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341 誰がために鐘は鳴る⑥

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「ちっ、いい技を持っているではないか」

翼を折りたたむ黒い竜を見て、舌打ちをする。
あの巨体で空を舞うとはな。長時間は飛べない様だが、厄介な事に変わりはない。

(クロードの方は……まだ時間がかかりそうだな)

ちらりと後ろを見ると、クロードは剣を構えたまま額に汗を浮かばせている。
剣を覆う魔力はじわじわと増えているようだが、いかんせんクロードの魔導の才能は低いのだ。
かなり時間が掛かると思って間違いはあるまい。

クロードは普段、魔導剣を使っていない。
一度クロードに聞いた事があるが、魔導剣は難易度が非常に高いらしい。
下手に剣に魔導を込めると、折れたり、それどころか自身に跳ね返ったりもするらしい。
それを防ぐため魔力で剣を覆い、斬撃の瞬間に魔導を乗せ、放つ。
使い慣れたスクリーンポイントや、低レベルの魔導ならともかく、人の魔導でそれをやるのは至難の技だろう。
しかもワシの強力な魔導なのだ。
受け皿を構成するだけでも、時間はかかる。

「す、すみませんゼフ君……急いでいるのですが……っ!」
「落ち着け、クロード」

震える声で言うクロードの頭にぽんと手を載せ、落ち着かせるように声をかけてやる。

「焦る必要はない。それともワシの時間稼ぎは信じられんか?」
「い、いえ、そんなことは……」
「なら任せておけ」
「……はい」

ワシの言葉に安心したのか、クロードの身体の震えが収まっていく。
やれやれ、まだ精神的に未熟だな。

「ヤツの動きは止めておく。クロードはそちらに集中しろ」
「わかりました……くれぐれも気を付けて、ゼフ君」
「おいおい、ワシを誰だと思っているのだ?」

ワシがおどけてみせると、クロードは困ったように笑う。
ちっ、失礼な奴め。ワシは苦笑すると、黒い竜の方へ向き直る。

「――――というわけだ、もう少し付き合って貰うぞ」
「ギガァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!」

咆哮を上げる黒い竜へ向け、駆ける。
あぁは言ったがこいつ相手では、流石のワシでもそこまで余裕があるわけではない。
先刻のように、クロードを守りながらではすぐに魔力が尽きてしまう。
万が一クロードに攻撃が及べば、折角長い時間をかけて込めた魔力も散ってしまうかもしれないしな。
――――ここは接近戦で行く。

「ガァゥ!」

奴の足元にまで近づいたワシを蹴り飛ばそうと、奴が足を振り上げる。
そのタイミングを狙い、ブルーウォールを水平に向け念じた。
ワシの手元から発生した氷の壁が、地面の上に氷の床を作り、丁度振り下ろされた足は氷の床を滑り、空を切った。
そのまま転倒し、仰向けに転がる黒い竜の足を伝い、腹の上へと登る。
奴の身体を覆う黒い霧に触れると、ぞわりと背筋が泡立つような感じがした。

「やはりこいつが魔導の効果を弱めているようだな」

霧に身体を覆われていると、魔力が失われていくのを感じる。
スクリーンポイントに触れているような感じに似ているな。
こんなものに囲まれていては、魔導など大して効かないのも道理である。
やはり内部から吹き飛ばすしかあるまい。

「それにはまず、動きを止めなければ……なっ!」

そう言って念じるのは、ブルーウォール。
一枚だけではない。何枚も連続して念じ、黒い竜の背に落としていく
もがく右手に一枚。
地面を掻きむしる左手に一枚。
身体を返そうと、力む右足に一枚。
じたばたと地面を叩く左足に一枚。
逃れようと生やした翼に一枚、暴れ狂う尾に一枚……
ワシがブルーウォールを念じるたび、氷の壁が黒い竜の身体を地面に縫い付けていく。
さながら振り下ろされる断頭台の刃が如く。

「ガッ! グギッ!? ガァァアッ!?」

肉厚の氷の刃が落ちるたび、黒い竜が鈍い呻き声を上げる。

「このまま全身氷漬けにしてやるぞ」
「ガァア……!」

ワシの方を向き、黒い霧を吐きだそうとする奴の首へ、一枚。
口の中に溜りかけていた黒い霧が、ぼふんと音を立てて漏れる。
ふん、何もさせるつもりはないぞ。

「……ッ! だ、だがこれは疲れるな……」

魔力を削られながらの魔導の連打。特にブルーウォールは魔力の消費が大きい。
魔力回復薬を飲み干し、投げ捨て、また飲み干しては氷の壁を叩き落としていく。
それをどれだけ繰り返しただろうか。
いつの間にか、辺りは一面の氷景色となっていた。

「はぁ……はぁ……ふぅ、これだけやれば流石に動けまいが」

氷の上で、ワシはどかりと腰を下ろす。
ひんやりとした氷の感触が気持ち良い。
透けた氷の下を見ると、黒い竜の影が見える。
どうやら上手く閉じ込めることが出来たようだ。

「流石にこの氷牢からは逃れられぬようだな……とはいえ時間が経てば、黒い霧が氷を溶かしてしまうだろう。クロードもそろそろ準備が出来た頃か」

そう思いクロードの方を見た瞬間である。
足元の氷に、何か黒いものが動くのが映った。
咄嗟に飛びのくワシの背に、鈍い衝撃が走る。

「が……っ!?」

苦悶の声を上げながら振り返るワシが見たのは、長く伸びた黒い竜の尾である。
そう、文字通り長く、長く伸びているのだ。
伸ばしたと言った方が正しいだろうか、尾だけではなく、首と胴も薄く、長く伸ばして氷から脱出しつつある。

――――誤算だった。
奴が翼を巨大化させた時点で気づくべきだったのだ。
黒い魔物は状況により、その姿を変えることが出来るという事に。

長い滞空時間の後、ワシはそびえる氷壁の上から地面へと叩きつけられた。
ごろごろと地面を転がり、激痛に耐えながらも何とか立ち上がる。

(セイフトプロテクションを張ってなければ即死だったな……)

それでもダメージは大きいようで、立っているだけでもしんどい状態だ。
かすむ視界の中で、黒い竜は薄く広げた身体をよじりながら、氷の牢から脱出していく。

「グギギ……!」

氷から完全に脱出し、身体を元に戻した黒い竜は勝ち誇ったように嗤う。
そして一歩、ワシの方へと足を踏み出してきた。
……反則だな。あそこまで形状変化されては、とてもではないが動きを止めることは出来ないぞ。

「……ワシには、な」

そう言って、ワシは黒い竜を見てニヤリと笑う。

「グルゥ……?」

不思議そうに鳴く黒い竜。
その頭上に、突如黒い影が生まれた。
徐々に大きくなる風切音と共に、黒い影も大きくなっていく。

「おおおおおおおおおおおおおおおまたせしましたぁああああああああああああああ!!」

ずずずん! と、雄叫びと共に落ちてきたのは巨大な岩石……いや、あれはタイタニアだ。
飛び蹴りの格好で黒い竜の頭を踏みつけたタイタニアは、もう片足で胴を押さえつけ腕組みをして、立つ。

「メア=エルヴィン、ゼフさまの呼びかけに応じてただ今参上! ですぅっ!」 
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