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296 外の世界へ⑨

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「――――と言う事があったんですよ~」

 嬉しそうにパタパタ尻尾を振りながら、クロードに絡むシルシュ。
 クロードが壁にもたれかかっていたセルベリエを見ると、本で顔を隠した。
 照れくさいのだろう。それを見たクロードが悪戯っぽく笑う。

「へぇ~結構いいところがあるんですね、セルベリエさん」
「……別に、勝手に風が吹いただけなのではないか」
「ふふっ、そういう事にしておきましょうか」

 セルベリエも大分皆と仲良く出来るようになってきたな。
 まぁ若干弄られている比率が高い気がしないでもないが……いい傾向ではないか。

「ところでさ、そろそろイエラの言ってたキョウカイとかいう場所に入るんじゃない?」

 ベッドに転がっていたミリィがイエラ製作の旅のしおりをパラパラめくり呟く。
 全1000ページからなる『旅のしおり』は、しおりとは名ばかりの鈍器である。
 本のサイズが小さなこともあり、サイコロ並みに四角くなっていた。

 不必要に非常に細かいところまで書いており、船の構造から搭載された兵器、乗組員の所属やら年齢体重趣味に至るまで、本当に細かい事まで書いておりワシなどは暇潰しに読んで楽しんだものだ。
 それによれば確か出発から七日辺りで境界に着くと記されていたはず。

「ふむ、そういえばそろそろか」
「確か私たちがいた大陸と外の世界の丁度境目、だから境界っていうんだっけ?」
「あぁ」

 ワシらのいる大陸周辺の内海、そして外の世界周辺の外海、その丁度境目にあるのが境界である。
 内海と外界、海洋生物の死体や船の残骸、様々なものが流れ着く場所で、その潮の流れも複雑怪奇。
 更に内海を覆う程の広範囲でダンジョン化しており、進路を間違えれば延々海をさまよい続ける船の墓場である。
 外の世界へ行く者を阻む、まさに最大の障壁だ。

「以前の航海は熟練の航海士が風を読み、潮を読みで抜けるのに何日もかかってたらしいな」
「でも今回は、違うんだよねぇ~」

 レディアが自慢げに、ちっちっと指を振る。
 そう、エイジャス号に搭載されているエンジンの出力を持ってすれば、風や潮の流れを無視して突っ切ることも可能。
 境界の複雑な波も、エンジン全開でぶっちぎっていくらしい。
 そうしおりに書いてあるが……少し不安だ。

「……それにしても先刻から妙に静かではないか? 揺れてないし、風が止んだのか?」
「んーそうねぇ。でもそれならエンジン動かすハズなんだけど……」

 しかし、いつまでたっても船内は静かなままだ。
 何かおかしい、皆がそう思い始めた頃である。
 ドタドタと慌ただしく船を走り回る音が聞こえてきた。
 ガチャリ、と扉が開き作業着を着た男が入ってくる。

「レディアさん大変だ! エンジンが止まっちまった!」
「なんですって!? 何があったの!」
「とにかく来てくれ! 早く!」
「わかったわ!」

 珍しく慌てた顔で、レディアは部屋を飛び出す。
 取り残されたワシらが茫然としていると、ミリィがワシを見て何か思いついたように笑う。

「ね、私たちもついていきましょうよ!」
「ふむ、確かに面白そうだ」

 ここに居てもどうせやることないしな。
 レディアの仕事ぶりを見せてもらおうではないか。

「あんもう待ってくださいよ、ゼフ君てばーっ!」
「やれやれ仕方ない。私も付き合うか……」
「わ、私も行きますーっ!」

 皆を引き連れ、ワシらはレディアの後をついて行くのだった。
 船内を駆け下り、辿り着いたのは重い扉で閉められた部屋。
 内部は鉄で出来た謎の装置が幾つも置かれており、ごうんごうんと何かが動くような音が響いている。

「おじゃましまーす」

 ミリィがこっそり扉を開け、中に入っていく。
 大量の金属パイプが並ぶ室内の奥で、レディアが機関士たちと話し合っていた。
 ワシらに気付いたようで、レディアがこっちを向く。

「ありゃ、皆ついてきちゃったの?」
「えへへ、気になっちゃって」
「何か手伝えることがあるかもと思ってな」
「もぉ、しょうがないにゃあ……わかったよ。何かあったら頼むから、そこで見てて頂戴」

