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第九章 戦役

二十話 作戦会議

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 エゼルとシーレッドの一戦目が終わり、俺は治療に走り回った。
 今回も、戦闘力の高い人や、地位の高い人が優先されたが、一人にかける事の出来る時間はそこまではないので仕方がないだろう。
 その中にはシラールドの息子さんである、現侯爵のブラド様ってのがいた。
 最初にそのブラド様を診てくれと、彼がいる天幕に入ったのだが、あの暗殺者に二か所も刺されているのに、普通に椅子に座ってワインを飲んでいた。親子そろって、ちょっとおかしい体をしているようだ。

 あのアーティファクトの傷は回復の力を防ぐ事が出来るのか、『グレーターヒール』を唱えても、なかなか傷を塞ぐ事は出来なかったが、時間をかければ元通りになった。これを見ると、あの暗殺者を始末しなかったのは本当に失敗だな……。エアには隠密を暴くアーティファクトを渡しているから、多分不意打ちは出来ないだろうけど、ちょっと心配になってくる。
 情報では隠密系のアーティファクトを所持しているとしかなかったから、甘く見過ぎてたわ。俺も斬られたけど、本当に軽く刺された程度だったからなあ。

 俺が担当した重症者以外は、エアの指示のもと一か所に集められた。その中心にはいつもの白いローブに身を包んだアニアが立ち『エリアヒール』で数千人単位で回復をしていた。
 あれを見ると、戦場における回復は、もう俺では太刀打ちできないレベルだと分かる。
 一度は俺も試してみたのだが、あれはアニアの再生の神の加護と【火の指輪】の効果であるMPを倍にする力がないと無理なのだと分かった。範囲を広げると恐ろしくMP消費量が増え、そして維持をするとMPが垂れ流し状態になるのだ。改めて加護の力ってのが特別なのだと思い知らされた。

 そんなアニアはまた名前が売れてしまった。最早完全に聖女様扱いだ。だって、涙を流しながら祈ってる奴がいたからね。正直あれは引いたけど、体中を切られていた痛みが引いたのだから、そんな気持ちにもなるか。
 まあ、祈るだけならば幾らでもやってくれって感じだ。アニアも名前負けしなくなり、本当に笑顔でいるからな。

 そして、もう一人名前が売れてしまった子がいる。セシリャだ。
 彼女は多くの騎兵を引き連れて戦場を駆け回った結果、その力から獣姫という良いのか悪いのか、俺には良く分からない名前が広まっていた。この辺の感覚がちょっと前世を引きずっている俺には、獣人にその名前は……と思っていたのだが、周りは誰も悪い意味を感じ取っていなかった。
 当のセシリャはその名前で呼ばれるたびに、俺らの背中に隠れてたけど、それなりに嬉しそうだったから、実はあれ喜んでるわ。でも、その所為でまた人見知りというか、恥ずかしがりが発生している。うーむ、少し表に立たせて強制的に慣れさせるか? 逆効果かもしれない事は分かってるけど、照れてるセシリャを見るのも一興なんだよな……って、俺が見たいだけじゃねえか。

 戦いの後は大体こんな物だった。
 アルン達は次の作戦などを練っていた。一応勝利となったので、次の戦いに関してこちらにアドバンテージがあり、どう攻めるか相談が必要だからだ。
 その場にアルンが呼ばれているのは、何だか変だとおもっていたら、どうやらエアが自分の側に置くためだけに呼んだらしい。ちゃんと記憶したり、伝令をしたりする人材はいるんだから、あまり仕事を与えると、その人らに恨まれるんじゃないかと、少し心配している。
 でも、アルンにはいい経験だろう。何せ、王の隣で話を聞けるのだ。この世界においては、最高レベルの戦経験だよなきっと。持つべきものはやはりコネだね。

 その作戦会議には、当然俺も召集をされた。俺といえば、諸侯の皆さんが話しているのを黙って聞いている。だって、十万人近い戦争に口出しなんて出来ないだろ。
 ただ、俺らが合流した事で多少戦い方が変わる事になったらしい。
 アニアとセシリャが戦場で運用出来るから、遊撃的に動かそうとの事だ。
 これに関しては、二人の意見も聞いてからになるため、後でアルンが直接話に行くことになった。

