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12巻

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 第一章―――― 勝利と歓声


 アークレスト王国に五つある魔法学院の頂点を決める祭典……競魔祭きょうまさい
 その本戦が開催かいさい中とあり、王都アレクラフティアは大変なにぎわいを見せていた。
 第一回戦、ガロア魔法学院の代表選手であるドランが、タルダット魔法学院のエクスを相手に精霊王を召喚し、絶対的な実力差を知らしめる形で勝利を得た頃、その様子を次元の狭間はざまで見守っていた者がいる。
 始原しげんの七竜の一柱にして、ドラゴンことドランの妹アレキサンダーと、破壊と忘却ぼうきゃくつかさどる大邪神カラヴィスである。
 時に歓声を上げ、時ににらみ合う彼女達を、この場に隔離かくりした始原の七竜の長兄ちょうけいバハムートは、この様子なら問題ないと放置していた。
 ドランが勝った直後はそれでよかった。しかし問題はその後だった。
 アレキサンダーがドランだけを称賛しょうさんするのに対し、カラヴィスはドランのみならず愛してまない娘のレニーアの事もたたえる。それに対してアレキサンダーがケチを付けたのが発端ほったんであった。
 アレキサンダーにとってレニーアは大会前に多少面倒を見てやったという程度の認識でしかなく、忌々いまいましいカラヴィスの娘となるとどうにも好きになりきれない。
 さらに嬉しそうに娘をほこるカラヴィスを見ていると、つい難癖なんくせをつけてしまいたくなるのだ。
 レニーアちゃん、最高、素敵すてき流石さすが、もうぼく濡れちゃう、などなど、カラヴィスが本当に褒めているのか怪しい言葉をつらねているところに、アレキサンダーはこう口をはさんだ。

「ふん、お兄ちゃんのごく一端とはいえ、地上の者共に実力を知らしめる事が出来たのは痛快だったが、レニーアはどうだ? 貴様が言うほどの活躍かつやくを見せたとは思えんな。私が訓練の相手をしてやったのに、ほとんど棒立ちで相手の攻撃を受けるだけだったじゃないか。最後の攻撃はマシだったが、まだまだだな!」

 アレキサンダーと根源を同じくするバハムートは、彼女の言葉にレニーアを思いやる気持ちが少しばかり含まれているのを聞き逃さなかった。
 だが、レニーアの事を目に入れても鼻の穴に入れても痛くないカラヴィスにとっては、そうではなかった。

「にゃにゃにゃ、にゃにおう!? よりにもよってぼくの可愛かわいい、きゃわいいレニーアちゃんをけなして馬鹿ばかにして虚仮こけにするたあ、君はそれでもあの子の〝叔母おばさん〟なのかい!!」

 カラヴィスは頭から湯気ゆげきながら歯をき出しにして憤慨ふんがいした。
 数多あまたの邪神達ですらその名前を聞いただけで際限ない忌避きひ感を抱くあのカラヴィスが、自分以外の誰かを悪く言われて怒っているという現実に、アレキサンダーは面食らったものの、それでも態度を変える事はなかった。

「誰が叔母さんかっ! たとえどうなろうと、私は貴様をお兄ちゃんの妻などと認めはしないし、レニーアにも叔母さんと呼ぶ事を許さない!!」
「うっせ、うっせ、うっせ、大人しく叔母さんと呼ばれときなよ。ばーか、ばーか、ば~か、聞き分けが悪いにも程があるぞい!」
「むきゃーー!!」
「なぁにが〝むきゃー〟だ。むきゃー、むきゃー、むきゃー!」

 幼稚ようち極まりないやり取りではあるが、間違いなくこの世界において最高位の存在である二柱。その強大な力は他者に多大な迷惑めいわくを掛けるのだから始末しまつが悪い。
 バハムートは自分でも手に負えない状態におちいるのを防ぐ為に、本気である事を隠さぬ厳しい声を発し、ののしり合う二柱に割って入る。
 必要とあらば全力の一撃を叩き込むつもりだと、理解させる声色こわいろであった。

