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2巻

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 プロローグ



 都内の某ブラック企業を逃げるように退職した俺――向ヶ丘むこうがおかユヅルは、そのまま地元の奥多摩おくたまへと帰ってきた。だが、親の海外転勤によって実家はすでに他人のもの。俺はまさかのホームレス状態へとおちいってしまった。
 途方とほうに暮れる中、親から住む場所として提示されたのは、駅から一時間ほど車で走った山奥にひっそりとたたずむ祖父母の家。
 そこには祖父母が生前大切に手入れをしていた畑があり、社会の疲れをやすために、俺はその畑を耕してみることにした。
 ところが……いざ畑に行ってみると、一面に半透明色の変な生物がウゾウゾウゾウゾ……何とスライムが大量にひしめいていたのである。
 祖父母の形見に等しい畑を守るため、俺は耕運機のエンジンをかけてスライム相手に大立ち回り。
 それからというもの、毎日毎日畑にスライム以外のモンスターが出現するようになった。
 ゴブリン、オークなど各種モンスターが畑を介して奥多摩秘境に大集合して大忙し。
 レベルが上がって【農業】なるスキルを手に入れちゃうし……なんだよこれ。
 さらに、モンスター以外にも、金髪巨乳女騎士、エルフの変態ロリ博士など、明らかに日本とは違う世界の住人達までも畑を通ってこっちに到来。ついでに家の周りの植木から美少女精霊さんが出現したり最初に湧いたスライムが擬人化したりと、まったくもって事実は小説よりも奇なりって言葉が身にみる。
 現代日本の利便性や食文化に感動した彼女達が居着いてしまい、今や俺の家はなんだかよくわからない異世界ハーレムみたいな状況だ。
 しかし、異世界とつながる畑はそんなハーレム展開を許さない。
 畑の向こう側の世界でトンデモナイ事件が起こり、その余波で畑にゾンビモンスターがあふれ出したのだ。
 ――で、俺達はその問題を解決すべく逆に異世界へ向かい、ラスボスっぽい魔族を退けて、日本に戻ってきたというわけ。
 この奥多摩に越してきてからというもの、モンスターの襲来に、異世界人の到来、色々な事件が重なって、当初の目的であった畑の手入れやら、農業スローライフ的なものが全くできていなかった。
 ようやく平和になった今こそ、異世界娘達とのハーレム・田舎いなか・スローライフを始めるチャンスだ。
 この状況にナレーションをつけるなら、きっとこんな感じかもな。
 俺達の夏が、今……始まる!
 ――なんつって。


 第一章 とんでもない配達員さんに、バレたみたいです



 その日俺は、朝から畑に湧いたモンスターを倒して、本格的に農作物を育てるための準備等を行なっていた。
 昼飯を作りに一度家に戻ったところ、玄関先に鎮座ちんざする固定電話が鳴った。
 昭和農家じみた家の外観に見合うしぶい黒電話ではなく、使い古されて少し黄ばんだ、どこにでもありそうな電話機である。
 きっと元の色は真っ白だったんだろうな。
 ──プルルルルルルルルルルルルルルルル!!

「ちょっと、うるさいわよ! 今良いところなんだから、その音、何とかして!」
「わーったわーった」

 鳴り響く電話の音に、居間でテレビドラマを見ていた変態エルフことメイリアが怒鳴った。
 対抗してテレビの音量をマックスにされたら面倒なので、電話を取りに行く。

「まったく……誰だ? つーか、ウチに電話をかけてくる人とかいるのか?」

 ぶっちゃけ、俺の住んでいる場所はスマホ圏外だ。だから、スマホの電話が通じなくて、ここの電話を調べてかけてくる奴がいることもありうる。
 だが、それはあくまで可能性の話であって、もともと連絡をしてくるような知り合いはいないし、発着信履歴に残っているのは親だけ。しかも悲しいことに、着信ではなく発信の方だ。
 祖父母の家で暮らして三ヵ月以上経つのに、未だ両親から連絡の一つもないとは、相変わらずの放任主義だよな。
 ──プルルルルルルルルルルル。

