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15巻

15-2

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「リネットちゃん、大丈夫だよ。私達もドランさんに相応しい女性であろうと日夜努力しているから、一緒に頑張ろう?」
「ありがとうございます、セリナ。セリナとドラミナは将来マスター・ドランの伴侶となる方。お二人にとっても恥ずかしくないゴーレムであるように、リネットは精進しょうじんします」
「う~ん、ドランさんの伴侶と言ってもらえるのは嬉しいけれど、そこまで深く考えなくていいのに」
「リネットはゴーレムですから」

 リネットの中では自分がゴーレムであるという事が、ゆずれぬ一線として明確に存在しており、彼女はあくまで従者、仕える者としての立場をつらぬく姿勢であるようだ。
 彼女はリエルの記憶や知識を与えられた影響で、落ち着き払った人格を有しているものの、実際にはまだ一歳にも満たない生まれたての赤ん坊も同然だ。
 だからこそ、既存の知識にこだわるし、発想や考え方そのものの種類がどうしても乏しく、視野も狭い。
 そのせいもあって、意固地いこじとも頑固がんことも取れる態度を取る傾向にあるようだった。
 それをドラン達が明確に理解するのは今少し先の話ではあるが、直感力が並外れているこの面子メンツは、既にある程度リネットの性格を把握していた。
 リネット自身がゴーレムであるという素性に拘るのなら、それを無理に変えさせる必要はないだろう。
 むしろ、彼女が自分はゴーレムだからと一歩引く事なく、を出すようになるまでゆっくりと付き合っていけばよいのだ。
 ドラン達は特に言葉を交わさずともそろってそう結論付けて、話題をテーブルの上に置いた紙袋や箱へと向けた。
 サンザニアで仕入れてきた東国の絹や品質の良い布地の束に、ガロアでは輸送費の問題などから高価になっている装飾品や希少な嗜好品の類だ。
 純粋なお土産であると同時に、アークレスト王国東部の交易のかなめであるサンザニアでは、どのような品が取引されるか、二人に伝える意味もあって、ドランはこれらの品を手広く購入してきた。
 セリナとドラミナは王国内の魔法学院の頂点を決める一大祭典――競魔祭きょうまさいで見た王侯貴族おうこうきぞくの衣服や装飾品を思い出しながら、そういった上流階級の人々が求めるような品々を手に取ってながめる。

「アラクネさんの糸とはまた違った手触りの良さですね。轟国ごうこく高羅斗こらとだと絹が特産品の一つなんでしたっけ」

 セリナは生地きじなめらかな感触に思わず溜息を漏らした。

翡翠ひすいぎょく、水晶などの鉱物も特産品でしたね。それらの細工物さいくものも同様ですか。東の戦争が始まれば、こういった品々の流通は少なくなるでしょう。お金の流れにさとい方々は、今から買い占めたり、独自に流通経路を確保したりするか、あるいは国内で需要と流通をまかなえるものに流行を変えようと動いているでしょうね。轟国などからの輸入品の代替となる物をガロアで用意出来れば、自然とお金が集まってくるはずですけれど、多少出遅れてしまうのは仕方がありませんね」

 かつては大国の女王であったドラミナには、口にした内容以上のものが見えているだろうが、あまりドランのやる事に口出しするつもりはないようで、胸に秘めた考えのうち、ほんの僅かを伝えるに留めていた。

「ふむ、絹や鉱物の類はガロア近郊で賄うのは難しいな。鉱山を探すとなれば、モレス山脈に活路を見出みいだしたいが、道中の危険性を考えると、そう安易には決められない。それに、ベルン村の領主となるのはクリスティーナさんだ。彼女を抜いて具体的な話を進めてしまっては、ねられてしまいそうだな」
「ふふ、確かにドランの言う通りかもしれませんね。クリスティーナさんはどこかそういう子供っぽいところがありますから。あら、これは?」

 ドラミナは、自分達に対しては普段隠しがちな〝〟を見せるクリスティーナの事を思い、小さな笑みを零した。
 そのままテーブルの上に広げられたお土産を眺めていたドラミナの視線が、ふとある品に吸い寄せられる。

「ん、ああ、それが気になったのか? 造り物だが、幸運のお守りらしい。尻尾しっぽの方もあるよ。物と人間が集まる都市だったから、様々な地方の昔話やおとぎ話に由来する品が多くてね、このお守りもそのうちの一つだな」

