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第二章
17.意地っ張りな私の再来
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夏が終わり、吹く風もどこか冷たくなり始めた頃。
半袖では寒いし、かと言ってニットを着るには早くて、私は毎日大学に着ていく私服に悩んでいる。平原さんとのデートに着ていくための可愛い服も無いから、そろそろ新しい秋物の服が欲しいな、なんて考えているうちに、講義終了のベルが鳴った。
二限目の講義が終わり、私は同じ講義を取っている莉子と一緒に中庭へ出た。
空いていたベンチに座って、私はお母さんが作ってくれたお弁当、莉子はコンビニで買ってきたサンドウィッチを取り出す。莉子も入学して最初のうちはお弁当を作ってきていたけれど、最近ではもっぱらコンビニか学食のお世話になっている。一人暮らしだから、自分の分だけお弁当を作るのは億劫らしい。
「ねえハチ、考えてくれた? 明日の合コン!」
「だから、行かないって言ったでしょ? 平原さんが駄目って言うんだから」
「あー出た出た、彼氏持ちの自慢! 別にハチにも新しい男探せって言ってるわけじゃないじゃん、ちょっと協力してほしいだけなんだってばぁ」
「もう、どうして今回はそんな粘るの? ただの合コンじゃないの?」
ここ最近、莉子と顔を合わせるたびに明日行われるという合コンに誘われている。
莉子があんまりしつこく食い下がってくるものだから、一応平原さんに「友達がどうしても合コンに来てって言うんですけど行ってもいいですか?」と聞いてみたら、速攻で「駄目」と返事が返ってきた。莉子には申し訳ないが、それだけで私はしばらくの間舞い上がってしまっていた。
そして莉子に改めて断ったのだが、今回の合コンは莉子にとってかなり重要なものらしい。
「だって、あたしがずっと憧れてた先輩が来るんだよ! いつも部室棟ですれ違ってて、かっこいいなぁって思ってたんだけど声かけられなくて! 今回はその先輩主催で合コン開くって聞いて、友達に無理言って参加させてもらうことになったの!」
「はあ……でも、それでなんで私まで?」
「だから、今参加できるメンバーだと女の子の方が一人少ないんだって! それじゃあもし男が余ったら可哀想だとか言って、もう一人集まらないと合コン自体なくなっちゃうのよー! だからマジで、あたしを助けると思って! ね!?」
こんなにも必死な莉子は初めて見たかもしれない。
確かに、一緒に部室棟を歩いているときに莉子が「今の人かっこよくない!?」「またあの人に会っちゃった!」なんて騒いでいるのを聞いたことがある。莉子はよく合コンに行くけれど、やっぱりその先輩以上にかっこいい人はいなかった、と言って結局彼氏を捕まえられずに帰ってくるのだ。
「助けてあげたいのは山々なんだけど……明日は授業終わってから平原さんとご飯食べに行く約束しちゃったから」
「この薄情者ぉー!! なんだ、平原さんに会えたのはあたしのナイスプレーあってのことだって言うのに!! 自分だけイケメン彼氏捕まえたからっていい気になるなよ!!」
「ご、ごめんって……」
「あー、ほらぁ! イケメンって言ったのに否定しないー! お惚気頂きましたぁー!!」
やかましいことだが、確かに莉子のおかげで平原さんの情報が掴めたことには間違いないし、平原さんがイケメンだということも間違っていないのでどちらも否定できないのだ。
私だって出来ることなら莉子の恋を応援したいが、合コンには彼氏がいないという体で参加してほしい、との条件もあったから簡単に頷くことはできなかった。
私にその気が無くても、平原さんという恋人がいるのに嘘をつくのは申し訳ないし、もし逆の立場だったら絶対に平原さんにはそんな合コンに行ってほしくない。現に、前もそう言って平原さんを合コンに行かせなかったことだってあるのだ。莉子のためとは言え、私だけそういった集まりに参加するのは憚られる。
「協力したいけど、こればっかりは他の人当たって。私も探すからさ」
「ほんとに!? タイムリミットは明日の昼までだから、マジで頼むよハチぃ」
「分かった分かった」
本当に困った様子の莉子を見ていると、心苦しくなってしまう。
せめて代わりの人を見つけようと、その日は私も知り合いに声をかけてみることにしたのだった。