「…………………」

 あ、あと正直に告白するが、俺は電話が怖い。
 他人の着信音にも、はたまたメールが来た時のバイブの音にも、ビクッと来てしまう。
 これはブラック企業が悪い。あいつらのせいでつちかわれたトラウマだ。
 上司と呼ばれる存在は、常日頃から仕事の電話をかけて部下の精神を圧迫してくる。最初は気にかけてもらっていると思えたし、会社からの電話対応も社会人としての基本だと自分をふるい立たせていたのだが……一度仕事で失敗すると、その着信音は悪魔のような存在へと変わるんだ。
 そして気づいた頃には……あひぇ、電話こわいぃ……ってなるわけ。
 ──プルルルルルルルルルルッルルルルルルルルッッ!!

「だからうるさいってばッ!!」

 無情にも電話は鳴り続け、それに負けじとメイリアもどんどんイライラをつのらせていく。ついでにテレビの音量もすごいことに。まさに前門の虎、後門の狼。

「くそっ! なんで電話一つでこんなに辟易へきえきしなきゃいけないんだっ」

 つーか、これだけ放置してるんだから、三コールくらいであきらめろよ。どんだけ辛抱しんぼう強いんだよ。もう勘弁かんべんしてください。

「ええい、ままよ!」

 もしかしたら、祖母が亡くなったことを知らない人が電話をかけてきているのかもしれないと思い、俺は意を決して受話器を持ち上げた。

「はい、もしもし向ヶ丘でひゅ!」

 緊張で声が上ずってんでしまった。何これ、恥ずかしい。

『あ、良かった繋がった! 宅配便シロイヌナデシコの者ですが』
「え?」

 なんと、電話の向こうの人は宅配業者だった。

『旧住所での配送がすごく久しぶりだったもので、ご在宅の確認と……そもそも本当に住んでいるのかどうかを確認させていただきたく、お電話いたしましたっ』
「あー、遠いですからね……」
『そうなんですよぉ……』

 確かに、片道一時間かかる距離で家主が不在だと、往復二時間の無駄むだだ。配達員ってノルマとかあるだろうし、こんな秘境には迂闊うかつに配達できない。

『今日はずっとご在宅ですか?』
「そうっすね」
『では、午後三時ごろに配送にうかがいますので、よろしくお願いします』

 そうして電話は終わり、再び静けさに包まれる玄関先。響いてくるのはセミの鳴き声とテレビドラマの音くらいなもんだ……全然静かじゃないな、これ。

「辞めた会社の上司かと思ったぜ。緊張して損した。……しっかし、荷物って何だ? 俺、何かネットで注文したっけな?」

 そもそも自宅配送だと、家にいる異世界娘達の存在がバレてしまう恐れがあるため、迂闊に利用できない。コンビニ受け取りや事業所留め的なものにしておくのが一番良いのだ。

「うーん……」
「さっきからうるさかったそれは、いったい何なのかしら?」

 受話器の前で考え込んでいると、「ボディ☆ダイナマイト」とラメ入りのロゴが描かれたダボダボのTシャツとローライズのパンツのみを身にまとったメイリアが、アイスを食べながら近寄ってきた。
 こいつ、俺がトラウマと戦っている間にエアコンの効いた部屋でテレビにアイスか。良いご身分だな。だいたい、どこがボディ☆ダイナマイトなんだよ、まったく。

「つーか、これから飯作るのに、何でアイス食ってんだよ」
「それ、前から玄関に置いてあって、気になってたのよねぇ」

 聞いてねぇし。まあいいか。

「そうだなあ、遠くの人と通信するための道具?」

 異世界用語的にはどう表現したらいいのかわからんけど。

「遠隔通信用のアーティファクトってことかしら? へえ、そういうの、ネット以外にもあったのね」
「どっちかっていうと、こっちの方が昔からあるけどな」
「まあ順番はどうでもいいわ。で、これはどうやって繋がっているのかしら?」
「俺も詳しくは知らないけど、たぶんこの電話線じゃないか?」