 ドランが親切心から解説を始めるが、ドラミナの耳にはほとんど届いてはいなかった。
〝それ〟は、ドラミナが抱えている〝とある悩み〟を解決する可能性を秘めたものだった。
 目にした瞬間、これだ! とひらめき、彼女の脳裏に稲妻いなずまが走ったのである。
 ドランがディアドラと二人でお出かけする前、ドラミナの心中を深い懊悩おうのうの闇に包みこんだ問題とは――


 ある日の夜、ドラミナは葛藤かっとうしていた。
 二つの選択肢のどちらかを選ぶ事が出来ずに、ひたすら悩み続けていた。
 ヴァルキュリオス王国の王座にいていた時、どれほど重大で解決の難しい問題であろうと、短い時間で最善と思える判断を下してきた決断力は、名剣のような切れ味を失い、びついた鉄屑てつくず同然になり下がってしまっている。
 はたしてここまで悩むのはいつ以来だろうか。
 幼い頃、世話役に園遊会へ出席する時の召し物として二着のドレスのどちらかを選べと言われた時だろうか。
 その世話役もドレスも、既に灰と変わって跡形あとかたもなくなってしまったが、今も色褪いろあせない思い出となってドラミナの心に残っている。

「にゃぁん」

 自分の世界に没入するドラミナの耳を、猫の鳴き声が揺さぶった。
 大好きなご主人に甘える、とろけた鳴き声である。よくもここまで……と、思わず感心してしまうほどの甘ったるい声だ。
 ドラミナは、鳴き声を発する〝猫〟へと瞳を向ける。ベッドの上でドランに寄り掛かり、あごの下や咽喉のどでられている〝セリナ〟へと。

「にゃ~~ん」
「よしよし」

 甘えてくる分にはとことん甘やかす性分のドランは、ごろにゃんと体をすり寄せてくるセリナを、望まれるがままに可愛かわいがっていた。

「にゃ、にゃ、にゃ」

 セリナは次々ともたらされる喜びにほとんど理性を失っている様子で、短い声を連続して繰り出す。
 そんなセリナの姿をたりにして、ドラミナは〝なんて羨ましい〟と思わずにはいられなかった。
 ああ、いいな、いいな、とっても羨ましいな――と思うドラミナだが、実は彼女も、猫の真似まねをして甘える事自体には、これといって躊躇ちゅうちょはない。
 では何を悩んでいるのか?
 それは……猫になるべきか、それとも犬になるべきか、という問題だった。
 いつだったか、部屋でドランに甘えるセリナが、にゃ~んと言いながら抱きつく姿を初めて見た時は、まあ大胆な、と驚いたものだが、ドランがおおらかにそれを受け止める様を見ていれば、羨ましくもなる。
 セリナがにゃんと鳴けば、ドランは猫にするように咽喉の下を撫で、わんと鳴けば、頭を撫でたり頬をむにむにしたり……とにかく、そんな二人を見ているうちに、ドラミナの心中で私も! という気持ちが大噴火するのは至極当然のことわりである。
 セリナはその日の気分によって〝セリにゃ〟になったり、〝セリわん〟になったりと、思う存分ドランに甘えている。
 実の妹のように愛しているラミアが、犬猫両用型ラミアであったと知り、ドラミナはひそかに戦慄せんりつしたのであった。
 ドラミナとて、犬や猫の真似事をするのに恐れなどはない。
 しかし、今日は猫になってドランに可愛がってもらおうか、犬になってドランに可愛がってもらおうか、選ばねばならないとなると、途端に悩んでしまうのだ。
 いっそ両方やってしまえばいい、と強欲な解決方法が幾度いくどとなく脳裏をよぎったが、先駆者であるセリナは犬の時は犬だけ、猫の時は猫だけと、きちんと決めてドランに甘えている。
 この事からドラミナは、甘える時はどちらかだけにしなくてはならないと捉えていた。
 実際にはそんな決まりはないのだが、それを訂正する者が誰もいない為、ドラミナは今日まで犬と猫の狭間はざまでもがき苦しんでいるのだった。
 にゃんか、わんか。
 にゃん、わん。
 にゃん! わん!
 セリナは〝セリにゃ〟を選んだ。そしてにゃんにゃん鳴きながら、ドランに目一杯可愛がってもらっている。
 ドラミナだって可愛がってもらいたいのだ。
 にゃんにゃんして、にゃんにゃんされたい!
 わんわんして、わんわんされたい!
 ――ドラミにゃか、それともドラミわんか。ああ! なんて悩ましい……そして贅沢ぜいたくな悩みである事か!!
 ドラミナは身悶みもだえしながらも、ついに決断を下した。

