転生しました、脳筋聖女です

香月航

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2巻

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   STAGE7 脳筋聖女と謎の少年導師


「……あ、アンジェラ。起きた?」

 カタカタと規則正しく聞こえてくる車輪の音に目を開けば、そこに広がるのはまばゆいばかりに輝く世界――いや、世界は大げさか。しんのビロード張りの部屋の中、輝いているのはそこにいる人間だ。金と銀とすぐ隣に黒のイケメン天国。なんだろう、この目覚めに優しくない光景は。

(こんなの、まるで乙女ゲームみたい…………ああ、そうか)

 そこまで考えて、ようやく意識がハッキリしてくる。そうだ、ここはまさしく乙女ゲームの世界だ。――そういう世界に転生したのだったわ。

「ごめん、今起きたわ」
「うん、おはよう。アンジェラ」

 起こしてくれた黒のイケメンに声をかければ、彼の整った顔がふにゃりと笑みに変わった。


 私の名前はアンジェラ・ローズヴェルト。いろの髪にサファイアのような青い目を持つそれなりの美少女なのだけど……実は前世、日本人で乙女ゲーマーだった記憶がある〝転生者〟だ。
 それも、今生きているこの世界の元となった『アクション系乙女ゲーム』を遊び尽くした廃人級のプレイヤーであり、情報チート持ちでもある。
 戦闘要素が売りというこの異色のゲームの目的は、『魔物』と呼ばれる異形の化け物の大量発生によって危機を迎えた世界を、『攻略対象イケメン』たちと共に救うことだ。
 それはゲームが現実になった今も同様で、私はこのウィッシュボーン王国の王子様が新設した魔物討伐部隊に招集されて、戦いの日々を送っている。……本来ならば皆を回復魔法でサポートするはずの〝後方支援型の主人公〟に転生したにもかかわらず、強化魔法を自分に使って最前線で戦いながら、ね!
 相棒は鋼鉄製のメイス、座右ざゆうめいは『困ったらとりあえず殴れ』だ。おかげで、ゲームの時とは少し展開が違うものの、今日まではおおむね順調に救世活動が進んでいる……はずだ。多分。

(どこかと思ったら、ここは馬車の中だったのね)

 中身こそ別人になってしまったものの、ゲームのシナリオ通りに部隊に加わった私は、攻略対象たちと共に王都の外れへ魔物討伐に出向いていた。この馬車は、部隊長である王子様が移動用に手配してくれたものだ。
 ただ、戦いたい私は馬車には乗らず、護衛として馬で随行していたはずなんだけど。

「アンジェラ、ぼんやりしてるけど大丈夫? どこか痛い?」

 状況を確認していれば、すぐ隣にいる黒のイケメンが私の顔を心配そうに覗き込んできた。
 黒髪に黒目、この国では珍しい褐色かっしょくの肌を持つ彼の名前はジュード。私の十年来の幼馴染おさななじみにして、ゲームでは攻略対象だった男だ。
 剣士の彼も、行きは馬車ではなく馬で来ていた。というか、私は彼の馬に相乗りさせてもらっていたのだけど、何故二人とも馬車に乗っているのかしら。

「いや、どうして私たちが馬車に乗ってるのかな、と思って」
「ああ、覚えていないんだね」
「お前は戦いの後に、その黒いのの腕の中で眠ったんだ」

 私の疑問に答えてくれたのは、向かい側に座っている金と銀のイケメンたちだった。
 金髪金眼の柔らかい印象の男性が、この部隊の隊長にして私たちの住むウィッシュボーン王国の第三王子でもあるエルドレッド殿下。銀髪銀眼の恐ろしく美しい人が、『月の賢者』と呼ばれるエルフの魔術師ノアだ。二人ともゲームの時は攻略対象であり、今は討伐部隊の仲間である。

(私が眠ってしまったって何かしら? そんな記憶はないけど)

 ――ここで目覚める前の記憶を辿たどってみる。今日の討伐は、部隊のメンバーの実力を確かめるための『お試し出撃』だった。だから、ちょっと戦ってすぐ戻るはずだったのだけど。

(そこで、強敵とされる蜘蛛くもの魔物【ヤツカハギ】の群れが出て……さらにその後、ボス魔物の【アラクネ】に遭遇したんだったわ!)

