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Melting Sweet
Act.4-03
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ところが――杉本君は私の予想を見事に覆す行動に出た。
嗚咽を漏らし続ける私を杉本君の元へと引き寄せ、そのまま強く抱き締めてきた。
「そんなに自分を貶めないで」
杉本君が私に囁く。
「完璧な人間なんてどこにもいません。俺だって、表面上ではいい顔をしているかもしれませんが、これで好き嫌いがはっきりしているんです。――俺は、付き合ったことのある女に、『思いやりがない』、『考えてることが分からない』って散々言われ続けました。当然ですね。だって、告白されて何となく付き合ったようなものでしたから」
杉本君は抱き締める腕の力をわずかに緩めた。そして、私の顔を覗き込むと、微かな笑みを向け、親指で涙を拭ってくれた。
「俺はガキだったから、女と寝られたらそれでいい、って思ってたんです。言ってしまえば、性欲を満たす道具程度にしか考えてなかったってことです。
さっきは唐沢さんに偉そうなことを言いましたけど、俺の方がよっぽど最低ですよ。唐沢さんは少なからず、相手の男に恋愛感情は持っていたわけでしょ? でも俺の場合、恋愛感情なんてなくても……、女なら誰でも抱けたんですよ……」
私は目を瞠った。杉本君の言葉はとても信じられない。けれども、彼の目を見る限り、冗談を言っているようにも思えない。
「――今も……」
私は杉本君に真っ直ぐな視線を注いだまま、ゆったりと続けた。
「杉本君は誰とでも寝られる? ――例えば、私なんかとでも……」
言い終える間もなく、杉本君は私の唇に彼の人差し指をくっ付け、首をゆっくりと横に振る。これ以上は言うな、という合図のつもりだろう。
「俺がこれから言うこと、聴いてくれますか?」
私は少しばかり固まったまま、瞬きを数回繰り返す。でも、すぐに我に返り、静かに首を縦に動かした。
「さっきも言いましたけど、ちょっと前の俺だったら、女ならば誰でもいいって思ってました。でも、今は違います。あなたと出逢って、あなたに恋をしてから、あなただけをずっと見つめてきました。だからと言って、あなたを今すぐに抱きたいというわけではない。――あなたが大切だから、傷付けたくないから、あなたが望まないならば、俺は黙って身を引くつもりです……」
何を言ってるの? と私は思った。私に、付き合って、と言ってここまで連れて来たのは他でもない杉本君なのに。
「――狡い……」
私は杉本君から視線を外し、そのまま額を杉本君の胸元へと押し付けた。
「杉本君は私に逃げ道を与えようとしてくれてるのかもしれない。けど、それってかえって傷を深くするだけだってどうして気付かないの……?」
口にしながら、私は自分の言動に驚いていた。けれど、歯止めが利かず、思うがままに吐き出した。
「私は逃げない。杉本君が私を抱きたいと思ってくれてるんなら抱けばいい。――私は、利用されることに慣れてるから……」
ここまで言うと、私はゆっくりと頭をもたげた。
杉本君は何も言わない。ただ、私を神妙な面持ちで見つめている。
「――唐沢さん」
しばしの沈黙のあと、杉本君が重い口を開いた。
「もしかして、自棄になってませんか? 俺が、変な話をしてしまったから……」
痛いところを衝かれた気がした。職場では仕事をバリバリこなし、プライベートでは男達を潰すほどの、自他共に認める酒豪。けれども本当は、誰かに依存したくて仕方ない甘えたがり。
結局、私も――いや、私こそ杉本君を利用しようとしている。杉本君が私に想いを寄せていてくれていたことをいいことに、私の中にぽっかりと空いた隙間を埋めてもらおうとしている。
「――自棄になってない、とは言いきれない……」
私は素直な気持ちを吐露した。
「でも、杉本君に抱かれたいと思ったのも嘘じゃない。恋してるかどうかは別にして……、今はただ、杉本君と……」
言いかけた言葉は、杉本君の口付けによって封じられた。最初は唇同士が重ねられているだけだったけれど、しだいに深さを増し、割れ目から舌を絡ませてくる。
静まり返った室内に、唾液を吸い上げる音がやけに煩く響き渡る。頭の中もぼんやりとしてくる。飲み続けていたお酒のせい、というよりも、杉本君のキスに私は完全に酔っている。
私達は時間をかけて貪り合った。飢えた獣のように求め、やがて、どちらからともなく唇を離した。
「――まだ、間に合いますよ……?」
キスまでしておいて、まだそんなことを言ってくる。私は眉をひそめ、杉本君を睨んだ。
「そんな怖い顔をしないで」
杉本君は困ったように微苦笑を浮かべながら肩を竦める。
「唐沢さんが突き放してくれなきゃ、ほんとに歯止めが利かなくなりますから。もちろん、ここで押し倒すつもりは全くありませんけど」
再び、私の唇に杉本君のそれを軽く押し付ける。そして、「後悔、しませんか?」と念を押してきた。
「後悔なんてしないわ」
私は杉本君を見据えたままで続けた。
「今はとにかく、杉本君が欲しくて仕方ないもの。私を、杉本君で満たして……?」
杉本君はわずかに目を見開いた。でも、すぐに笑みを取り戻し、「敵わないな」と溜め息を交えながら口にした。
「唐沢さんにおねだりされたら、これ以上我慢出来なくなっちゃうじゃないですか」
