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<水無瀬葉月>

初めての、キ、キス

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 似合わないかなあ?
 自分が髭を付けたのを想像してみる。

 ……。

 どう頑張っても王様の髭のような二つに分かれて毛先がくるんとした髭しか想像できなかった。
 似合わないかもしれない。

「ここ」

 布団に潜り込もうとしたら、遼平さんが自分の二の腕をぽんぽんって叩いた。

 腕枕だ!

 そっと頭を乗せる。

「重たくない?」
「全然。なんなら俺の上に乗ってトトロごっこするか?」
「トトロって何? ととろ芋? ととろ昆布?」

 ととろ芋ゴッコやととろ昆布ゴッコってどんな遊びなんだろう?
 あれ? 違うな。トトロじゃない。とろろ芋にとろろ昆布だったよ。
 トトロってなんだろ?

「スペインの俳優は知ってるくせにトトロは知らないのかよ。一体どんな環境で育ってきたんだ?

 う。
 口を噤んで俯く。

「家のことになるとだんまりだな。まだ、話せないか?」
「……ごめん」

「謝らないでいいよ。そろそろ休め。でないと、ちゅーするぞ」

 額に掛かった僕の前髪を掌でかき上げる。
 ふふ。
 今度は僕が笑う番だ。

 遼平さんの冗談には距離が無い。
 まだ遼平さんと出会って一ヶ月も経ってないのに、何年も一緒にいる親友みたいな錯覚に陥りそうだよ。

 僕みたいな、友達が一人も出来なかった人間相手にもこんなに気軽に振舞ってくれるなんて遼平さんはどんな家庭で育ってきたんだろう。

 きっと優しい家庭なんだろうな。

 僕みたいな浮気相手が産んだ子どもなんて居なかったに違いない。

「出来るならどうぞ」

 いつもからかわれてばかりだから今回こそ反撃だ。

 まさかキスして良いって言われるなんて想像もしてないだろう。
 遼平さんを慌てさせてやる。

 意地悪な気分でにやりと唇を吊り上げた。

「じゃあ、遠慮無く」

 僕の額を触っていた掌が頬に移動した。
 ぐいって、顎を上げさせられて。

 遼平さんの顔が近くなる。


 え?

 驚く暇もなく。

 カプッ。

 と、唇にキスされた。


「ひぁッ」

 喉の奥から変な悲鳴が上がった。
 全身の筋肉が一気に反応して布団を跳ね飛ばし横に弾け飛ぶ。

「あぶね……!?」

 後頭部がゴンっと勢い良く壁に衝突した。

 のに、痛くない。

 僕の頭が壁にぶつかる寸前で、遼平さんが掌を差し込んでガードしてくれていた。

 が、僕はそんなことに気が付く余裕さえなく、キスされた、キスされた、キスされた!! それだけに意識を持っていかれていた。
 とっくに壁際までたどり着いてるのに、壁の中に埋まり込む勢いで足をジタバタさせ続ける。

「俺が悪かった、悪かったからちょっと落ち着け」

 心臓が爆発して目がグルグル回り遼平さんの声が頭に入ってこない。

 両方の掌で唇を強く押さえる。

 キスされた!!!

 唇で唇を包みこむみたいなキスだった。

 遼平さんはどこもかしこもサイズが大きい。
 掌も、背中も、足も、肩幅も。
 抱き締められると遼平さんの体に僕の体がすっぽり包まれてしまうぐらいだ。

 それと同じぐらい、包み込まれてしまうみたいなキスだった。

「~~~~~!!!」

 恥ずかしくて恥ずかしくて恥ずかしくて恥ずかしくて、目にぶわって涙が浮いた。

「う!!??」
 遼平さんが大きく息を飲んだ。

「ご、ごめんな葉月、そんなに嫌だったのか。いや、普通に嫌だよな。俺が悪かった。二度としないから泣かないでくれ。本当にごめん」

 遼平さんがそれこそ布団を跳ね飛ばして起き上がり、僕の前に膝を付いた。
 僕の肩を掴もうと掌を差し出しかけて――――引っ込める。

 触ったら僕が嫌がるとでも思っているかのように。


 違うのに!!


「ちが、ちが、……っくりした、だけで」

 引っ込みかけた掌を力一杯掴んだ。

「びっくりしただけ、だから、いやじゃ、なくて」

 嫌じゃないのに涙が止まらない。

「嫌じゃないのか? 無理してないか?」

 無理なんかしてない!
 袖で目を押さえつつ、ぶんぶん首を振る。

 今度こそ近づいてきた遼平さんが僕を抱き締めてくれた。

「葉月に嫌われたかと思ったよ……。ショックで死ぬ所だった」
「死ぬのは僕だよ! 心臓麻痺で」

「よしよし。俺が悪かった。もう泣くな。ひょっとして初めてのキスだったのか?」
「初めてに決まってる……!」
「葉月のファーストキスは俺か……」
「それ以上言ったら僕は本当に死ぬよ! 恥ずかしくてショック死する」

 ほんとに恥ずかしすぎて語尾が掠れてしまう。

「どうせならセカンドキスもいっとくか?」
「遼平さんの鬼……!」

 こっちはまともに遼平さんの顔を見る事さえできないのに!

 顔を伏せたまま布団に潜りこんで顔を隠す。
 もちろん、遼平さんに背中を向ける体勢で。

「葉月、こっち向いてくれ」

 無理です!!!!!

 大きな体が横に滑りこむ。

「わっ」

 軽く抱えられて腕枕の体勢にされてしまった。
 顔だけは見られないように必死に俯く。
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