 まさか王都近くでボスに遭遇するとは思わず、大変な苦戦をいられることになった。
 幸い、ゲームの時よりも強くなっていた仲間たちと協力して、魔物を倒すことはできたのだけど。でも、それで何故、私は眠ってしまったのだろう。

「……眠った覚えがないのなら、単に疲労と魔力の使いすぎによる〝寝落ち〟だぞ」
「あ、なるほど」

 呆れたようなノアの補足で、ようやく現状が理解できた。なるほど、眠った覚えがないと思えば、単に疲れて寝落ちしただけだったのか。元々私は自分に強化魔法を使い続けているし、いきなりのボス戦だったものね。仲間がいてくれてよかったわ。

「寝落ちか……気をつけないと。運んでくれてありがとね、ジュード」
「僕は魔法も魔術もサッパリだからね。無駄に育った体が、君の役に立ってよかったよ」

 今もなお体を支えてくれている幼馴染おさななじみに礼を言えば、彼はまた嬉しそうに微笑んでくれる。顔立ちは鋭い系のイケメンなのだけど、私に向ける笑みはいつだってとても優しい。
 思わずほんわかとなごんでいれば、ふと御者席ぎょしゃせきに繋がる窓からノックの音が聞こえてきた。

「中の方々、そろそろ着きますよ。降りる準備して下さーい」

 聞き慣れた声は、やはりゲームでは攻略対象だった男性のものだ。やがて、彼の言葉を証明するようにガヤガヤと周囲がにぎやかになってくる。

「降りようか。アンジェラは立てる?」
「しっかり寝かせてもらったみたいだし、大丈夫よ」

 外の人たちの言葉が聞き取れるぐらいになった頃、雄々おおしい馬のいななきと共に馬車はゆっくりと停止した。次いで、丁寧な動きで扉が開かれていく。

「お帰りなさいませ、エルドレッドでん……ぎゃあああッ!? 殿下が!! 皆様が!!」
「……うん?」

 うやうやしく扉を開けてくれたのは、ジュードが借りている藍色あいいろの騎士服と同じ格好をした人々だったのだけど。彼らは私たちの姿を見た途端に、野太い悲鳴を上げて後ずさった。
 そのまま、「たんを」とか「医者を」とか慌ただしく叫んでいる。一体何事かと、四人で顔を見合わせてみれば……原因はすぐにわかった。

「私たちの服、結構すごい汚れ方してるわね」
「特にノアは、元が白い服だから血が目立つねえ。あはははは」
「お前も大概だぞ、エルドレッド。お高そうな服が台無しだからな」

 そう、予期せぬボス魔物【アラクネ】との戦闘の結果、私たちは決して浅くはない怪我を負わされてしまったのだ。
 怪我自体は私の回復魔法で全部治したけど、服に染み込んでしまった血はもちろんそのままだし、砂やら泥やらでめちゃくちゃに汚れている。騎士たちが驚くのも当然だわ。

「しかも今日は、かるーく実力確かめに行ってきますってていで出かけたものね」
「それが帰ってきたらこのざまでは……殿下、僕たちの部隊が解散させられる可能性もあるのでは」
「さすがにそれはないだろうし、私たちでなければあの蜘蛛くもの魔物は倒せなかっただろう。被害を最小限に抑えられたのだから、むしろ賞賛されると思うよ。……ただ、今は彼らを落ち着かせて、話をしてこないと面倒かもねえ」

 美しい顔に苦笑を浮かべた王子様は、一人でささっと馬車を降りると、慌てている騎士たちをどこかへ連れていってしまった。彼を補佐するように、ノアも汚れた外套がいとうひるがえして去っていく。
 馬車に残された私とジュードは、ぽかんとしながら彼らを見送るばかりだ。

「……とりあえず、僕たちも馬車を降りようか。ここにいても仕方ないし、アンジェラはお風呂に入りたいんだよね? あと、ご飯も」
「え、なんで知ってるの!?」
「寝ぼけた君が言ってたからね。さ、行こうか」

 さりげなくエスコートしようと手を差し出してきたジュードに、渋々しぶしぶながら従っていく。この部隊の初陣ういじんでもあった大変な一日は、なんだか締まらない形で終わりそうだ。


 結局あれから王子様とノアが戻ってくることはなく、騎士団からお城の人たちに引き渡された私は、一通り怪我の確認をされた後に、お風呂に入る時間をたっぷりともらうことができた。
 着替えを終えてホクホクしながら指定された部屋へ向かえば、これまたテーブルには山盛りのご馳走ちそう! 隊長が本物の王子様っていうのは、こういう待遇が素晴らしいわよね!