「ドラン、わ、私も可愛がってほしい……」

〝にゃ〟と続けたのか、それとも〝わん〟と続けたのか。それはドランとドラミナとセリナしか知らない秘密である。


 他者からすれば果てしなくどうでもいい事ではあるが……セリナが二つの属性を使いこなす恐るべき精神の持ち主であると知って以来、ドラミナは活路を開くべく自分にも新たな〝何か〟を求めていた。
 そして今、彼女に天啓てんけいが下りてきたのだ。
 彼女自身、まさかこうも早く問題を解決出来るとは、思ってもいなかった。
 ドラミナは、ドランが買ってきたお土産の〝幸運のお守り〟をじっと見つめてから、おもむろに手に取る。
 それを見ていたリネットが、不思議そうにセリナに問いかけた。

「セリナ、ドラミナはどうしてじっとアレを見ているのでしょう。それほどまでに気に入ったのでしょうか? これまでの会話から察するに、ドラミナの嗜好としては意外と感じられます」
「ん~~、あ、ああー、最近ちょっとドラミナさんが何か気にしているみたいでしたから、そのせいかも……。ドラミナさんは普段真面目な分、思い詰めやすいというか……こう、思わぬところでダダッと走りはじめてしまうところがあるというか」

 セリナの脳裏には、かつてドラミナが自分の事を無職、金食い虫と卑下ひげした時の光景が思い返されていた。
 周りがなんとも思っていなくても、自分がそうと感じたら思い詰める悪いくせが、ドラミナにはあった。
 今もその悪癖あくへきのせいで、周りに目が行かずにじっとお土産のソレを見つめ続けている。
 そしてドラミナは固い決意と覚悟と共に、ソレを頭の上に載せた。
〝わん〟も〝にゃん〟も使いこなす犬猫両用型ラミアであるセリナを相手に、同じ犬と猫の土俵で勝負しても、どうしても二番煎にばんせんじになってしまう。少なくともドラミナはそう思い込んでいた。
 だから、ドラミナは〝わん〟でも〝にゃん〟でもない、第三の道を求めていた。まさにそれが、ドラン達からのお土産にあった。
 ドラミナの紫がかった銀の髪の上で、それは小さく揺れていた。
 彼女が頭に載せたものはカチューシャの一種であったが、そこから細長い物体が二本伸びている。
 外側は白いもこもことした毛皮に包まれ、内側はピンク色……見間違いようのない、うさぎの耳であった。
 頭の上で兎の耳を揺らすドラミナは、ドランに少しだけ不安そうにこう言った。

「ドラン……」
「うん?」
「ど、
「ふふ、なるほど、ぴょんか。兎というわけだね。普段の悠然ゆうぜんとしているドラミナとはまた違って、その耳をつけていると、とても愛らしく見えるな」

 ドランの素直なめ言葉を聞き、薄い不安の色に染まっていたドラミナの顔が、喜び一色に塗り替えられるが……

「まあ、出来ればセリナとリネットの見ていないところでしてほしかった――と思うのは、贅沢かもしれんが」

 ドランにそう指摘され、ドラミナはこの場に自分と彼だけしか居ないわけではないのを、ようやく思い出したらしい。さあっと音が聞こえそうな勢いで、彼女の顔から血の気が引いていく。
 ドラミナはそっと振り返り、にこにこと笑みを浮かべているセリナとリネットをうかがい見る。

「あ、あう、セリナさん、リネットさん、これ、これは……」

 口をぱくぱくと動かしてなんとか誤魔化ごまかそうとするドラミナに、セリナは両手を頭の上に載せて兎の耳を真似しながらこう言った。

「ぴょん」


 セリナを真似てリネットも同じように両手で兎の耳を形作り、頭の上でぴょこぴょこと動かしながら、無表情のまま無慈悲むじひに告げた。

「ぴょん」
「~~~~~~~~~~」

 羞恥から顔を真っ赤に染めたドラミナの、声にならない悲鳴が部屋の中で木霊こだましたのだった。


 ドラミナの兎騒動が落ち着いてから、ドラン達はようやく明日に備えて眠る準備に入った。
 バンパイアであるドラミナにとっては、夜も深まるこれからこそが活動に適した時間だが、今日ばかりは精神的な衝撃が強く、ひつぎの中に引きもって一夜を明かすつもりらしい。
 ドラミナが兎の耳を頭の上で揺らしたまま棺の中に足を踏み入れ、セリナが寝巻ねまきに着替えてドランと同じ寝台に潜り込む様子を、リネットはサンザニアで買い与えられたベッドの中でじっと観察していた。
 その視線を感じたドランとセリナ、それに棺のふたを閉めようとしていたドラミナ達が、リネットに目を向ける。
 寝台で横になり、口元まで毛布を引き寄せていたリネットは、ドラン達に注目されているのに気付くと、両手で顔を隠してしまった。