 現代人も電話の仕組みを理解している人なんて少ないと思う。番号を押したら繋がるとか、使い方だけしか知らないはずだ。
 っていうか、最近はみんなスマホを持ってるから、そもそもこの手の受話器に触ったことすらない人もいると思う。

「あらかじめ世界に線を引いといて、それを繋げてるの? で、この数字を書いたボタンで識別して、相互通信を行う……。シグナルウルフっていう、魔力思念で交信しあって連携れんけいするモンスターがいるのだけど、それと近そうね。あ、でも電話よりはネットの掲示板ってやつの方が似てるかしら? うーん……ブツブツ」

 受話器を触ってガチャガチャしながら何やらつぶやくメイリア。

「掲示板は絶対違うと思うけどなあ……」

 シグナルウルフが何なのかは知らんけど、モンスターが自分らの中で脳内掲示板使ってたら、ある意味最強じゃないかと思う。
 メイリアの口ぶりからは、モールス信号的な感じなんだろうなってことが予想できた。

「ブツブツ……ブツブツ……」

 思考の虫となったメイリアは梃子てこでも動かない。なので、ふわふわとした柔らかい体を抱えて居間へと戻り、ちゃぶ台の前にちょこんと体操座りさせておく。

「そうだ、ユヅル。一回書き込んでもいいかしら? その掲示板っていうの? 検証よ、検証」
「ダメに決まってんだろ」

 思考の虫状態から復帰したかと思えば、いきなり何を言い出すんだ、こやつ。

「一回だけよ、一回だけ!」
「断固としてダメだ!」
「何よ、一回くらい良いじゃない、ケチ!」

 変態エルフ、通称エロフであるメイリアが、そんなアングラな場所に書き込んだが最後、あおられて写真アップ的な展開になって、色々バレかねない。――ってかメイリアのそんな姿を見ていいのは俺だけなのだ。
 可愛かわいふくれっ面をさらしても、通用せんぞ。

「……むぅ……」

 頬を膨らませて仁王立におうだちするメイリアとにらめっこしていると、縁側から、金髪女剣士のイエナの声が響いた。畑作業を終えて帰ってきたらしい。

「ユヅル! 午前中にうねが完成しましたので、昼食を食べたら一緒に植えましょう」

 麦わら帽子ぼうしとジャージが似合い、肩にかけたタオルで汗をぬぐう姿がさまになる金髪美女って、彼女くらいのもんだよな。
 ちなみに、畝ってのは、畑の盛り土みたいなものね。

「おお! ついに二十日大根とシロツメクサ以外に、主力となる作物の出番がくるわけだな!」

 情けないことに、そこそこ立派な畑が二つありながら、未だに農業スキルで魔改造した二十日大根と、四つ葉のクローバーをかき集めるために栽培したシロツメクサしか育てていない。
 もっといろんな作物を育ててあげるのが畑冥利みょうりにつきるし、天国の祖父母も喜ぶんだろうけど。
 もしかしたら、まだ三途さんずの川の向こう側あたりでスタンバイしている可能性もあるが……まあそれは置いといて……ようやく俺の簡単お気軽農業スローライフが始まるぞ。