 そして、議論は次の戦いをいつ仕掛けるかになった。
 ワイン片手のレイコック侯爵様が言った。

「それで、各々方、次の戦いはいつ仕掛ける? 一応勝ったとはいえ、相手の損害はそこまで大きくない。立て直しにかかる時間は、こちらと大差ないだろう」

 侯爵様の言葉に、フラムスティード様とかいう、獣人の侯爵が返事をした。ライオンかよあの人、かっけえ。

「聖女と獣姫が加わり、シラールド殿も一軍を率いるのだ。それに、古竜とドラゴンもいるとか? 何より、そこに無双の戦士がいるではないか。彼に先陣を切ってもらえば、敵の将軍が何人いようが問題ないのであろう? では、何を恐れる必要がある、敵が逃げる前に早々に当たるべきだ」

 フラムスティード侯爵様が、こっちを見てウインクをした。お前が頑張れってことかよ!

「聖女の力で、こちらの兵は大多数が回復済みなのも大きいですね。以前から彼女の噂は聞いていましたが、あれほどまで強力な回復魔法を持っているとは思わなかったです。案外、聖女の守りを完全に固めて前線に置いていれば、彼女だけの力で我が国は勝つのでは? と思うほどですからね」

 優雅な雰囲気で、ブラド様が言った。彼の意見には同意だ。あの力は集団戦では反則に近いよな。重症でない限り、光の柱に入っただけで兵士が息を吹き返すんだ。敵にしたら、無限湧きに近い感覚じゃないか?

 話は主にアニアの運用に関してになってきた。諸侯の皆さんは如何にあの子を使うかを話し合っているが、その中心にいるエアの表情が何だが暗い。どうしたんだと視線を送っていると、俺と目があった。エアは嘆息すると口を開いた。

「皆、聖女に期待するのは良いが、まだ完全に協力を得られると決まってはいないのだぞ? 本人に話を聞いていないし、魔槍が許可を出さなければ、全て絵空事だ。どうだろうか、ゼン?」

 エアは申し訳なさそうに俺を見ている。アニアの力を使いたい気持ちと、それは果たして良いのかと思う気持ちがあるのだろう。
 俺はエアの質問に答えるべく口を開いた。

「エゼルの為ならば、アニアは喜んで戦に加わるでしょう。その事は、既に確認済みですので、王はお気になさらずいてください。ただ、彼女を前線に配置するのであれば、万全の守りはして頂きたい。私が彼女を守るか、最低でもシラールド殿に与えられた一軍に守備を命じていただければと思います」

 俺の言葉にエアは目を閉じて頷いた。微妙に納得していないようだ。まあ、エアからしたら長い間一緒に過ごした可愛い妹分だしな。

「そうであれば、アニアに力を借りるぞゼン。全く、お前の近くにいると、誰も彼もおかしな力を手に入れるな」

 エアは一瞬王の仮面を脱ぎ捨てて、友の表情を見せると笑って見せた。だが、すぐに表情を引き締め得ると、諸侯に向かって口を開いた。

「聞いた通り、聖女は戦に参戦してくれる事になった。諸侯らは絶対に聖女を傷付ける事なきよう動いてほしい。また、一つ言っておくが、彼女はここにいるアルンの兄妹だ。という事は、私の妹のような者だ」

 エアの言葉に一瞬場が凍った。完全に「また始まったわ」みたいな空気になっている。アイツは王の立場で何を言ってるんだと思っていると、まだ言いたい事があるのか言葉を続けた。

「そして、あの子に下手に手を出すと、そこにいる男がその者に制裁を与える事だけは覚えていてほしい。私は諸侯らを失いたくないのだ。理解してくれ」

 エアが俺を見ながらそう言うと、天幕にいる全員の視線が俺に集まった。
 政治的な動きをアニアに対してするなと釘を刺したのだろうが、アイツこうなるって絶対分かって言っただろ……。マジでやめてほしいんだが!?
 俺が少し恨み節を込めた視線を送ると、エアは若干口角を上げて目を逸らした。
 ……まあ、エアも緊張続きだったみたいだし、この程度で削れた心が回復するならば、少しぐらいは我慢してやるか。
 俺はそんな事を考えて、皆の視線から逃げるべく、静かに目を閉じて耐える事にした。