「アレキサンダー、カラヴィス、感想を述べるのなら止めはせぬが、かくもみにくおろかに争うならば、我は力をもってなんじらを止めねばならぬ。またそうなれば、汝らがいかに隠蔽いんぺいしようとしても、ドランが気付くだろう。このまま感情に流されて争えば、事の次第を知ったドランに軽蔑けいべつされ、次の試合を観戦出来なくなるのは必至。その可能性を恐れるのなら、ここで騒動を起こすのはやめよ」
「おおふ、むむむむむ、レニーアちゃんに対する風評被害は断じて許せるものじゃねーけど、今回ばかりは、バハやんの顔に免じて引いてあげようじゃないのさ。あばよ!」

 思考の切り替えの早さに関してはドランも認めるカラヴィスは、本気になったバハムートとそれに便乗してくるアレキサンダーの脅威きょうい、そしてドラゴンに軽蔑される恐ろしさを瞬時に計算すると、背中を向けて大魔界の方へと猛然もうぜんと走り去っていく。
 見る間に小さくなっていくカラヴィスに対して、アレキサンダーは〝二度と顔を見せるな!〟などと罵詈雑言ばりぞうごんをぶつける。

「そこまでにせよ。妹の口からかような言葉が次から次へと出て来ると、気分が良いものではない」
「はぁい、バハ兄。それじゃあさ、早速お兄ちゃんの所に行こうよ。直接応援する事は出来なかったけれど、おめでとうを言うくらいは出来るよね」

 カラヴィスへと向けていた憎悪ぞうおの感情はどこへやら、アレキサンダーは肉親への親愛の情に満たされていた。
 対するバハムートの眼差しには冷厳れいげんな光が宿っていて、アレキサンダーの心中の不安の種をすぐさま萌芽ほうがさせた。

「あれ、バハにい、なあに? 怖い顔をしているけれど」
「アレキサンダーよ、そなたはおのれの力の使い方と、始原の七竜としてしかるべき振る舞いを心得ているとは言いがたい。以前地上に降りた時はまだ良しと考えていたが、カラヴィスとのいさかいを見た以上改めねばならぬ」

 固い声音こわねで告げるバハムートを前に、アレキサンダーの態度は厳格げんかくな兄に頭の上がらぬ妹のものへと変わり、カラヴィスが聞いたら大爆笑しそうな、みっともない悲鳴を上げる。

「ふえええ!?」
「二度と地上に降りるなとまでは言わぬ。だが、競魔祭が終わるまで、そなたはドランらと直接顔を合わせるべきではない。カラヴィスは隙を見て降りようとするであろうし、既にあそこにはマイラールやケイオス、アルデスらも居る。よもやあの者らと諍いを起こす事はあるまいが、そなたを含めた三つどもえの状態となっては、どんな事態を引き起こすか……。考えるだけでも頭が痛い。また、ドランが人間として参加している行事に、我らが軽々しく顔を出すべきではなかろう。ドランと縁のある者達の輪に、いたずらに加わる事はひかえよ」
「でででででも、バハ兄もリヴァ姉もヒュペも、特訓の相手はしたじゃない!」
「うむ、そなたばかりにドラン達との接触を禁じるつもりはない。我も競魔祭が終わるまでは、ドラン達に会わぬ。アレキサンダーよ、そなたが憎くて言っているのではないが、いかんせんその性情せいじょうでは、この場でいくらちかったとて信じきれぬ。観戦は止めぬし、競魔祭が終わった後に祝福しに行くのも止めぬ。だが、競魔祭の間だけは我慢がまんせよ」

