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<水無瀬葉月>

初めてのドリンクバー!!!

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 うわぁあああ……!!

 ドリンクバーってすごい!!!

 オレンジジュース、ミックスジュース、メロンソーダ、カルピス、ココア、カフェオレ……!
 どどどどれにしよう!?
 こんなに種類が多かったとは……!
 いろんな飲み物のボタンが輝く機械を前に、僕はコップを握り締め固まってしまった。

「どうした? 固まってねえ?」

 遼平さんが僕の頭を掴んだ。
「こんなに沢山種類があるなんて思ってなかったから……! どれにしようかな?」
「迷う必要ないだろ? 好きなのを選べよ」

 !!!!!???
 す、すきなのを選ぶ!?!?

「他のも飲みたいならお替りすればいい。ドリンクバーなんだから」

 ――――!!! そそそそのとおりだ!!! ドリンクバーは飲み放題なんだ!!

「ド、ドリンクバーってすごい」

 ぎくしゃくとコップを機械の下に置き、おそるおそるボタンを押す。

 選んだのはオレンジジュースだ。

 氷を入れたコップの中にジュースが注がれて、丁度いいぐらいで止まった。
 自動で止まった!!!?? 凄いぞ機械! まるで目があるかのようだ!!

 アイスコーヒーを汲んだ遼平さんと一緒にテーブルに戻る。

「あんなに沢山の種類のジュースが飲み放題だなんて……!」
「おーおー。嬉しそうな面して。ドリンクバーで喜ぶなんて安い奴だよな」

 安くないよ!! あんなに沢山の飲み物が一気に呑めるなんて凄いよ!

「スープも取ってきていい? お味噌汁とポタージュとコンソメが選べたんだ。どれにする?」
「気が早いな。そうだな、味噌汁を頼む」
「うん!」

 席に座らないまま今度はスープバーへ。
 ぱかりと蓋を開くと、熱々の湯気が上がって美味しそうな匂いに食欲がそそられた。

 ジュースだけじゃなく、スープまで数種類から選べるなんて楽しいな。

 僕はポタージュスープにしようっと。
 わ、クルトンも準備されてるんだ!
 ちょっと多めに入れちゃってもいいかな?

 オレンジジュースとポタージュスープなんて、それだけでも充分ごちそうだよ……!

「どうぞ」
「さんきゅ」
 遼平さんにお味噌汁を差し出し、僕はポタージュスープを片手に席に座る。
 そっとスープを掬って口を付ける。
「クルトンおいしい……」
 後乗せだからかりかりだー。

 オ、オレンジジュースも美味しい……!
 久しぶりに飲んだよ。多分十年ぶりぐらい!
 十年前に飲んだときは、弟が残したのを一口飲んだだけに過ぎなかった。ミカンの味が美味しくて、この世にこんなに美味しい飲み物があるんだ……。って感動した。あの時の味そのままだ!
 こんな美味しいジュースを今日は嫌って言うぐらいに飲めるんだ。
 で、でも、今日飲めるのはオレンジジュースだけじゃない。
 どうせなら沢山のジュースを楽しみたい!

 オレンジジュースもお替りしたいけど、悩んだ挙句、二杯目はミックスジュースにした。
 一口飲んでまた驚く。オレンジジュース以上に美味しい……!

「次は炭酸にしようかなー。遼平さんの減らないね。飲まないの? 取ってくるよ?」
「自分で取りに行くからいいよ。ゆっくり飲め」
「ジュースが出てくるのが楽しいから汲みたいんだ! 丁度いい所で出なくなるって凄いよね」

 ついテーブルに手をついて身を乗り出してしまう。

 遼平さんが腕を伸ばしてきて、思わず、身構えた。

 そっと頭を撫でてくれる。

「よし、よく逃げなかった。お利口さん」
「いくら僕でも触られるって判ってれば驚かないよ。けど、遼平さんも静さんも気軽に人の体に触れるのが不思議だ……。僕、いままで一回も誰かに触ったことなんてないのに」

「触るか?」

 遼平さんが掌を差し出してきた。

 え?

 テーブルの上に差し出された大きな掌……。

 これに、触る?

 心臓が、どきどきする。
 指先が震える。

 今まで生きてきて、誰かに自分から触った経験なんてない。
 他人の体温なんて知らない。
 遼平さんに触ってもらったのがはじめての体験だった。

 遼平さんに、僕から、触る。


 酷く抵抗があった。


 触りたくないからじゃない。

 触ったら『夢』が終わってしまいそうで、怖かった。



 僕は昨日の夜、遼平さんとの約束が夢だったんじゃないかって疑ってた。
 実は、疑ってたのはそれだけじゃない。

 『陸王遼平さん』という存在自体が、僕の夢なんじゃないかとも疑っていた。

 遼平さんはいつも僕を助けてくれる。さっき女子高校生に写真を撮られそうになった時も、お弁当屋さんで恐いお客さんに絡まれたときだって、遼平さんは颯爽と現れて追い払ってくれた。いつも助けてくれた。そんな都合のいい人っているのかな?

 ほんとは、ほんとは、遼平さんはやっぱり僕が尋問した時に怒ってて、二度とお店には来てくれなかった。
 全部、幻だっていう悲しい現実を疑ってた。

 目の前で笑うこの人は、僕が作り出した妄想。

 幼稚園の時に居たんだ。空想の友達。

 僕に笑ってくれて、触ってくれて、ヒーローみたいに助けてくれた。今の遼平さんと同じだ。
 友達だと思っていた。
 実在する人間だって思いこんで、それが僕の幻覚だったなんて疑ってすらなかった。

 でも、空想だった。ある日突然、空想だって理解した途端にその友達は消えた。
 自分から触ったら、遼平さんも同じように消えてしまうんじゃないだろうか。


 消えたらどうしよう。

 夢みたいに消えてなくなったらどうしよう。

 貧弱な僕の手とは違い、大きくて節の目立つ包容力のある掌。

 心音がドン、ドン、と重たく鳴った。
 座っているのに膝が震える。指先も震える。右の掌を左でぎゅっと握り締めた。
 膝は擦り合わせ力を込める。

 夢なら夢で早く自覚したほうがいい。
 夢だと気づくのが遅くなればなるほどショックも大きくなる。
 今ならまだましだ。



 そっと腕を伸ばし、指先に震える指先を重ねた。


 その途端に。





 パンッ。





 破裂音と同時に遼平さんが消えて無くなった。

 まるで風船が割れて破片が飛び散り、どこに行ったか判らなくなったみたいに消滅した。

 僕の前には誰も居ない。


 ただ空っぽのソファがあるだけ。


 幼稚園の頃の友達が消えた時みたいに、一気に掻き消えて居なくなってしまった。


 あ。


 やっぱり、妄想だったんだ。

 遼平さんは居なかった。

 僕は一人ぼっちだった。


 あれ?
 着てた服も元に戻ってる。
 アパートから着てきたお兄さんのお下がりの服のままだ。
 当然か。
 遼平さんが夢だったなら、あの綺麗なオフィスも全部妄想だったんだから。


 やっぱり。

 触るんじゃなかった。
 妄想でもなんでもいい。もっと遼平さんと一緒に居たかったのにな。


 アパートに帰ろう。

 アパートと仕事場の往復で一年を費やし、二年が過ぎ十年が経過し、そして、ある日、僕はあそこで一人ぼっちで誰にも看取られないまま死を迎えている。

 そんな人生に帰ろう。
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