「どうした、リネット。枕が変わると眠れないのかな?」

 ドランは、やはり何か特別な装置が必要だったのだろうか? と疑問を抱きながら、リネットに問う。
 リネットは顔を隠した両手の指の隙間すきまから瞳だけのぞかせて、視線の理由を明かした。

「リネットは新参のゴーレムです。ですからどうぞ気になさらずに、をしてくださって構いません」
「うん?」

 何を言っているのかすぐに分からず、首を傾げるドランに向けて、リネットは言葉を重ねた。

「健康な年頃の男女が同じ部屋で一夜を過ごすのです。たとえマスター・ドランがセリナやドラミナを相手に、を毎日毎夜求めていたとしても、リネットはそれも当然と受け止める覚悟を固めています。ですので、どうぞお気になさらず、いつものように夜をお過ごしください。リネット的には知識だけしかない男女のいとなみというものを、まさか人間とラミア、バンパイアの組み合わせで目の当たりにするなどとは全く予想外でしたが……極めて貴重な経験です。さあ、マスター・ドラン、どうぞ!」

 心なしか聞こえて来るリネットの鼻息が荒くなっているような気がして、ドランはやれやれと軽く息を零した。
 その溜息にうなじをくすぐられ、セリナの体がびくりとふるえる。
 露出している肌が赤く染まり、セリナの体温がどんどんと高くなっている事から、リネットの発言でセリナが色々と想像をたくましくしているのが、ドランには察せられた。
 棺の蓋を閉めようとしていたドラミナも、期待の光がまたたく瞳を彼に向けており、これまで意識せずにいた房中ぼうちゅうのあれやこれやを強く意識し直しているのが一目で分かる。
 ドランとて、肉体は健全な十六歳の男子だ。睡眠欲や食欲と同様に性欲もきちんと備わっているし、男性機能の方も問題ない。
 セリナやドラミナと同じ部屋で夜を明かしていて、性的な欲求を覚えないわけがなかったが、以前にもセリナ達と話し合った通り、関係を結ぶのは魔法学院を卒業して結婚をしてからと決めてある。
 今のところ、ドランはその約束を堅守けんしゅするつもりでいる。彼は謝意を込めてセリナの頭を撫でて、期待を裏切る心苦しさをまぎらわせた。

「リネット、君の期待に応えられずにすまないが、私はそういった事は結婚してからと決めているのだ。少なくとも、魔法学院の生徒であるうちにする予定はないな」

 ドランの発言にリネットばかりではなくセリナやドラミナも、露骨ろこつ落胆らくたんする。

「そうでしたか。マスター・ドランのお考えを知らず、勝手な事を申し上げました。猛省もうせいいたします。あ、でもリネットの存在が気になるという時には、席を外しますので、遠慮なくおっしゃってください」
「あまり反省しているようには聞こえないが……気遣きづかいはありがたく受け取っておくよ」

 やれやれと言わんばかりに肩をすくめて、ドランは残念そうな顔になっているセリナのひたいに口づけした。
 今はこれで許してほしい、と口にする代わりだ。

「もう、仕方ないですね」

 ドランのくちびるが触れた額を左手で撫でながら、セリナははにかんだ笑みを浮かべる。
 これだけでもう満足してしまう自分に少し呆れてしまうが、それでも嬉しいものは嬉しい――セリナは本気でそう思っていた。
 セリナの機嫌が元通り以上に良くなった事に安堵あんどするドランの耳に、ドラミナの呼ぶ声が届く。

「ドラン、ドラン」

 振り返れば、そこには前髪を左右にきわけて、額をあらわにしたドラミナが期待を込めた瞳でドランを見ていた。
 これはもう間違いようがなく、自分にもセリナにしたように口づけをして、という露骨な要求である。
 ドランがドラミナの願いをかなえるのには、ほんの僅かな時間で事足りた。