 作戦会議では、次の戦いは明後日以降の早いうちに、こちらから仕掛ける事になった。
 これで今日の作戦会議は大体終わり、この場には最大勢力を持つ三侯爵とエア、それに俺やアルンが残った。エアから人材が足りないからと兵を任されたシラールドはまだ戻ってこない。まあ、アルンが話を聞いてるから、後でちゃんと説明をしてくれるだろう。

 さて、会議を聞いていて分かったのだが、シーレッド側は今、本陣を近くの街周辺に取っている。
 その為、次の戦いは攻城戦になるのかと思っていたのだが、どうやらまた野戦になるらしい。
 今日の戦いではそこまで兵の消耗はしていないので、まだ数の上ではシーレッドが上だし、現段階で籠城戦をするメリットが余りないからとの事だ。
 この世界の大きな街は必ず城壁を持っているので、籠もれるならば使えば良いと思うのは間違いらしい。この辺り、全く戦の勉強をしていないから良く分からないので、アルンに聞いてみたら答えてくれた。

「数が上回る戦で籠城をすれば、それだけで士気が下がります。どれだけ兵に説明しても、籠城は攻勢とは真逆の行動ですから。それに、十万人を超える兵士を街に収容する事が難しいです。面積的には問題ありませんが、元の住人の四倍以上の人数を押し込めるのですから、いろいろと問題が発生します。それに、食糧の問題もあります。メリットはあるでしょうが、今取る作戦ではないという事ですね」

 とこんな感じで、優秀な答えをくれた。良い事を言ったと思うのに、アルンは誇る様子も見せていない。ドヤ顔とかしてたらそれはそれで、いやだけど。
 アルンの話を聞いて、俺はある事を思い出した。

「食糧の問題だけどさ、ここから東にあるエクターを、ラングネルの大公様が抑えたから、もう少しすると供給が途絶えると思うぞ」
「……ゼン、その話を詳しく」

 アルンに話しかけたのだが、俺の言葉が耳に入ったのか、エアがこちらを向いて話しかけてきた。

「はい、ラングネル大公国はご存知ですよね?」
「あぁ、もちろん知っている。後、普通にしゃべれ」

 一応知らない侯爵が二人もいるから敬語だったけど、問題ないらしい。

「分かった。あそこのギディオン・ターヴェイ大公を軟禁から救って、エクターを支配していた伯爵家を排除したんだよ。だから、今あの一帯はシーレッドから外れてラングネル大公国として独立している形になってる」
「うむ……、とても良い状態だと思えるのだが、皆、これはどうなのだ?」

 エアはそう言いながら、三侯爵への意見を求めた。
 レイコック侯爵様は、俺を見て苦笑いをすると言った。

「ゼン、お前は本当に王家を救うのが好きだな……。神がよこした勇者ではないのが不思議なぐらいだ。エリアス様、ラングネルが独立した事は喜ぶべきでしょう。領土の問題は発生する可能性がありますが、それは勝ってからの話です。シーレッドに勝つ事だけを考えれば、恩賞物だと」

 続いてフラムスティード侯爵様が、豪快に笑いながら言った。

「がははは、お前さんはどれだけ手柄を立てるつもりだ? 気に入ったぞ、欲しければ俺の娘をやるから何時でも言ってくれ」

 ライオン顔のおっさんが、物凄い笑っている。そして、面倒くさい事になりそうな話をしてやがる。絶対に野性的なお嬢さんなんだろ? それはそれで物凄く魅力的だけど、面倒くさそうだから絶対にやだわ。てか、エアの質問に答えてやれよ……