「ユヅル、ご飯はまだですか? そろそろかと思っていたんですが」

 イエナは期待のもった表情で尋ねてくる。
 あ、ヤベッ。

「ちょっと電話がかかってきたりして、まだ作ってる途中だった」
「えっ……」

 タオルを落とし、この世の終わりのような顔をするイエナ。美人が台無しである。
 ってか、そこまで昼飯が楽しみだったのか、イエナよ。

「すぐ作るから心配すんなって! その間、適当にすずんで休んでいてくれ!」
「わ、わかりました……って、あああー!?」

 玄関から入ってこいと言ってるのに、イエナは縁側からズカズカと居間に上がって……突然、頓狂とんきょうな声を張り上げた。

「どうした!?」

 何事かと思って戻ると、イエナはメイリアが食べていたアイスを指差して固まっていた。

「メイリア! そのアイス、私が取っておいた、高いやつですよ!」
「フッ、早い者勝ちよ」

 メイリアは鼻で笑って、挑発するようにアイスを口に運ぶ。

「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!」
「なんだ、アイスかよ……。もう昼飯できるから、お前ら静かにしてろって……」
「たかがアイス、されどアイスなんです! 汗をかいて戻ってきた時に食べるアイス、お風呂上がりに食べるアイス。私にとって至福の時間なんです! 一番高いアイスを最後に残しておいたのに、メイリアの人でなし!」
「社会ってそんなもんなのよ? 大事にしてても、残り物しか回ってこないの。それがその歳で理解できてよかったわね」
「鬼ーーーーーーーーッ!」

 なぜか偉そうに説教するメイリアと、目に涙を浮かべて抗議するイエナ。

「二人とも、騒がしいっつってんだろ! 昼飯すぐできるから、とりあえず喧嘩けんかするなって! イエナも、好きなアイス買ってやるって、な?」
「ヤッター!」
「テンション戻るの、早っ」

 とりあえず、早く昼飯を作らないとイエナが餓死がししかねないので、さっさとキッチンに引っ込むことにした。
 今日の昼ごはんは、俺特製のゴマだれ冷やしうどんです。


     ◇◆◇◆◇


 さて、昼食の後は畑仕事だ。今回、新たな作物として選ばれたのはジャガイモ。
 なんでジャガイモを選んだのかというと、なんか小学校の頃にいもを植えて収穫したのを思い出したからだ。小学生でもいけるんだから、農業マスターの俺なら余裕だってね。
 ネットの情報によると、ジャガイモを作るには少々時期はずれなようだが、俺の農業スキルの前には時期なんぞ関係ないのだ。スキルでチョチョッと改良してやれば、いつでもどこでも栽培可能になる。


【品種鑑定】

 名 前:芋伯爵はくしゃく
 種 族:ジャガイモ種
 年 齢:なし
 発 育:なえ
 調 子:良好
 レベル:1
 体 力:100/100
 魔 力:100/100


 スキル:無し
 称 号:超早生種



【品種改良】で美味うまさと促進に全振りしてある。これで、どんどん美味おいしいのがみのる算段だ。
 ちなみに、元の芋は男爵だんしゃくいも。それを改良したから、適当に伯爵って名前にしてみた。まあネタだ。
 種芋を【成長調整】スキルでブワッと成長させて、収穫、品種改良、再植え付け……というサイクルをカフェイン大量摂取で魔力を回復しながらガンガン回し、数を増やしていった。
 最初から全て魔力で栽培してしまえば早くないかって話だが……それだと農業の醍醐味だいごみがない。畑で育ててこそ農業だ。
 祖父母が残した畑に失礼だし、ここは誠心誠意せいしんせいい育てさせていただきます。もっとも、スキルを使って楽はするけどね。
 こうして俗世から離れて農業とかで体を動かすと、ブラック企業時代に限界突破でぶち壊された心が癒やされていく気がする。

「よーし、植えるぞー!」
「はいっ!」
「ぴきー!」

 俺の掛け声に合わせて、イエナとスライムのスラ子も気合十分といった声を上げる。
 彼女達と一緒に、二つ目の畑──異世界と繋がってない方の新しい畑──に、種芋を植えていく。
 チート畑の恩恵は大きく、実りの良い神の土壌どじょうを使えば、連作障害による病気やら土壌悪化も無効化できて、何の心配もいらないね。