 そう言ってレディアが頬を叩くと、その表情が普段のだらしないものではなく、真面目に仕事をする時のものになる。
 きりりとした頼りがいのある顔だ。

「よーし、じゃあ動かすよー……どこか痛いところがあるのかなー?」

 子供に語りかけるような優しい口調でレディアが装置を動かし始めると、配管から蒸気が噴き出て取りつけられたメーターが上下し始めた。

「んーこっちじゃない? じゃここはどう?」

 機械に語りかけながら、レディアは忙しく動いている。
 蒸し暑い室内だ。レディアはすぐに汗だくになってしまった。
 ポタポタと落ちる額の汗を拭いながら、呟く。

「ん~配管はおかしくないみたいねぇ……となるとスクリューに何か絡まってるのかなぁ……」

 レディアがレバーを上げ下げするたびに、ごりごりと何かを巻き上げる様な重低音が微かに聞こえてくる。
 確かこの船には、船底にスクリューが取り付けられているんだったか。
 それに何かが絡まったと……排除する手段はあるのだろうか? そう考えていると、レディアがワシを見てニコリと笑う。

「ゼフっち~手伝ってくれるんだよねぇ~」
「ま、まぁな……」
「じゃあさ、ちょーっち頼みたい事があるんだけど」

 猫なで声で胸を押し当てながら、ワシの腕と絡ませてくる。
 皆の冷たい視線が痛い。

「わかった、わかったから離れろレディア」
「やったぁ~っ! ゼフっち大好き~っ」

 そう言うとレディアは、離れるどころか抱きついてくるのであった。

「えーごほん! それでは作戦を説明します」

 改めて、咳払いをしてレディアがワシらの前に立つ。
 まだ冷たい視線を感じるぞ。

「ゼフっちにはスクリューに絡みついた異物を排除して貰いたいのよね」
「どうやって取るのだ?」
「もちろん、潜って♪」

 ……やはりな。ならばある程度泳げる者を連れて行かねばならないだろう。
 海中での作業は危険が伴うからな。

「誰か行きたい者はいるか?」
「はいはーい! 私行きたい!」
「……まぁいいか」
「何よう、その沈黙は!」

 ミリィは危なっかしいからな。
 下手すると海の藻屑になってしまうし、少し心配だ。
 とはいえ蒼系統の魔導が得意なミリィはいると便利かもしれない。

「わ、私もお力になりたいですっ!」

 手を上げたのはシルシュである。
 シルシュはワシらの中で一番泳ぎが得意である。
 最悪狂獣化も出来るし、悪くはあるまい。

「ではワシとミリィ、シルシュで見てこよう」
「ボクたちは上でサポートですね」
「あぁ、頼む」

 最悪の場合、信頼できる者が水上にいるのはありがたい事だ。
 クロードの頭をぽんと撫で、甲板の上へと向かう。

「じゃーこれ着て、よろしく」
「うわぁ……ぶかぶかだねぇ」
「ミリィが小さいからではないか?」
「私は丁度いいかもです」

 レディアから渡されたのは、ごっつい生地で作られた潜水スーツ。
 頭には大きなガラスを被るようで、そこから空気穴が命綱と共に長く伸びている。
 あまりに不格好な潜水スーツを見て、ミリィが不機嫌そうな顔になる。

「何か動きにくそー。水着とかじゃダメなの?」
「海にいるサメとかは凄く鼻が利くからね。擦り傷から流れる血でも海が見えなくなるくらいサメが集まってくる事もあるらしいよ~」
「……着させていただきます」

 レディアの言葉にビビったのか、ミリィは大人しく潜水スーツに袖を通していく。
 確かに、敵は魔物だけではないからな。レディアもミリィの扱いはよくわかっているようだ。

「着たわよ」
「うん、じゃあ潜って状況を説明してちょうだいね。私は機関室に戻るからさ」
「オーケイ、念話でね!」
「頑張って!」

 グッとガッツポーズしながら、レディアは船内へと戻っていく。
 ガラスのヘルメットを被ると、周りの音が完全に消えてしまった。

 《ご武運を!》
 《うむ》
 《行って来るねーっ!》

 クロードに手を振り、ワシらは水中へとダイブするのであった。
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