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第七話 素直になりたい
Act.3
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夕純のアパートを出てから、涼香はのろのろと自宅へと向かった。
だいぶ飲み過ぎた。気付けば空き缶がテーブルにぎっしり載っていて、酔っていたとはいえ、やり過ぎてしまったと少々慌てた。
結局、後片付けも夕純に押し付ける形になってしまった。もちろん、手伝う気満々だったのだが、夕純に強く断られてしまったのだ。明日やるからいい、と。
春の陽気が増し、暖かくなっている。しかし、やはり夜はまだ空気がひんやりとしている。時おり吹き抜けるそよ風が、火照った身体をほど良く癒してくれる。
ふと、公園が目に飛び込んだ。いつもの通勤の通り道の中にあるのだが、普段であればただ素通りしている。だが、今は何かに導かれるように公園の中へと足を踏み入れていた。
夜の公園はシンと静まり返っている。日中であれば子供達の賑やかな笑い声が辺りに溢れているのに、今は頼りなく灯されている白熱灯がどこか物悲しさを誘ってくる。
涼香は公園の一番奥に置かれたベンチに腰を下ろした。そして、バッグから携帯電話を取り出す。
ぼんやりと、携帯から放たれる明かりが涼香の手元を照らす。目を凝らし、液晶画面をスクロールさせてゆくと、朋也の携帯番号にカーソルを合わせてストップさせた。
酔った勢いならば、と思った。しかし、どれほどアルコールを身体に入れても、いざとなると通話ボタンを押すのを躊躇ってしまう。そもそも、こんな時間に電話をかけること自体が迷惑かもしれない、と。
涼香はしばらく考えた。夕純に励まされ、少しでも自分に素直になろうと思って朋也と話そうとしているのに、やはり怖い。だが、いつまでも立ち止まっていては何も始まらない。
「よし!」
涼香は深呼吸をしてから、とうとう通話ボタンを押した。耳に携帯を押し当てると、コール音が鳴り続ける。と、五回ぐらい鳴ってから、音はプツリと消えた。
涼香に緊張が一気に走った。
『――もしもし?』
「ごめん高沢君。――もしかして寝てた?」
『いや、さっきまで風呂行ってたから。ちょっと出るのが遅くなった』
「えっ、ごめん! やっぱり邪魔しちゃったね……」
やはり、悪いことをしてしまったと思ったが、朋也は全く気にした様子もなく、『いや、ほんと大丈夫だから』とあっけらかんと答えてきた。
「――ほんとに?」
『うん』
ここで涼香もようやくホッと胸を撫で下ろした。
それから、朋也とは二十分ぐらい話しただろうか。急に電話した理由を訊かれ、声を聴きたくなったと言えたこと、そして、この間のことを謝罪出来たのは、涼香的にはかなり進展があった。ただ、やはりいつもの癖で、照れ隠しのために異様なまでに笑ってしまったのだが。
通話を切ってから、一気に脱力感に襲われた。アルコールのせいだけじゃない。いや、むしろアルコールを呷ったあと以上に全身が熱くなっている。
「頑張ろう」
自分を励まそうと声に出して言ってみた。自分の気持ちに蓋をせず、紫織のように真っ直ぐに進めるよう。もちろん、涼香なりのやり方で。
(もしかしたら、ほんの少しでも望みはあるかもしれない)
確信はない。だが、涼香と関わりたくないと思っているなら、携帯番号やメールアドレスを教えてくれたりはしないだろう。そう信じたかった。
涼香は携帯を折り畳んだ。そして、バッグにしまい込むと勢い良く立ち上がる。
「気合いよ気合い!」
つい、声を張り上げてしまったことに気付き、涼香は慌てて自らの口元を抑える。
それから、ゆっくりと外の空気を全身に取り込む。少しずつ、心が和らいでゆくような気がした。
【第七話 - End】
だいぶ飲み過ぎた。気付けば空き缶がテーブルにぎっしり載っていて、酔っていたとはいえ、やり過ぎてしまったと少々慌てた。
結局、後片付けも夕純に押し付ける形になってしまった。もちろん、手伝う気満々だったのだが、夕純に強く断られてしまったのだ。明日やるからいい、と。
春の陽気が増し、暖かくなっている。しかし、やはり夜はまだ空気がひんやりとしている。時おり吹き抜けるそよ風が、火照った身体をほど良く癒してくれる。
ふと、公園が目に飛び込んだ。いつもの通勤の通り道の中にあるのだが、普段であればただ素通りしている。だが、今は何かに導かれるように公園の中へと足を踏み入れていた。
夜の公園はシンと静まり返っている。日中であれば子供達の賑やかな笑い声が辺りに溢れているのに、今は頼りなく灯されている白熱灯がどこか物悲しさを誘ってくる。
涼香は公園の一番奥に置かれたベンチに腰を下ろした。そして、バッグから携帯電話を取り出す。
ぼんやりと、携帯から放たれる明かりが涼香の手元を照らす。目を凝らし、液晶画面をスクロールさせてゆくと、朋也の携帯番号にカーソルを合わせてストップさせた。
酔った勢いならば、と思った。しかし、どれほどアルコールを身体に入れても、いざとなると通話ボタンを押すのを躊躇ってしまう。そもそも、こんな時間に電話をかけること自体が迷惑かもしれない、と。
涼香はしばらく考えた。夕純に励まされ、少しでも自分に素直になろうと思って朋也と話そうとしているのに、やはり怖い。だが、いつまでも立ち止まっていては何も始まらない。
「よし!」
涼香は深呼吸をしてから、とうとう通話ボタンを押した。耳に携帯を押し当てると、コール音が鳴り続ける。と、五回ぐらい鳴ってから、音はプツリと消えた。
涼香に緊張が一気に走った。
『――もしもし?』
「ごめん高沢君。――もしかして寝てた?」
『いや、さっきまで風呂行ってたから。ちょっと出るのが遅くなった』
「えっ、ごめん! やっぱり邪魔しちゃったね……」
やはり、悪いことをしてしまったと思ったが、朋也は全く気にした様子もなく、『いや、ほんと大丈夫だから』とあっけらかんと答えてきた。
「――ほんとに?」
『うん』
ここで涼香もようやくホッと胸を撫で下ろした。
それから、朋也とは二十分ぐらい話しただろうか。急に電話した理由を訊かれ、声を聴きたくなったと言えたこと、そして、この間のことを謝罪出来たのは、涼香的にはかなり進展があった。ただ、やはりいつもの癖で、照れ隠しのために異様なまでに笑ってしまったのだが。
通話を切ってから、一気に脱力感に襲われた。アルコールのせいだけじゃない。いや、むしろアルコールを呷ったあと以上に全身が熱くなっている。
「頑張ろう」
自分を励まそうと声に出して言ってみた。自分の気持ちに蓋をせず、紫織のように真っ直ぐに進めるよう。もちろん、涼香なりのやり方で。
(もしかしたら、ほんの少しでも望みはあるかもしれない)
確信はない。だが、涼香と関わりたくないと思っているなら、携帯番号やメールアドレスを教えてくれたりはしないだろう。そう信じたかった。
涼香は携帯を折り畳んだ。そして、バッグにしまい込むと勢い良く立ち上がる。
「気合いよ気合い!」
つい、声を張り上げてしまったことに気付き、涼香は慌てて自らの口元を抑える。
それから、ゆっくりと外の空気を全身に取り込む。少しずつ、心が和らいでゆくような気がした。
【第七話 - End】
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退会済ユーザのコメントです
唐紅様、ありがとうございます。
すっかり見落としていました(^_^;)
これからも頑張ります。
本当にありがとうございます(*^^*)