 最後に二侯爵の話を聞いて、笑みを浮かべているブラド様が口を開いた。

「ふふふ、彼が来ただけでこれだけ状況が変わりますか。我が王の表情も明るくなり、嬉しい限りです。ラングネル大公国に関しては、エゼルが後ろ盾になれば良いでしょう。今から戦後の事を話すのは、レイコック殿が言った通り無粋かもしれませんが、状況によっては我が国とシーレッドの緩衝地になるやもしれません。今からでもエゼルとして使者を送るべきかと。そうそう、フラムスティード殿は彼を気に入ったようですが、実は今日、私は彼に命を救われましてね? そのお礼に私の娘を、と思うのですよ。フラムスティード殿には悪いのですが、命を救われては仕方がないと思うので、ここは譲っていただけないでしょうか?」

 笑う野性的なおっさんと、すまし顔の綺麗な兄ちゃんが、視線を絡ませている。二人とも表情は変えないが、目が笑ってない。おいおい、内輪揉めは止めてくれっていうか、俺に無断で超重要な話を進めてるんじゃねえええ!
 こんな俺の心の声が聞こえたのか、エアが椅子から立ち上がると言った。
 エアよ言ってやれ、王として毅然とした態度でたしなめるのだ。

「ゼンの嫁は決まっている! 俺の妹と結ばれるんだ! だから、その話は絶対に駄目だぞ!」

 エアの言葉にまた場が凍った。王様面どこ行ったんだよ……。
 まあ、エアのお蔭で二侯爵の話はなかった事になり、俺的には助かった。
 エアは発言した後に、しまったという顔をして、気が緩み過ぎたと反省している。王様がしゅんとしている話し合いの場ってどんなんだよ。
 その後は、多くの諸侯がいた作戦会議では話さなかった、俺らのこれまで行動などを伝えていく。

「では、シーレッドは今、三面で戦いを展開している状況なのですね……」

 ブラド様が顎に手を当てそう言うと、レイコック侯爵様が続いた。

「これは……。シーレッドは我々に保有する半数近くの兵を当てたのだ、残りの三割を北東で動き始めた樹国を抑えるのに動かすと思っていた。だが、南東でもカフベレ国が独立を宣言したとなると、兵を分けざるを得ないだろう」

 フラムスティード侯爵が真剣な表情をして言う。

「うむ、樹国を抑えられなければ、シーレッドは一気に北東を奪われる事になるだろう。樹国も隙あらば戦力を投入すると密書が届いていたはず。そうですな王よ」

 話を振られたエアは、大きく頷くと口を開いた。

「そうだ、あの国の長老とはヴァージニアが密に連絡を取っている。援軍要請は行路の問題で行わなかったが、シーレッドとの前線に増援を行い、あちら側から圧力をかけるとあった。確か、あのケンタウロスの将軍と、盾の将軍は樹国を担当していたはず。それがこちらに来ているのだから、もしかしたら今頃は前線を押し上げている可能性があるな……」

 俺がもたらした情報はエアたちを難しい表情にしてしまった。だがそれは、新たに出来た前向きな展望に対して、どうすべきか考慮しているからだろう。
 最後に俺はある人物の紹介を行うべく、一度アニア達がいる天幕へと戻り、一人の女性を連れてきた。

「こちらは、カフベレ国王女ラーレ様です」

 俺が皆に向けてそう言うと、ラーレは余裕を見せた表情をしてゆっくりと頭を下げた。

「ラーレと申します。エゼル王との謁見が叶い、嬉しく思います」

 短いながらも完璧なお辞儀だ。物凄いこの星の重力を感じる。フラムスティード侯爵様の視線が釘づけだ。あれ注意しないでいいのか……?
 ちょっとだけライオンおっさんにやめるよう視線を送ると、気付いてくれたのか「おっと」とか言いながら視線を外していた。

「先ほど言った通り、ラーレ様は敵の将軍であるメルレインの取り込みの為、ご協力をお願いしています。これから私はメルレインに手紙にて意思を伝えてきます。これがもし成れば、シーレッドは三人目の将軍を失うことになるでしょう」

 俺の言葉にエアも三侯爵も目を見開いた。シーレッドの要である将軍の半数を失えば、その地位は失墜すると言っても過言ではない。既に大将軍とそれに続くレキウスを失った時点で、面子も何もなさそうだけどね。
 ラーレの紹介は済んだ。
 彼女の居場所はエアに用意させて、俺は有言実行をするべくエゼルの陣から出て、シーレッドの陣へと侵入することにしたのだった。
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