「お、いらっしゃいアンジェラちゃん。ご機嫌だな」

 私がうっとりとテーブルを眺めていれば、先に集まっていた仲間たちがにこにこしながら声をかけてくれる。
 灰緑色かいりょくしょくの髪に猫のような緑眼をしたちょっと軽そうな彼は、王子様の近衛このえ騎士を務めるダレン。彼のすぐ近くで真っ黒なローブを引きずっているのが、魔術師のウィリアム。こちらの二人もゲームの攻略対象であり、今は共に戦う仲間だ。
 雰囲気の真逆な二人に色っぽい系美形のジュードが加わり、三者三様の魅力をかもし出している。

「大きいお風呂でゆっくりさせてもらいましたからね! 本格的な旅に出るまでは、お城の素晴らしい設備を堪能たんのうさせてもらいますよ」
「考え方がたくましくていいね。さて皆そろったし、ねえさんも一緒にご飯食べましょう」

 どうやらメンバーの中で、私が一番最後だったようだ。約束の時間に遅れてはいないはずだけど、一応皆に軽く頭を下げておく。「気にしないで」とそれぞれ席へ移動していく中、壁際で警護するように立っていた深い青色のよろいもズシンと動き出した。

「ディアナ様!」

 途端に私の胸をさらなる歓喜が埋め尽くし、その重たい足音のほうへと顔を向ける。帰ってからお会いできていなかったのだけど、こちらにいらっしゃったのか!

「アンジェラ殿、元気そうで何よりだ。今日の戦い、実に見事であったぞ」

 地面に響くほど低い声でのねぎらいに、ぽっと頬が熱くなる。二メートルをゆうに超える長身に、よろいの上からでもわかる筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの素晴らしい体。
 どの男よりも雄々おおしい〝彼女〟は、私の筋肉の女神様ことディアナ様。私が転生したアンジェラと共に『乙女ゲームの主人公』だった正真正銘しょうしんしょうめいの女性である。ゲームと同じなのは、赤髪緑眼ということだけだけどね。
 そんな彼女は、前線で戦いたい私が心から憧れる人でもある。

「ディアナ様こそ、今日は本当にありがとうございました。貴女様がいなければ、あの巨大な蜘蛛くもの魔物は決して倒せなかったでしょう」
「我は大したことはしておらぬさ。皆の命を繋いだのは、他ならぬそなただ。礼を言わせてくれ」

 山賊も裸足はだしで逃げ出すような迫力のあるお姿だというのに、彼女の中身はまさしく高潔な騎士! 前線で戦いたい私がサポート型のアンジェラに転生したのは不本意だったけど、このディアナ様と出会うためだったというのなら、私の転生先も大正解だと思えるわ。

「おお、そうだ。そなたのメイスは騎士団に預けておいたゆえ、すきの際に受け取ってくれ」
「そうだ、私の相棒! 重ね重ねすみません!!」

 私としたことが、うっかりしていた。私が寝落ちしてジュードに運ばれたのだから、武器は当然他の人が運んでくれたのだろう。今の今まで忘れていたとは、なんたる不覚!