次の日は、一限目から授業があった。
金曜日の今日は、一限から始まってびっしり五限目まで講義が詰まっている。変に時間を空けてしまうと集中力が途切れてしまうので、私はできるだけ続けて講義を取るようにしているのだ。
同じ学科だから、莉子ともほとんどの授業が一緒だ。二限目を終えて、昨日と同じように莉子と二人でお弁当を片手に中庭に向かった。
「ねえハチ……一応聞くけど、誰か見つかった……?」
「ご、ごめん……みんな、今日は予定があるみたいで……」
「……そうだよね。金曜日だもんねえ、みんな彼氏とイチャイチャしますよねえ」
あれから、私も一生懸命合コンに出られそうな人を当たってみたのだが、急な誘いだということもあって結局参加できる人は見つからなかった。そもそも、私と莉子は学科も部活も同じだから、声をかけられる友達は限られているのだ。今日のお昼がタイムリミットだと言っていたし、莉子ももうほぼ諦めているらしい。
「……ん? ハチ、スマホ鳴ってるよ」
「え? あ、ほんとだ」
莉子に言われてスマートフォンを見ると、平原さんからの着信だった。
ちょっとごめん、と莉子に断って慌てて電話に出る。
どうしたんだろう。平日の昼間はほとんど電話なんてしないのに。
「もしもし?」
『あ、倫。ごめんね、今大丈夫? 授業中じゃない?』
「はい、今はお昼の時間なので大丈夫です」
『よかった。あのさ、悪いんだけど……今日のデート延期してもいい? 屋代さんが、どうしても今日飲みに行くって言ってきかなくて』
「え……っ」
平原さんの言葉に、思わず悲痛な声が漏れる。
前回のデートは先々週だったし、予定があって半日しか一緒にいられなかったのだ。だから今日は夜ご飯を一緒に食べて、そして平原さんの家に泊まる予定だった。久しぶりに彼とゆっくり過ごせると思って、ずっと楽しみにしていたのに。
『倫? 嫌だったら無理しなくていいんだよ。屋代さんとは、また今度飲みに行くことにするから』
「あ……」
平原さんが困ったように、小さい子に言い聞かせるようにそう言った。
私はなぜかそれが妙に悔しくて、嫌だという言葉を無理矢理飲み込んでしまう。
「……いいですよ。私も飲み会に誘われてたので、今日はそっちに行きます」
『え……本当に? でも、倫』
「明日、平原さんお休みなんですよね? 私も休みなので、お昼くらいから会えませんか?」
『それは大丈夫だけど……本当にいいの?』
「はい、構いません。屋代さんによろしく伝えてください」
『……分かった。でも倫、あんまりお酒飲んじゃ駄目だよ? それと、また後でいいからどこで飲んでるか教えて』
心配そうに聞いてくれる平原さんに、私はそっけなく分かりました、とだけ言って電話を切った。そして勢いで電話を切ってから、少し罪悪感に駆られる。
やってしまった。久しぶりに、意地っ張りの私が出てきてしまった。
本当は、行かないでほしいと言いたかった。今日は久しぶりに二人の時間がたくさんとれると思っていたのに、平原さんがあんなことを言うからつい意地を張ってしまったのだ。
「ハチ、どうした?」
「あ……平原さん、今日都合悪くなったって。だから行くよ、合コン」
「え!? い、いいの? あたしは有り難いけど、大丈夫?」
「……うん。いいよ、平原さんはどうせ私より屋代さんの方をとったんだから」
こんな卑屈なことは言いたくないのに、一度思ってしまうと駄目だった。
屋代さんには平原さんも私もお世話になっているし、平原さんが帰って来てからずっと飲みに行こうと誘われていると言っていた。そんな屋代さんと、ようやく飲みに行けることになったのだろう。
笑顔で頷ければよかったのに、私は平原さんに会えなくなったことがショックで、ついあんなことを言ってしまった。こんな自己嫌悪に陥るのは久々だ。
「ハチが良ければ、本当に連絡するよ? いいの?」
「うん、いい。合コンって一回くらい行ってみたかったし、別に無理に男の子と話さなくたっていいでしょう?」
「うん、それはそうだけど……まあ、あたしもいるから安心して! もしハチを狙う男がいたら、さりげなく追い払ってあげるから!」
莉子のその言葉に少し安心して、平原さんへの罪悪感も軽くなる。
だって、これは莉子を助けるためなのだ。別に新しい出会いが欲しくて行くわけじゃないし、そもそも私が男の子に好かれるはずがない。私を好きになってくれるのは、平原さんみたいな変わり種くらいである。
