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事例1 九十九人殺しと孤高の殺人蜂【事件篇】

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 実に不愉快な重力の分散を受け、そしてエレベーターの扉は開いた。国をあげての機密施設なのだから、エレベーターくらいしっかりと整備して欲しいものだ――と思うのは、これで何度目だろうか。

 エレベーターを降りた先には、何度見ても扉とは思えない鉄の扉が待ち受ける。人の手では決して開けることができないような鉄扉の向こうにこそ、アンダープリズンが広がっているのだ。倉科の感覚では、この場所こそが現実と非現実の境目だった。

「捜査一課の倉科だ」

 インターフォンに向かって口を開くと、提示を要求される前に認可証をカメラに向かって突きつける。ここでのやり取りには毎度のことながら苛々させられるが、今日ばかりは先手を打ってやった気分だった。もちろん、続けざまに免許証も突きつけてやる。

『――そちらのお二人は?』

 インターフォンから漏れ出す声に、尾崎と縁がカメラを探す。この施設ではどこにいたって監視の目がついて回るわけだが、慣れていないと気味が悪いだけであろう。

「そっちにも話が行ってるだろうが、特例の認可者だよ。法務大臣直々のな――」

 法務大臣……なんて大仰たいぎょうな役どころを出したからであろう。尾崎と縁の挙動が明らかに不審になる。いちから事情を説明してやりたい気持ちもないわけではないが、百聞は一見にしかずとも言うし、説明するよりかは直接見せたほうが話も早い。

「説明は後でする。だから、今は何も聞かんでくれ」

 二人にそう言うと、倉科はインターフォンからの返事を待つ。

『お調べしますので、しばらくお待ち下さい』

 その言葉を残して、ぶつりとインターフォンの向こう側でマイクが切られる音がした。

「まぁ、法務大臣の認可がない限り入れない施設――とだけ説明しておこうか」

 ほんの少し待ち時間ができてしまったからか、尾崎と縁からの視線が痛かった。倉科は場をごまかすかのように呟き落とす。

「でも、どうしてそんな施設に私達を? それに、特例の認可ってことは、私達が法務大臣から認可されているってことですよね?」

 尾崎は「へぇ、そうなんすかぁ」と呟いただけであったが、やはり縁はその程度では納得しないらしい。まぁ、何の前触れもなくこんなところに連れてこられて、法務大臣やらなんやらと言われたら、誰だって疑問に思うであろう。ただし、尾崎のようなタイプを除いてではあるが。

「分からんことばかりだって言いたいのは、俺も理解してるつもりだ。実際、俺も初めてここにきた時は、今のお前達みたいな状態だったからな」
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