「……あのメイス、オレたちの中じゃディアナねえさんしか持てなかったんだよな。よくあんな重たいものをふり回せるよな、アンジェラちゃん」

 ディアナ様に平謝りする私の耳に、ダレンの呆れたような声が聞こえる。私のメイスは本来なら木で作る部分まで全て鋼鉄で固めた特注品だ。
 自分に強化魔法を使い続けられる私だからこその武器なので、普通の人間では持ち上げることすらできないだろう。
 私をしのぐ力持ちのディアナ様がいて下さって本当によかった。危うく戦場へ取りに戻るところだったわ。

「今日のそなたの働きから考えれば、倒れるのも仕方ないことだ。さあ、食事にしようアンジェラ殿」

 私がほっと胸を撫で下ろしたところで全員が席につき、ようやくとばかりに食事が始まった。

「んん、美味おいしい! 生きて帰ってこられてよかった!」

 早速料理に手をつければ、どれもこれもうなるほどに美味おいしい。教会で質素な暮らしをしてきた私には名前も材料もわからない料理ばかりだけど、そんなのは些細ささいなことだ。
 食べる前はテーブルマナーに気をつけようとか考えてもいたけど、食べ始めてしまえばそんなものすっかり忘れてしまった。今日は特に、予想外のボス魔物と必死で戦ってきたからね。
 それは皆も同じようで、それぞれ幸せそうな表情で舌鼓したつづみを打っている。ウィリアムなど、普段は隠したがっている赤い目がフードの下から見えているのに、全く気付いていない。よほど集中して食事を楽しんでいるのだろう。

「一時はもうダメかと思ったけど、皆無事でよかったね」
「本当よ。ジュードは特に沢山怪我をしたんだから、今日はしっかり休むのよ?」
「無茶ばっかりした君に言われたくないよ。でも睡眠はしっかり取りたいから、明日の予定は聞いておきたいね。隊長のエルドレッド殿下はいないけど、ダレンさんは何か聞いていますか?」

 ゆっくりなように見えて、私の倍以上食べているジュードがダレンを見れば、彼はもくもくと口を動かしながら首を横にふっている。どうやら、今後の予定はまだ決まっていないらしい。
 ……まあ、初回のお試し戦闘でボスに当たってしまったのだから、スケジュール調整が入っていたとしてもやむなしか。

「ごくん……ふう。殿下からは何も聞いてないけど、ウィル君のほうでオレたちに用があるっていう伝言だけは受け取ってるよ。そうだよな?」
「むぐ……は、はい! ぼくといいますか、ぼくのお師匠様なのですけど」
「ウィリアムさんの師匠?」

 咀嚼そしゃくしながらなんとかしゃべった彼に、食事の手が止まってしまう。ウィリアムの師匠といえば、ゲームでは攻略対象だった人物だ。しかしゲームと違い、彼は部隊に参加しなかった。
 ――それはこの世界がゲームではなく〝現実である〟という証明でもある。

(ゲームと現実で立場が変わったキャラか)

 外見が大幅にグレードアップしたディアナ様だって部隊に参加してくれたのに、まだ登場すらしていない彼はどれほど変わっているのだろう。うん、とても興味深い。

「その方は、なんて?」
「は、はい。皆さんの都合がつく時に、会って話ができないかと。ぼくに届いた手紙には、それしか書かれてなくて、詳しいことは何も……す、すみません!」
「ああ、謝らなくても大丈夫よ。教えてくれてありがとう」

 ウィリアムがオロオロして謝り癖を発揮しそうになったので、すかさず止めておく。情報が少なすぎてなんとも言えないけど、ゲームの攻略対象なら会っておきたいわよね。

「我も何もことかってはおらぬし、恐らく明日の出陣はないだろうな」
ねえさんも聞いてないですか。じゃあ、明日はそのお誘いに応じる方向でいいんじゃないか? 確かそのお師匠さんって、討伐部隊への参加を断った人だろう? オレも付き合うよ」

 ディアナ様とダレンも命令がなければ応じる、という方針のようだ。私も会ってみたいと首肯しゅこうして返せば、ウィリアムは恥ずかしそうに身を縮こまらせた。

「ジュードは……聞くまでもないか」
「もちろん。アンジェラが行くのなら、ついていくよ」
「じゃあ、明日はそのお師匠様のところへお邪魔させていただきましょうか。ウィリアムさん、今から返信しても間に合う?」
「はいっ! 魔術で返事ができますので、すぐに!!」

 魔術って便利でいいわね。私の使う魔法は、便利そうに見えて制限が多いからなあ。
 まあとにかく、明日は戦いではなく、まだ見ぬ攻略対象に会いに行くと決定したみたいだ。色々と不安もあるけど、今日はひとまず疲れをいやして、明日にそなえておきましょうかね。