「何も考えなくていい。育ててみたいものだけを育てられる。とんでもスキルで楽ちん農業だ!」
「ぴきぴきぃー」

 午前中、イエナがあらかじめ作ってくれていた畑の畝群に一つずつ種芋を植えていると、さっそく俺の肩に乗っかっていたスライムが気だるそうな鳴き声をあげた。

「何となく理解できるけど、スラ子、今面倒くさいって言ってただろ?」
「ぴきぴきぴきー!」

 俺の言葉に抗議の声を上げる表面張力体。
 こいつはうちに最初から湧いていたスライム達を取りまとめる存在って言えばいいのかな。奥多摩秘境で初めて遭遇そうぐうした異世界シリーズの一体である。

「言ってないって? いーや、言ってなくても、心に思ったはずだ」
「ぴきぃ!」
「はいはい、御託ごたくはいいからさっさとスライムを動かして畑に水をいてくれ」

 水分を多く含むスライム達は、広い畑に水を撒くという面倒な作業を代行してくれる、スプリンクラー的な存在である。

「ぴきぴきぴきー!」
「たまには自分で撒けだと? 今は芋を植えてるから無理だな! はい論破!」
「ぴっきぃぃいぃぃい!」

 スラ子はくやしそうに俺の肩の上で飛び跳ねた。夏場は冷んやりしてて気持ちがいい。
 さて、このスラ子、俺になついた普通のスライムが突然変異した生き物だと思っていたのだが……実は異世界人にとっての脅威きょういである、魔族の姫君らしい。
 こんなに可愛いのに、設定盛りすぎだろ。
 そんな魔族がなぜ俺にくっ付いているのか不思議なものだが、魔族と人間の争いごとが面倒になり、新天地を探して――早い話が家出だ――彷徨さまよっているうちに、この奥多摩の畑にいたとのこと。
 魔族は魔族でも、彼女は良い魔族ってやつなのかな?
 でもまあ、深夜アニメにどっぷりハマって、夜な夜なちゃぶ台の上に鎮座してこっそりテレビを見続けている姿を思うと、異世界の魔族の恐ろしさだとか、良い奴とか悪い奴とか、そんな問題はどうでもよくなってくる。

「まったく、とんでもないアメーバだわ」
「ぴきーっ!」

 アメーバと言われて怒ったのか、スラ子は「アメーバじゃないもん!」って感じで俺の顔面にムニョンムニョンと纏わりついてくる。

「ふん、抗議の声なんぞ、擬人化しなければ通用せんっ」

 擬人化して可愛い妹の姿になられたら、兄としては手出しできずに甘々になってしまうのだが、スライム状態ならば、こうだ!

「ほれほれほれほれほれ!」
「ぴきぃぴきぃ!」

 スラ子を揉みくちゃにしてやる。
 何やら抗議の声を上げていたが、結局、こうしてじゃれ合いたかっただけのようだ。
 くそ、擬人化してたらもうこれでもかというくらいに甘やかしてやるのに。
 本人的に人間の姿は少し窮屈きゅうくつらしく、俺の肩に乗っていれば楽ちんとのことで、基本的にはスライムの姿を取っている。
 朝にも弱いし、何というか、人間以上に人間味のあるスライムだよな。そこが可愛いんだけどさ……。
 面倒臭そうに気だるく甘えてくる妹的存在。……正直、アリだと思います。

「ユヅル、スラ子。お芋を見ていると何だかお腹が空いてきますね!」

 畝の前でたわむれる俺とスラ子の正面で、イエナが口からヨダレを垂らしていた。

「そんなもん食ったら食中毒になるぞ……」

 実っていないどころか、半分以上植えてもいない。まだ始まってすらいないこの状況で、もう収穫時のことを想像しているのだろうか。素直にヤベェ奴だな。
 奥多摩に来た当初のイエナは、誠実で前向きで健気けなげな騎士然とした印象だったのに、日本の食文化に染まり、毒され、いつの間にか腹ペコ食いしん坊キャラを定着させてしまった。
 顔立ちは誰がどう見ても美人としか言いようがなく、モンスターと戦っている姿も凜々りりしくて格好良い。だが、それ以外がとことんヘタレな残念美人だ。

