 「本当にあなた達は!お式は明日なのよ。どうしてたった二日の辛抱ができないの!王太子妃が居なくなって皆真っ青になって探していたっていうのに」
 「どこに問題がありますか?リセは四年も前から僕の奥さんなのに。僕には何が悪いのかさっぱりですよ。夫婦仲が睦まじいのは喜ばしい事なんでしょう?」

 飄々と口答えするリードはここに来てからずっとこれみよがしに私の腰に腕を回していて私は物凄くいたたまれない。それとなく抓ったり足を踏んだりして抵抗しているのだけどリードはどこ吹く風なのだ。

 「だけどお式はお式です。お式があってこそ本当の夫婦になるんですからね。それなのに、たった二日がこらえられないなんて本当にもう……明日の夜には解禁で思う存分堂々といくらやったって褒められるばかりなのに」

 『……だってさ、僕の奥さん』とやたら色っぽい声でリードに囁かれ私は首筋まで真っ赤になっていると思う。こいつめ、小僧の頃でさえ色っぽいと思ったが離れている間にどんだけ破壊力を増しやがったのだ!それに王妃様、それ言う?息子に向かって言う?

 「聞いてるの?ジークフリード!」
 「すみません母上。僕の奥さんが可愛すぎて耳に入りませんね」
 「「…………!!」」

 言葉を失ったのは王妃様だけじゃなかった。

 「まぁ良いじゃないか。そんなに目くじらを立てずとも」「立てて悪いのっ?!」

 間髪入れずに言い返した王妃様は怒髪天を衝くお怒りっぷりで陛下を睨んでいらっしゃる。

 「お式が女にとってどれ程思い入れのあるものなのか、アンタ達男にはわからないでしょうけれどね!四年前から夫婦でもアンネリーゼにとっては明日のお式が漸く花嫁さんになれる大切な日だったのよっ!準備だって一生懸命してきたのに、それなのに……花嫁さんの純潔を何だと思ってるのよ……」

 さめざめと泣き出した王妃様を私は非常に不味いことになったなぁと途方に暮れながら見つめていた。

 だって状況的に言ったら夜這いを掛けたのは私。どうかその辺り永遠に気付かれませんようにって私は一心に祈っていた。だけど陛下は多分わかっているんだろう。口では王妃様を慰めながら目が泳いでいる。

 暫く泣いて気が済んだのか、王妃様の怒りは次の項目に移るらしい。

 「おまけに二言目には『僕の奥さん』って。少しは恥じらったらどうなの?」
 「僕の奥さんって呼ぶのを四年も我慢したんですよ。何なら一言目から呼びたいくらいです」
 
 そうなのだ。あれ以来リードは私を『僕の奥さん』と連呼している。『僕の奥さん』には両親や兄さまやアルブレヒト様も呼ぶ『リセ』じゃない自分だけにしか許されないっていう特別感があって、帰国したら絶対にそう呼ぼうって決めていたんだって。

 という話を打ち明けられた時のリードの逞しい両腕に抱き締められたシチュエーションがブワッと頭に浮かび、それでなくても赤くなって顔から火を吹きそうなのに『ね、僕の奥さん?』なんて囁くリードを、私は涙目で睨んだ。
 
 「でもねレオノーラ」

 陛下が王妃様をあやすように肩をポンポンと叩いている。

 「結構な事じゃないか。二人が仲睦まじければ孫を抱ける日も近かろ」「フェディ!!」

 王妃様の叫びが陛下の言葉を遮り陛下は叱られたわんこみたいに身体を小さくした。『フェディ』とは何ぞや?と頭に沢山のはてなマークを浮かべた私が『フェルディナンド』という名の陛下を呼んだんだって気付いた時にはもう、王妃様は特大の台風みたいに荒れ狂っていた。

 「フェディだけはそんな事を言わないって信じていたのに……」
 「そ、そうだねノーラ。ご、ごめんよ、ついつい……無神経だったよね、本当にごめん」
 「やっぱり悲しかったのは私だけだったのよ。フェディは何ともなかったんだわ!」
 「そんなことはない。僕だって胸を引き裂かれるように悲しかったさ。それに愛するノーラがあんなに涙にくれていたんだ。世界中を敵に回しても僕はノーラを守ってみせる、そう誓ったんだよ」
 「それならどうしてアンネリーゼに孫の催促なんてできるの?フェディだってアイツらと同じじゃない。私を世継ぎを産む道具みたいに言ったアイツらと」

 王妃様は声を上げてえーんと泣き陛下はオロオロしながら『ごめんごめん』と言って王妃様を抱き締めている。で、私は今一体何を見せられているのだろうかと首を傾げると、リードが溜息混じりにポソポソと話しだした。

 「僕には姉がいたんだ」
 「えっ?」

 ビックリして見上げた私にリードは深く頷いた。

 
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