   * * *


「すまないけれど、私は公務があるから、今回は遠慮しておくよ」
「俺も城の魔術師たちから、魔術書の翻訳を頼まれている。旅立つ前に片付けておきたいんだ。悪いな」
「非常に残念だが、我も同行できなくなってしまった。ウィリアム殿の師が住まう場所は、この体には少々狭くてな……ゆっくり歓談してくると良い!」

 ということで、ぐっすり休んだ翌朝。ウィリアムの師匠からのお誘いには、私とジュード、ダレン、ウィリアムの四人で行くことになった。
 任務外ということで、騎士団の制服を着ていたジュードとダレンは堅いデザインの上着を脱ぎ、シャツ一枚のラフな服装に。ウィリアムも全身をすっぽりおおうローブから、ケープぐらいの短いものに変わっている。顔をフードで隠すのは変わらないみたいだけど。
 私はいつも通りの修道服で、相棒のメイスを留守番させてきた。戦いに行く以外でアレを背負っていると、たまに職質されるからね。

「ディアナ様が狭いって言ってたけど、貴方のお師匠様はどこに住んでいるの?」
「は、はい! お師匠様は今、王都の国立図書館で名誉館長を務めています。建物の上階に私室をいただいていて、そこで暮らしているらしいです」

 なるほど、図書館か。建物自体は大きくても、通路が狭いパターンね。狭いと聞いて四人で押しかけても大丈夫なのか心配だったけど、普通の人間のサイズなら問題なさそうだわ。

「王都内に住んでいるのに、なんでお師匠さんは部隊に参加してくれなかったんだろうな? 他に大きな仕事をけ負っているわけでもなさそうだったし、ウィル君は詳しい話を聞いてるかい?」
「それが、よくわからないんです。この戦いに思うところがある、としか教えて下さらなくて。……うう、すみません。ぼくがもっと、お師匠様にちゃんと意見できるような人間なら……」
「ああ、落ち込むな落ち込むな! ウィル君が参加してくれただけで充分だからさ!」

 ローブが短くなってもやっぱりじめじめしているウィリアムに、慌ててダレンがフォローを入れる。それにしても〝思うところがある〟か……なかなか興味深い意見だわ。

「アンジェラはそのお師匠様について、神様から何か聞いてる? 行っても危険はないのかな?」

 おたおたしている男二人を尻目に、ジュードがこちらへ近付き耳打ちしてくる。私の天啓(仮)もすっかり信じてもらえるようになったわね。本当はゲームの知識なんだけど。
 まあ、別に隠す必要もないので答えよう。

「そうね……確か、この国には数えるほどしかいない『導師』の一人よ」

 ゲームの攻略対象だった彼は、『導師』と呼ばれる最高峰の魔術師だ。ノアの肩書きである『賢者』が知恵をくことにすぐれた魔術師なら、『導師』は先生みたいな後継者育成にすぐれた魔術師である。……だけど、彼が弟子をとることは本当に珍しいらしい。
 彼がり好みしているというわけではなく、属性がかたよっているから合う人材が少ないのだ。ウィリアムは〝彼に選ばれた〟という時点で、魔術師協会から高く評価されていることだろう。

「魔術師というより、呪術師みたいな人でね。壊したり滅ぼしたりすることの達人らしいわ」
「それはまた、なんだか物騒な人だね」

 歩く殺戮さつりく兵器のジュードは人のことを言えないと思うけど、彼が物騒なのは同意するわ。
 導師は攻撃特化のウィリアムよりも凶悪な、殲滅せんめつ系魔術の使い手だからね。消費魔力が大きいからゲームでは連発できなかったけど、えげつない手段のオンパレードだった。私とはまさに真逆の属性だ。

「すごいです、アンジェラさんは本当によくご存じですね!」
「むしろ、神様ってアンジェラちゃんを優遇しすぎじゃないか? そりゃ絶世の美少女に頼まれたらこたえたくはなるだろうけどさ」
「私が頼んでいるわけではないのですが、ご気分を害してしまったならごめんなさい」