「早く植えましょう! お腹が、お腹が減ってます!」
「さっき昼飯食べたばっかりだろうに……」

 平時は特に残念さが際立きわだつよな。そこが可愛いんだけど。

「とりあえず一気にやっちまうかー」

 このままだとイエナが種芋を食べかねないので、さっさと作業を終わらせることにした。
 照りつける太陽の下、スラ子はスライム達を指揮して畑に水撒き。俺とイエナは二人で手分けして種芋を植えていく。
 ちなみに、美少女精霊のアサヒは、自分の植物系のスキルを利用して、大量に栽培していたシロツメクサと二十日大根を畑の隅へと移動させる仕事を担当してくれている。
 シロツメクサが自立してズモモモッと動いて、畑の隅に綺麗きれいに整列して再び自分達で土を掘り起こして埋まっていく様子を見ると、何とも言えない気持ちになった。


 そうして農作業を続け、太陽がてっぺんからやや傾いてきた頃合い。

「──わああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 休憩がてら畑の前に敷いたゴザに座り、農機の整備とかこれから他の作物を植えていくための計画を考えていた俺達のもとに、突然、家の方から悲鳴が聞こえてきた。

「なんだなんだっ!?」

 急いでみんなを引き連れて家に戻る。
 垣根の陰から玄関を見てみると、何やら難しい顔をして仁王立ちするメイリアと、段ボールをブチまけて尻餅しりもちをついた小柄な人がいた。


「あー……そういえば来るって連絡もらってたっけ」

 見たらわかる、シロイヌナデシコの制服だ。
 頃合いを見て家に戻って、宅配業者を待つ予定だったのに……やっちまった。
 ジャガイモの植え付けが意外と楽しくて、すっかり頭から飛んでいたのである。

「だけど、なんで悲鳴上げてんだ?」

 一発で人外バレするスラ子とアサヒは俺と畑に来ていた。家に残っていたのはメイリアだけで、彼女が対応したとしても、最悪、耳の形がおかしい人だって感じで誤魔化ごまかしがきくはずだ。
 あれか? もしかして、メイリアの格好がきわどすぎて驚いたとか?
 だとしたら、それを見てすっ転ぶなんて、童貞レベルが俺より高そうな配達員さんである。
 まあ、髪長いから女性かもしれないけど。

「ユヅルと似ている格好ですね。同じ農業神様ですか?」

 こっそり玄関先を見たイエナが、そんな感想を漏らす。
 ……確かに。宅配業者の制服と、俺のつなぎは若干似ている気がしないでもない。

「いや、あれは農業神ではなくて、宅配神だな」
「宅配神様ですか? それはいったい何ですか?」
「うーん……」

 適当にノリで返答しただけなのだが、真顔でそう言われて言葉に詰まる。
 日本の流通シェアナンバーワンの最大手であるシロイヌマークのナデシコ運輸を何と説明するべきか。

「シロイヌナデシコだー! あたしが判子はんこ押したーい!」

 イエナと比べて、日本カルチャーに割と詳しいスラ子は、スライム状態から青いワンピースを着た美少女姿に変化し、ペタペタとサンダルを鳴らしながら玄関先まで走っていく。

「あっ、こらっ!」

 変身するところを見られてたらシャレにならないから、迂闊な行動はやめてほしい。

「スラ子さん、ワタシもハンコを押したいデス!」

 スラ子を追ってアサヒも空中をパタパタと飛び出すが――。

「お前はダメだ!」
「──ヒュギュッ」

 俺はアサヒをひっ捕まえて、サッと自分の服の中に押し込んだ。
 擬人化スラ子はともかく、アサヒはモロだろ!

「さ、さすがにそれはアサヒが可哀想かわいそうでは……?」
「仕方ないだろ……まったく、迂闊なんだから……」

 とりあえず、このやり取りで宅配員さんに陰に潜んでいたことがバレてしまったので、俺達も玄関先へと足を運ぶ。
 アサヒはギリギリで隠したのでバレていないと思いたい。万が一見られていたとしても、特に何も触れずに荷物を受け取って、さっさとお引き取り願うべきだろう。

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