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知っています
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諭が退院する日、最後の検温の為にカーテンを開けた看護師は、記録を終えてから、
「富樫さん。」
と、改まって声をかけた。
「はい。何かありますか?」
諭はこの時初めてネームプレートを見た。
ーーん?誰だったっけ?見覚えあるような…ないような……。
「プライベートな話なんですが、ちょっといいですか?」
看護師の真剣な声色に、諭は思わず相手の目を見た。
「あの、私、鴨井あすかの妹なんです。姉をご存知ですよね?」
「鴨井あすか……。はっ、あの人か!あの人の妹?君が?」
忌々しい思い出に名を馳せる人物の妹が、まさか自分の担当だったとは。
しかも、よく見ると、目元があすかによく似ている。
「その節はご迷惑をお掛けしたみたいで、本当に申し訳ありませんでした。
今回富樫さんの担当になると知った時、折を見て謝罪したいと思っていたんです。その、姉はあの通り、融通が利かない頑固者で、ワガママで、お姫様気取りで、どうしようもないんで、只ならぬ迷惑をかけたんだろうと思います。
富樫さんが病気になったのも、姉の存在に一因あると思いまして。」
妹の鴨井すみかさんは、ひたすら頭を下げて申し訳なさそうに諭に謝った。
何故姉本人でなく、妹が謝るのか、諭には理解し難かったが、とにかくここは病室だし、ことを荒げたくなかったので、
「いや、もう過ぎたことなんで。」
と、遮断した。
それが悪かったのか、退院手続きを終え、病院を出てからも、彼女は諭を追いかけてきた。
(しつこさは姉妹そっくりだ。)
と、諭は舌打ちしたが、すみかには聞こえていなかった。
「あの、お詫びをしたいんです。関わりたくないと思うのは十分わかっています。ですが、私のわがままなのもわかっていますが、気持ちがおさまらなくて。」
「わかっているならやめて下さい。金輪際、関わりたくないんです。鴨井さんとは。全てがあの人のせいではないにしても、受け入れる気はありませんから。たとえ本人が謝罪してもね。」
諭は女性に対して、こんなに酷い言い方をしたことはなかった。だが、胸の内ではよく思ってはいた。
今回は思うだけではなく、口に出すべきだと判断した。
もう、以前のように、1人でも多くの女性に好かれたい欲望もないし、過去に縛られるよりも修也の未来を計画立てるほうが先決だったから。
「もし、また病院で会うことがあっても、鴨井あすかさんのことは話題にあげないで下さい。そして僕の担当にはならないでください。先生にも言っておいて下さい。では。」
今更掘り返して話したって、失ったものは戻ってこない。
諭は鴨井すみかに顔を向けず、大きなスーツケースを手に帰路に着いた。
食生活を管理してもらえたせいか、1週間で体が軽くなったような気がする。
継続できればいいが、小さな子がいれば難しいだろう。だが、その子のためにも健康でいなければならない。
「親になるのは本当、大変だな。」
わかっているようでわかっていなかった。まだまだこの先は長いのだから。
「富樫さん。」
と、改まって声をかけた。
「はい。何かありますか?」
諭はこの時初めてネームプレートを見た。
ーーん?誰だったっけ?見覚えあるような…ないような……。
「プライベートな話なんですが、ちょっといいですか?」
看護師の真剣な声色に、諭は思わず相手の目を見た。
「あの、私、鴨井あすかの妹なんです。姉をご存知ですよね?」
「鴨井あすか……。はっ、あの人か!あの人の妹?君が?」
忌々しい思い出に名を馳せる人物の妹が、まさか自分の担当だったとは。
しかも、よく見ると、目元があすかによく似ている。
「その節はご迷惑をお掛けしたみたいで、本当に申し訳ありませんでした。
今回富樫さんの担当になると知った時、折を見て謝罪したいと思っていたんです。その、姉はあの通り、融通が利かない頑固者で、ワガママで、お姫様気取りで、どうしようもないんで、只ならぬ迷惑をかけたんだろうと思います。
富樫さんが病気になったのも、姉の存在に一因あると思いまして。」
妹の鴨井すみかさんは、ひたすら頭を下げて申し訳なさそうに諭に謝った。
何故姉本人でなく、妹が謝るのか、諭には理解し難かったが、とにかくここは病室だし、ことを荒げたくなかったので、
「いや、もう過ぎたことなんで。」
と、遮断した。
それが悪かったのか、退院手続きを終え、病院を出てからも、彼女は諭を追いかけてきた。
(しつこさは姉妹そっくりだ。)
と、諭は舌打ちしたが、すみかには聞こえていなかった。
「あの、お詫びをしたいんです。関わりたくないと思うのは十分わかっています。ですが、私のわがままなのもわかっていますが、気持ちがおさまらなくて。」
「わかっているならやめて下さい。金輪際、関わりたくないんです。鴨井さんとは。全てがあの人のせいではないにしても、受け入れる気はありませんから。たとえ本人が謝罪してもね。」
諭は女性に対して、こんなに酷い言い方をしたことはなかった。だが、胸の内ではよく思ってはいた。
今回は思うだけではなく、口に出すべきだと判断した。
もう、以前のように、1人でも多くの女性に好かれたい欲望もないし、過去に縛られるよりも修也の未来を計画立てるほうが先決だったから。
「もし、また病院で会うことがあっても、鴨井あすかさんのことは話題にあげないで下さい。そして僕の担当にはならないでください。先生にも言っておいて下さい。では。」
今更掘り返して話したって、失ったものは戻ってこない。
諭は鴨井すみかに顔を向けず、大きなスーツケースを手に帰路に着いた。
食生活を管理してもらえたせいか、1週間で体が軽くなったような気がする。
継続できればいいが、小さな子がいれば難しいだろう。だが、その子のためにも健康でいなければならない。
「親になるのは本当、大変だな。」
わかっているようでわかっていなかった。まだまだこの先は長いのだから。
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