これも社会勉強だと思うことにして、早速連絡をしている莉子を横目で見ながらお弁当を食べ始めた。
半袖では寒いし、かと言ってニットを着るには早くて、私は毎日大学に着ていく私服に悩んでいる。平原さんとのデートに着ていくための可愛い服も無いから、そろそろ新しい秋物の服が欲しいな、なんて考えているうちに、講義終了のベルが鳴った。
二限目の講義が終わり、私は同じ講義を取っている莉子と一緒に中庭へ出た。
空いていたベンチに座って、私はお母さんが作ってくれたお弁当、莉子はコンビニで買ってきたサンドウィッチを取り出す。莉子も入学して最初のうちはお弁当を作ってきていたけれど、最近ではもっぱらコンビニか学食のお世話になっている。一人暮らしだから、自分の分だけお弁当を作るのは億劫らしい。
「ねえハチ、考えてくれた? 明日の合コン!」
「だから、行かないって言ったでしょ? 平原さんが駄目って言うんだから」
「あー出た出た、彼氏持ちの自慢! 別にハチにも新しい男探せって言ってるわけじゃないじゃん、ちょっと協力してほしいだけなんだってばぁ」
「もう、どうして今回はそんな粘るの? ただの合コンじゃないの?」
ここ最近、莉子と顔を合わせるたびに明日行われるという合コンに誘われている。
莉子があんまりしつこく食い下がってくるものだから、一応平原さんに「友達がどうしても合コンに来てって言うんですけど行ってもいいですか?」と聞いてみたら、速攻で「駄目」と返事が返ってきた。莉子には申し訳ないが、それだけで私はしばらくの間舞い上がってしまっていた。
そして莉子に改めて断ったのだが、今回の合コンは莉子にとってかなり重要なものらしい。
「だって、あたしがずっと憧れてた先輩が来るんだよ! いつも部室棟ですれ違ってて、かっこいいなぁって思ってたんだけど声かけられなくて! 今回はその先輩主催で合コン開くって聞いて、友達に無理言って参加させてもらうことになったの!」
「はあ……でも、それでなんで私まで?」
「だから、今参加できるメンバーだと女の子の方が一人少ないんだって! それじゃあもし男が余ったら可哀想だとか言って、もう一人集まらないと合コン自体なくなっちゃうのよー! だからマジで、あたしを助けると思って! ね!?」
こんなにも必死な莉子は初めて見たかもしれない。
確かに、一緒に部室棟を歩いているときに莉子が「今の人かっこよくない!?」「またあの人に会っちゃった!」なんて騒いでいるのを聞いたことがある。莉子はよく合コンに行くけれど、やっぱりその先輩以上にかっこいい人はいなかった、と言って結局彼氏を捕まえられずに帰ってくるのだ。
「助けてあげたいのは山々なんだけど……明日は授業終わってから平原さんとご飯食べに行く約束しちゃったから」
「この薄情者ぉー!! なんだ、平原さんに会えたのはあたしのナイスプレーあってのことだって言うのに!! 自分だけイケメン彼氏捕まえたからっていい気になるなよ!!」
「ご、ごめんって……」
「あー、ほらぁ! イケメンって言ったのに否定しないー! お惚気頂きましたぁー!!」
やかましいことだが、確かに莉子のおかげで平原さんの情報が掴めたことには間違いないし、平原さんがイケメンだということも間違っていないのでどちらも否定できないのだ。
私だって出来ることなら莉子の恋を応援したいが、合コンには彼氏がいないという体で参加してほしい、との条件もあったから簡単に頷くことはできなかった。
私にその気が無くても、平原さんという恋人がいるのに嘘をつくのは申し訳ないし、もし逆の立場だったら絶対に平原さんにはそんな合コンに行ってほしくない。現に、前もそう言って平原さんを合コンに行かせなかったことだってあるのだ。莉子のためとは言え、私だけそういった集まりに参加するのは憚られる。
「協力したいけど、こればっかりは他の人当たって。私も探すからさ」
「ほんとに!? タイムリミットは明日の昼までだから、マジで頼むよハチぃ」
「分かった分かった」
本当に困った様子の莉子を見ていると、心苦しくなってしまう。
せめて代わりの人を見つけようと、その日は私も知り合いに声をかけてみることにしたのだった。
次の日は、一限目から授業があった。
金曜日の今日は、一限から始まってびっしり五限目まで講義が詰まっている。変に時間を空けてしまうと集中力が途切れてしまうので、私はできるだけ続けて講義を取るようにしているのだ。
