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〜8. それぞれの思惑〜
白い結婚
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「思った以上に、貴女は賢いな…」
そう呟きながら、殿下が小さく溜息を付く。
「まぁ、貴女に協力を仰いだ時点で、この結婚の目的がクレディア商会であることは、気が付くだろうと思っていたが…」
「……」
「名を偽ったクレディア公爵の手紙には、なぜ気付いた?」
「筆跡が、父上のものでしたから…」
「そうか…」
その言葉に、やはり父上と繋がっていたのだと、改めて理解する。
「父上に会って何の話を…?」
「大したことではない。クレディア公爵には、以前から、知恵を貸してもらっていただけだ」
「─…っ! そんなわけが…っ!」
知恵を貸していただけだなんて、そんなはずがない。法外な補償目当てでアーサー皇子の婚約破棄を仕組み、自由になった私をレリック公国へ嫁がせ、さらに儲けようとしている。
これでは娘である私も、ただの金儲けの道具。公爵家としてのプライドの欠片もないやり方に、腹の底で怒りが沸く。
「クレディア公爵は、レリック公国の戦略に親身に力を貸してくれている」
「そ…っ、それは、父上にとって、大きな利益になる話だからでしょう…?」
「貴女はもう僕の妻だ。レリック公国にとっても、それが利益になることはわかるだろう?」
冷静な瞳で、殿下がそう答える。殿下もこの国の王子。レリック公国のためならば、この人も手段は選ばないということか…
◇
最初からこの婚姻には、したたかな思惑しかなかったのは、もはや明らかだった。ただ、もう一つ、疑問がある。
「なぜ、白い結婚にしなかったのですか?」
「……」
「嫁ぐ前に、父上からはそう聞いていました」
表情を変えずに、殿下が私を見つめる。
「白い結婚のままなら、用が済めば、離縁もできたでしょう…?」
セントレア帝国への輸出という目的を果たし、情勢が安定したら、私とは離縁する選択肢もあったはずだ。白い結婚を保っていれば、それが可能だった。
「妻として迎えたのだ。そういう訳にはいかない…」
「それは、夫としての義務感ですか…?」
私の言葉に、殿下の眉が微かに動く。義務感でないのなら、欲を吐き出す先が欲しかったのか。それとも、叶わぬ相手──リディア様の代わりにしていたのか。
理由はどうであれ、気付いた時には、すでに殿下に恋をしていた。身体を重ねるたびに、想いは募っていった。
「なぜ、私を抱いたのですか…?」
「……」
「殿下の優しさも、抱かれる温もりも、知らなければ、私は…っ」
そう声を上げた瞬間、瞳から涙が溢れていた。
「あ…」
「ロザリア…? 何を、泣いて…」
「な、泣いてなど…、いません…!」
頬を伝う涙を慌てて拭う。ここで泣くなんて、殿下に特別な想いを抱いていると言うようなもの。毅然としなくては駄目。そう思うのに、なぜか涙が止まらなかった。
「…貴女を義務感で抱いたことなどない」
涙を止めようとする私の頬に殿下の手が触れる。
「抱くたびに、貴女が愛しくて堪らないと、思っていた」
「い、今更、そんな嘘を…!」
「嘘ではないんだ」
殿下の大きな手が私を撫でる。優しい眼差しが私を見つめている。
「貴女に話していないことが、沢山ある」
「話して…いないこと…?」
「あぁ。全てを話すには、朝までかかるかもしれないが、聞いてくれるか?」
そう微笑む殿下に、私は小さく頷いた。
そう呟きながら、殿下が小さく溜息を付く。
「まぁ、貴女に協力を仰いだ時点で、この結婚の目的がクレディア商会であることは、気が付くだろうと思っていたが…」
「……」
「名を偽ったクレディア公爵の手紙には、なぜ気付いた?」
「筆跡が、父上のものでしたから…」
「そうか…」
その言葉に、やはり父上と繋がっていたのだと、改めて理解する。
「父上に会って何の話を…?」
「大したことではない。クレディア公爵には、以前から、知恵を貸してもらっていただけだ」
「─…っ! そんなわけが…っ!」
知恵を貸していただけだなんて、そんなはずがない。法外な補償目当てでアーサー皇子の婚約破棄を仕組み、自由になった私をレリック公国へ嫁がせ、さらに儲けようとしている。
これでは娘である私も、ただの金儲けの道具。公爵家としてのプライドの欠片もないやり方に、腹の底で怒りが沸く。
「クレディア公爵は、レリック公国の戦略に親身に力を貸してくれている」
「そ…っ、それは、父上にとって、大きな利益になる話だからでしょう…?」
「貴女はもう僕の妻だ。レリック公国にとっても、それが利益になることはわかるだろう?」
冷静な瞳で、殿下がそう答える。殿下もこの国の王子。レリック公国のためならば、この人も手段は選ばないということか…
◇
最初からこの婚姻には、したたかな思惑しかなかったのは、もはや明らかだった。ただ、もう一つ、疑問がある。
「なぜ、白い結婚にしなかったのですか?」
「……」
「嫁ぐ前に、父上からはそう聞いていました」
表情を変えずに、殿下が私を見つめる。
「白い結婚のままなら、用が済めば、離縁もできたでしょう…?」
セントレア帝国への輸出という目的を果たし、情勢が安定したら、私とは離縁する選択肢もあったはずだ。白い結婚を保っていれば、それが可能だった。
「妻として迎えたのだ。そういう訳にはいかない…」
「それは、夫としての義務感ですか…?」
私の言葉に、殿下の眉が微かに動く。義務感でないのなら、欲を吐き出す先が欲しかったのか。それとも、叶わぬ相手──リディア様の代わりにしていたのか。
理由はどうであれ、気付いた時には、すでに殿下に恋をしていた。身体を重ねるたびに、想いは募っていった。
「なぜ、私を抱いたのですか…?」
「……」
「殿下の優しさも、抱かれる温もりも、知らなければ、私は…っ」
そう声を上げた瞬間、瞳から涙が溢れていた。
「あ…」
「ロザリア…? 何を、泣いて…」
「な、泣いてなど…、いません…!」
頬を伝う涙を慌てて拭う。ここで泣くなんて、殿下に特別な想いを抱いていると言うようなもの。毅然としなくては駄目。そう思うのに、なぜか涙が止まらなかった。
「…貴女を義務感で抱いたことなどない」
涙を止めようとする私の頬に殿下の手が触れる。
「抱くたびに、貴女が愛しくて堪らないと、思っていた」
「い、今更、そんな嘘を…!」
「嘘ではないんだ」
殿下の大きな手が私を撫でる。優しい眼差しが私を見つめている。
「貴女に話していないことが、沢山ある」
「話して…いないこと…?」
「あぁ。全てを話すには、朝までかかるかもしれないが、聞いてくれるか?」
そう微笑む殿下に、私は小さく頷いた。
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