 いつの間にか私たちの話に加わった二人の反応に、つい苦笑してしまう。情報源はゲームだから神様のひいきではないんだけど、他の人からしたらチートには変わりないものね。
 諜報ちょうほう系の仕事をしているダレンは特に情報を得ることの難しさを知っているだろうから、今後は少し気をつけようか。

「えっと……あ、ここです、着きましたよ」
「あれ、もう?」

 なんやかんや話しているうちに、私たちの目の前にはれん造りの大きな施設があった。まだ十数分しか歩いていないのだけど、目的地は意外とご近所だったらしい。
 縦よりも横に広いやや古い建物は、大きな学校の体育館のような印象だ。私たち以外にも沢山の人々が出入りしており、特にコスプレ風のローブ姿の人が多くて、つい目で追ってしまう。

「ぼくは受付のかたに話をしてきます。少し待っていて下さいね」

 田舎者いなかもの丸出しな私が目を輝かせている間に、ウィリアムは慣れた足取りで建物の中へ入ってしまった。弱気で面倒な子だと思っていたけど、同じ十六歳として見れば結構しっかりした青年なのかもしれない。妙な謝り癖さえなければモテるだろうに。

「二人は図書館とかあまり来ないかい?」
「僕も本は読みますが、わざわざ出向くほど興味はないですね。アンジェラは読書家だよね」
「魔法書ばっかりだけどね。教会にも図書室はあったけど、ここまで規模の大きいものは見たことないから、正直ちょっとウキウキしてるわ。……田舎者いなかものでごめん」

 気持ちを正直に伝えれば、二人は柔らかく笑ってくれる。今日は用事があって来たのだけれど、もし時間があるのなら、少しだけでも覗いてみたいものだ。読んだことのない魔法書もあるかもしれないし。

(そういえば、昔は重い魔法書で筋トレしていたわね。懐かしい話だわ)

 幼い頃はあつい魔法書を持つことすらできず、それで強化魔法を身につけたのよね。
 あの頃と比べれば、私は確実に成長している。今なら強化魔法なしでも魔法書を持てるかもしれないわね。十冊は無理にしても、五冊ぐらいなら!

「アンジェラさん? 腕まくりなんてして、どうかしましたか? 華奢きゃしゃできれいな腕ですね」
「ウィリアムさん、普通の女の子にとってのめ言葉で傷を負う人間もいるってことを、覚えておいてくれると嬉しいわ」
「ええっ!? な、なんかすみません!!」

 勢い込んでそでをまくってみたら、戻ってきたウィリアムが会心かいしんの一撃を入れてくれた。
 ……ディアナ様のようなはがねの肉体への道のりは、まだまだ果てしなく遠いようだわ。
 とりあえず、彼の師匠に会うアポは取れたようなので、外付けの階段で上階へ向かっていく。

「えーと、この階のはしの部屋……あ、あの部屋ですね」

 上階は建物の広さの割に、ずいぶん扉の数が少ない造りだった。それぞれが一部屋だとしたら、彼の師匠はかなりの広さを割り当てられていることになる。
 ウィリアムが示したのは、中でも特に広そうな部屋で、思わず皆そろってのどを鳴らしてしまった。
 城のものにも劣らない両開きの大きな黒い扉。けれど……デザインがかなり独特な感じだ。

「この扉の彫刻って、多分悪魔よね? 貴方のお師匠様は、悪魔や邪神を崇拝すうはいしていたりする? 私は神聖教会預かりという身分だから、立場上敵対しちゃうのだけど」
「そ、そういう信仰はなかったと思います! 多分……。すみません、ぼくもここに来たのは初めてなんです。前は違うところに住んでいらしたので」

 恐る恐る質問してみれば、ウィリアムは自信がなさそうに答える。扉の材質はただの木のようだけど、悪魔の顔だけじゃなく、古代文字まで刻まれている。下手に触ったら呪われそうだ。

「お、お師匠様、いらっしゃいます? ウィリアムです」
「いらっしゃーい! 鍵は開いてるよー」

 ウィリアムがそっと声をかけてみれば、中から返ってきたのは意外にも明るい声だった。扉のホラー加減とは合わない反応に、四人で顔を見合わせる。

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