同じ学科だから、莉子ともほとんどの授業が一緒だ。二限目を終えて、昨日と同じように莉子と二人でお弁当を片手に中庭に向かった。
「ねえハチ……一応聞くけど、誰か見つかった……?」
「ご、ごめん……みんな、今日は予定があるみたいで……」
「……そうだよね。金曜日だもんねえ、みんな彼氏とイチャイチャしますよねえ」
あれから、私も一生懸命合コンに出られそうな人を当たってみたのだが、急な誘いだということもあって結局参加できる人は見つからなかった。そもそも、私と莉子は学科も部活も同じだから、声をかけられる友達は限られているのだ。今日のお昼がタイムリミットだと言っていたし、莉子ももうほぼ諦めているらしい。
「……ん? ハチ、スマホ鳴ってるよ」
「え? あ、ほんとだ」
莉子に言われてスマートフォンを見ると、平原さんからの着信だった。
ちょっとごめん、と莉子に断って慌てて電話に出る。
どうしたんだろう。平日の昼間はほとんど電話なんてしないのに。
「もしもし?」
『あ、倫。ごめんね、今大丈夫? 授業中じゃない?』
「はい、今はお昼の時間なので大丈夫です」
『よかった。あのさ、悪いんだけど……今日のデート延期してもいい? 屋代さんが、どうしても今日飲みに行くって言ってきかなくて』
「え……っ」
平原さんの言葉に、思わず悲痛な声が漏れる。
前回のデートは先々週だったし、予定があって半日しか一緒にいられなかったのだ。だから今日は夜ご飯を一緒に食べて、そして平原さんの家に泊まる予定だった。久しぶりに彼とゆっくり過ごせると思って、ずっと楽しみにしていたのに。
『倫? 嫌だったら無理しなくていいんだよ。屋代さんとは、また今度飲みに行くことにするから』
「あ……」
平原さんが困ったように、小さい子に言い聞かせるようにそう言った。
私はなぜかそれが妙に悔しくて、嫌だという言葉を無理矢理飲み込んでしまう。
「……いいですよ。私も飲み会に誘われてたので、今日はそっちに行きます」
『え……本当に? でも、倫』
「明日、平原さんお休みなんですよね? 私も休みなので、お昼くらいから会えませんか?」
『それは大丈夫だけど……本当にいいの?』
「はい、構いません。屋代さんによろしく伝えてください」
『……分かった。でも倫、あんまりお酒飲んじゃ駄目だよ? それと、また後でいいからどこで飲んでるか教えて』
心配そうに聞いてくれる平原さんに、私はそっけなく分かりました、とだけ言って電話を切った。そして勢いで電話を切ってから、少し罪悪感に駆られる。
やってしまった。久しぶりに、意地っ張りの私が出てきてしまった。
本当は、行かないでほしいと言いたかった。今日は久しぶりに二人の時間がたくさんとれると思っていたのに、平原さんがあんなことを言うからつい意地を張ってしまったのだ。
「ハチ、どうした?」
「あ……平原さん、今日都合悪くなったって。だから行くよ、合コン」
「え!? い、いいの? あたしは有り難いけど、大丈夫?」
「……うん。いいよ、平原さんはどうせ私より屋代さんの方をとったんだから」
こんな卑屈なことは言いたくないのに、一度思ってしまうと駄目だった。
屋代さんには平原さんも私もお世話になっているし、平原さんが帰って来てからずっと飲みに行こうと誘われていると言っていた。そんな屋代さんと、ようやく飲みに行けることになったのだろう。
笑顔で頷ければよかったのに、私は平原さんに会えなくなったことがショックで、ついあんなことを言ってしまった。こんな自己嫌悪に陥るのは久々だ。
「ハチが良ければ、本当に連絡するよ? いいの?」
「うん、いい。合コンって一回くらい行ってみたかったし、別に無理に男の子と話さなくたっていいでしょう?」
「うん、それはそうだけど……まあ、あたしもいるから安心して! もしハチを狙う男がいたら、さりげなく追い払ってあげるから!」
莉子のその言葉に少し安心して、平原さんへの罪悪感も軽くなる。
だって、これは莉子を助けるためなのだ。別に新しい出会いが欲しくて行くわけじゃないし、そもそも私が男の子に好かれるはずがない。私を好きになってくれるのは、平原さんみたいな変わり種くらいである。
これも社会勉強だと思うことにして、早速連絡をしている莉子を横目で見ながらお弁当を食べ始めた。
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