杉本君は私の肩を抱くと、耳元で囁いた。
「ここを出たら、あなたを抱きます」
嗚咽を漏らし続ける私を杉本君の元へと引き寄せ、そのまま強く抱き締めてきた。
「そんなに自分を貶めないで」
杉本君が私に囁く。
「完璧な人間なんてどこにもいません。俺だって、表面上ではいい顔をしているかもしれませんが、これで好き嫌いがはっきりしているんです。――俺は、付き合ったことのある女に、『思いやりがない』、『考えてることが分からない』って散々言われ続けました。当然ですね。だって、告白されて何となく付き合ったようなものでしたから」
杉本君は抱き締める腕の力をわずかに緩めた。そして、私の顔を覗き込むと、微かな笑みを向け、親指で涙を拭ってくれた。
「俺はガキだったから、女と寝られたらそれでいい、って思ってたんです。言ってしまえば、性欲を満たす道具程度にしか考えてなかったってことです。
さっきは唐沢さんに偉そうなことを言いましたけど、俺の方がよっぽど最低ですよ。唐沢さんは少なからず、相手の男に恋愛感情は持っていたわけでしょ? でも俺の場合、恋愛感情なんてなくても……、女なら誰でも抱けたんですよ……」
私は目を瞠った。杉本君の言葉はとても信じられない。けれども、彼の目を見る限り、冗談を言っているようにも思えない。
「――今も……」
私は杉本君に真っ直ぐな視線を注いだまま、ゆったりと続けた。
「杉本君は誰とでも寝られる? ――例えば、私なんかとでも……」
言い終える間もなく、杉本君は私の唇に彼の人差し指をくっ付け、首をゆっくりと横に振る。これ以上は言うな、という合図のつもりだろう。
「俺がこれから言うこと、聴いてくれますか?」
私は少しばかり固まったまま、瞬きを数回繰り返す。でも、すぐに我に返り、静かに首を縦に動かした。
「さっきも言いましたけど、ちょっと前の俺だったら、女ならば誰でもいいって思ってました。でも、今は違います。あなたと出逢って、あなたに恋をしてから、あなただけをずっと見つめてきました。だからと言って、あなたを今すぐに抱きたいというわけではない。――あなたが大切だから、傷付けたくないから、あなたが望まないならば、俺は黙って身を引くつもりです……」
何を言ってるの? と私は思った。私に、付き合って、と言ってここまで連れて来たのは他でもない杉本君なのに。
「――狡い……」
私は杉本君から視線を外し、そのまま額を杉本君の胸元へと押し付けた。
「杉本君は私に逃げ道を与えようとしてくれてるのかもしれない。けど、それってかえって傷を深くするだけだってどうして気付かないの……?」
口にしながら、私は自分の言動に驚いていた。けれど、歯止めが利かず、思うがままに吐き出した。
「私は逃げない。杉本君が私を抱きたいと思ってくれてるんなら抱けばいい。――私は、利用されることに慣れてるから……」
ここまで言うと、私はゆっくりと頭をもたげた。
杉本君は何も言わない。ただ、私を神妙な面持ちで見つめている。
「――唐沢さん」
しばしの沈黙のあと、杉本君が重い口を開いた。
「もしかして、自棄になってませんか? 俺が、変な話をしてしまったから……」
痛いところを衝かれた気がした。職場では仕事をバリバリこなし、プライベートでは男達を潰すほどの、自他共に認める酒豪。けれども本当は、誰かに依存したくて仕方ない甘えたがり。
結局、私も――いや、私こそ杉本君を利用しようとしている。杉本君が私に想いを寄せていてくれていたことをいいことに、私の中にぽっかりと空いた隙間を埋めてもらおうとしている。
「――自棄になってない、とは言いきれない……」
私は素直な気持ちを吐露した。
「でも、杉本君に抱かれたいと思ったのも嘘じゃない。恋してるかどうかは別にして……、今はただ、杉本君と……」
言いかけた言葉は、杉本君の口付けによって封じられた。最初は唇同士が重ねられているだけだったけれど、しだいに深さを増し、割れ目から舌を絡ませてくる。
静まり返った室内に、唾液を吸い上げる音がやけに煩く響き渡る。頭の中もぼんやりとしてくる。飲み続けていたお酒のせい、というよりも、杉本君のキスに私は完全に酔っている。
私達は時間をかけて貪り合った。飢えた獣のように求め、やがて、どちらからともなく唇を離した。
「――まだ、間に合いますよ……?」
キスまでしておいて、まだそんなことを言ってくる。私は眉をひそめ、杉本君を睨んだ。
「そんな怖い顔をしないで」
杉本君は困ったように微苦笑を浮かべながら肩を竦める。
「唐沢さんが突き放してくれなきゃ、ほんとに歯止めが利かなくなりますから。もちろん、ここで押し倒すつもりは全くありませんけど」
再び、私の唇に杉本君のそれを軽く押し付ける。そして、「後悔、しませんか?」と念を押してきた。
「後悔なんてしないわ」
私は杉本君を見据えたままで続けた。
「今はとにかく、杉本君が欲しくて仕方ないもの。私を、杉本君で満たして……?」
杉本君はわずかに目を見開いた。でも、すぐに笑みを取り戻し、「敵わないな」と溜め息を交えながら口にした。
「唐沢さんにおねだりされたら、これ以上我慢出来なくなっちゃうじゃないですか」
杉本君は私の肩を抱くと、耳元で囁いた。
「ここを出たら、あなたを抱きます」
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