 少しばかり仕置きの意味を込めて告げるバハムートに対し、アレキサンダーは目に大粒の涙を溜め、スカートのすそをぎゅっと握りしめて顔を伏せる。
 反論出来ないほど正鵠せいこくた指摘だったのもあるが、こんな所でカラヴィスと出くわしたばかりにこのような結果を招いた事に、アレキサンダーの心は千々ちぢに乱れていた。
 妹の落ち込む姿を見て、バハムートが少し言いすぎたかと考えた瞬間。
 顔をきっと上げるやいなや、アレキサンダーは全速力でけだしてバハムートのかたわらを通り抜けようとした。
 確かにアレキサンダーの涙は本物だった。しかしそれをも利用してバハムートにすきを作り、地上世界に降りようとはかったのである。
 しかし、末の妹の浅慮せんりょなどバハムートには透けて見えているようなもので、アレキサンダーの首根っこを後ろからがっしりつかみ止めた。
 締めつけられたアレキサンダーの咽喉のどから小さな悲鳴がこぼれる。

「くきゅ!?」
「まったく……そなたの浅はかさをなげくべきなのか、それほどまでにドランに入れ込んでいると解釈かいしゃくしてやるべきなのか。今日はこのまま竜界へと戻るぞ、問答無用である」
「えええええ~~~、やだやだやだ、い~や~だ~! お兄ちゃんと話したい~~、褒め千切りたい、すごかったねって言ってあげたいの!」
「競魔祭とやらは地上の時間であとほんの数日で終わる。その後に顔を出せ」

 アレキサンダーの口からは抗議の言葉が零れ続けたが、じきに〝びえええええ〟と、なり振り構わない泣き声に変わった。
 それでもバハムートの拘束こうそくゆるむ事はなく、アレキサンダーは抗議もむなしく竜界へと連れ戻されるのだった。


     †


 ドラン達の試合が終わった事で一区切りついたのは、アレキサンダー達だけではない。
 神の領域の一画で、眷属けんぞく総出でドランの試合を見守っていた、時の女神クロノメイズらも、真性の神でありながら崇拝すうはいするドランの応援を終えていた。
 彼女は夏季休暇きゅうか中にベルン村でドランと遭遇そうぐうして以来、すっかり信奉者しんぽうしゃと化してしまった。
 多くの天使や使徒、下位神達が、自分達を信仰する地上生物達への対応などの仕事へとおもむく中、それらを統率するクロノメイズは、彼女の住まいと定められた神殿へと戻っていた。
 様々な世界の多様な形の時計によって形作られた神殿は、一般に地上世界で見られる建築様式とは大いにことなるものだ。
 砂時計や水時計、香時計、日時計など、ドランの生まれ変わった世界でも使われている時計もあれば、果たして本当に時の流れを計る道具なのか疑わしい物体までがあちらこちらに置かれている。
 その最奥にある一室、巨大な時計盤が床となり、四方は様々な地上世界の過去・現在・未来が映し出された部屋に、クロノメイズの姿があった。
 彼女は褐色かっしょくの肌をあらわにして床に寝転び、天井てんじょうに映し出されているドランの姿をきる事なく見ている。

「ああ、ドラゴン様、精霊王ではなく、どうして私をお呼びくださらなかったのですか……。貴方あなた様のいやしい下僕げぼくめになんなりとお申し付けくださっても構いませぬのに。ドラゴン様、ドラゴン様……」