     †


 ガロア魔法学院長オリヴィエは、学院長室の椅子に深く腰掛けながら、〝今年はまったくどういう一年なのか〟と、しみじみと思わざるを得なかった。
 かつてエンテの森に存在したエルフを中心とした国の王であった彼女の父が、その国を解体した時や、アークレスト建国王とその仲間達と共に冒険にいそしんでいた頃も激動の日々であったが、この一年はそれらにまさるとも劣らない濃密さである。
 魔界の尖兵せんぺいによるエンテの森西方の侵略から、古神竜ドラゴンの転生者との邂逅かいこう、世界樹エンテ・ユグドラシルを狙った偽竜ニーズヘルと悪魔王子ガバンの襲来。
 エンテの森に限った話でも、これだけの出来事が立て続けに発生し、さらに範囲をアークレスト王国にまで広げると、目をおおいたくなるような事態が頻発している。
 そして、その直接の原因ないしは大いに関わりがある存在が、今、オリヴィエの前に居た。
 古神竜ドラゴンの転生者であり、ガロア魔法学院の生徒でもあるドランだ。
 彼のそばには、使い魔であるセリナとドラミナ、それにオリヴィエの朋輩ほうばいであるディアドラに加えてもう一人、褐色の肌に雪色の髪を持った見慣れぬ少女の姿があった。
 現在のリネットは、目覚めた当初の胸と股間部を隠すだけという露出の多い格好ではなく、ドランとディアドラが買い与えた白いブラウスに藍色あいいろのロングスカートを重ね着している。
 心臓でもある永久機関の生み出す力によって、リネットはこの惑星上のあらゆる環境下で活動可能であったが、見ている方が寒くなるような格好であったし、幼い外見とはいえ女性が肌を露出しているのは好ましくない。
 サンザニアでの一件については、事前に教員であるエドワルドからしらせが来ており、ディアドラから面会を申し込まれた時にも簡単に事情は聞いているので、これからどんな話を聞かされる羽目はめになるのか、彼女は把握している。
 とはいえ、知っているからといって、そう簡単に心の準備が出来たわけではなかった。
 オリヴィエはかつての大冒険でつちかった胆力たんりょくのお蔭で、内心の感情を表に出しはしなかったが、人目につかぬところで溜息を大量生産したい心情であった。
 ドラン達はいつも通り学院長室の中にある来客用のソファに腰掛けて、特に緊張したり萎縮いしゅくしたりはしていない。
 今回の話題は、リネットが造物主のイシェルの遺言ゆいごんに従ってドランの所有物となったという報告と、その過程でブリュードと戦い、レイラインの流れに関わった件、そして轟国の大物が密偵として入り込んでいた事の三つだ。
 轟国の大物とは、四凶将しきょうしょうの一角である饕餮とうてつ――ドランや教授達の前ではヤオと名乗っていた青年である。
 ヤオに対してはドランとディアドラの二人で色々と手を打っておいたので、余計な情報が漏れる可能性はまずない。
 しかし、上位の妖魔にも匹敵すると言われる四凶将が高羅斗ではなく、アークレスト王国内に自ら入り込んで密偵活動をしていたという事実は、報告せずに済ませられる問題ではなかった。
 轟国側もアークレスト王国が高羅斗を支援する事は当然想定していただろうが、その実情を探る為に四凶将を動かしてくるとは――王国上層部にとって寝耳に水だったはずだ。
 ヤオの存在は国家間の戦争に関わる重大事である。
 それと比較すれば、一人の魔法使いの遺産にすぎないリネットの扱いは、まだ規模の小さな話であった。
 この件に関しては、既にドランが曲がりなりにも騎爵きしゃく位持ちの貴族になっており、王国の上層部の間では特別な存在として目されているため、寛大な処置が取られるはずだ。
 オリヴィエにしても国内屈指の大魔法使いとして、リネットがどれほど希少な存在であるかは、ある意味浮世離うきよばなれしすぎしているドラン以上に理解している。
 お金、お酒、女、地位、名誉、あらゆる欲望をもってドランにリネットの譲渡を働きかけてくる者は当然居るだろうが、それでも前述の理由から、ドランが拒絶する限りにおいては、余程の事情がなければ王国が強権を用いる真似はするまい。
 オリヴィエは改めて、翡翠色の瞳にリネットの姿を映した。

「イシェル氏の事はよく憶えていますよ、リネットさん。ゴーレムクリエイト、ひいては創造魔法に関して、彼は宮廷の中でも屈指の使い手でした。弟子の一人を連れて行方ゆくえをくらましていたかと思えば、よもや地下に眠っていた天人の遺跡を利用していたとは。これでは捜索そうさくの手を伸ばしても見つからないはずです」

 ドラン達から伝えられた話は、オリヴィエの胃と頭に痛みを覚えさせるのに充分なものではあったが、何よりもまず、彼女はイシェルへの弔意ちょういを口にした。

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