 クロノメイズはおそれ多いと思いながらもドランに呼ばれなかった事に不満を抱いていたが、程度の差こそあれ同じような不満を抱いている神は他にもいた。


「ぬははは、ドランの奴め、精霊達に頼るのなら我らを頼ればよいものを。遠慮えんりょしおったかな?」

 大きな声で笑うのは、うつを競魔祭の舞台上空へと降臨させて、観戦していた戦神アルデスだ。
 そうは言ったものの、神を召喚したとなれば精霊王の召喚が露見ろけんする以上の問題に発展するのは、アルデスとて理解しているので、あくまで冗談じょうだんとして口にしている。
 何かしら変則的な方法で召喚する事も不可能ではないが、競魔祭でそこまでする必要はまずなかろう。
 アルデスの周囲には、妹である女神アミアスをはじめ、観戦に来た神々の姿が複数ある。
 彼の右隣にはつややかな黒髪を長く伸ばした大地母神マイラール、更にマイラールの向こう側には左目をオリハルコンの眼帯でふさぎ、深緑色のローブと三角帽子ぼうし、両刃の槍をたずさえた老神、魔法と知識を司るオルディンの姿がある。
 そしてアルデス達の背後には、異形の人型が。シルエットこそ人間男性のそれだが、屈強くっきょうな肉体の大部分は白く、所々に赤や金の線が走っている。顔には鼻や目を思わせる凹凸おうとつしかなく、目は青一色のみで瞳孔どうこうなどは見られない。人間なら耳のある部分は、斜め後ろへ向けて角らしい突起が伸び、背後には燃えさかる太陽を思わせる赤い光輪こうりんと、夜空に輝く満月を思わせる白い光輪の二つが、重なるように浮かぶ。
 正義を司る大神ジャレイドである。
 そして六柱目は線の細い優男と見えるが、その実この場に降臨した全ての神々の中で最も神格が高く力のある神――混沌こんとんを司る大神にして、破壊と忘却を司る大邪神カラヴィスの双子ふたごの弟神でもあるケイオス。
 ドランの婚約者であり使い魔でもある、バンパイアの元女王、ドラミナが王都入りする際に誓約せいやくを交わした大神達である。

「呼ぶと決断したら、躊躇ちゅうちょせず我らにお声がかかりましょう。まあ、ドラン殿は我らの力など必要とはされないでしょうが、なんとも……」

 アミアスはたしなめるように兄アルデスに告げるが、何をするか分からないと定評のあるドランの事とあっては、今一つ言葉に力がない。

「おれとしてはドランや級友のクリスティーナ、後はあのハルトという少年と一槍いっそうわしたいところよな。おお、そう言えばケイオスよ、貴殿きでんめい――といってよいのかどうか怪しいが、あのレニーアについてはどうなのだ? 直接目にするのは今日が初めてであろう。おれが見た限りでは、ドランの目の届く所に置いておけば、とりあえずは放って置いても問題はなさそうだと感じたがな」

 マイラールと並んで始原の七竜ドラゴンと付き合いが深く、友好のきずなを結んでいる事で知られている大神ケイオスの反応に、老神オルディンや異形いぎょうの神ジャレイドまでもが注目した。

「もう少し様子を見ていたい。人間の父母や学友達への反応を見ていると、アルデスの言う通りのようにも思える。しかし、たましいを生み出したのがカラヴィスとあっては、一抹いちまつの不安は拭えぬ」
慎重しんちょうよな。とはいえ、ドラン以外でカラヴィスの厄介やっかいさをよく知っておるのは、貴殿とマイラールだ。貴殿がそう決めたのなら、口は挟まん。それに、ドランの奴の周囲にはなかなかどうして見所のある者が集まっているな。こう言っては不謹慎ふきんしんだが、あの者らの死後が楽しみだ。オルディン老を信仰している者が多いが、何人かこっちに引っ張っても構わんか?」

 知恵を司る老いた神は、キラキラと目を輝かせているアルデスの申し出をきっぱりと断った。

「お前はいささか強欲ごうよくにすぎる。死後の行く先は彼らに任せよ。冥界めいかい閻魔えんまの裁きを受けるか、お前のそのに招かれるか、我が下へと来るか、それは彼らの意思次第だ」
「ぬははは、オルディン老はむしろ無欲だな。ま、それもそうだ。無理して引っ張っていっては、ドランの奴が怒りそうだしな!」

 アルデスはすっかり自分の中で答えを定め、それ以上オルディンに問いかけはしなかった。
 彼らはドランとドラミナが交わした誓約により、競魔祭が開催されている間はこうして観戦すると決めて、その日は解散した。
 そして上空で自分達を見ていた神々が去った事を感じ取ったドランはというと――


     †


 出場選手の待機場所へと戻ってきた私を真っ先に迎えたのは、満面のみを浮かべていかにも上機嫌じょうきげんなレニーアである。
 出場者の中でも最強候補の一人であるエクスを私が破った事に騒然そうぜんとしている観客達の反応は、彼女にとっては実に小気味好こきみよいものなのだろう。

「ああ、ドランさん、分かり切っていたとはいえ、お見事な勝利でございました。ドランさんにふざけた態度を取ったエクスなる小僧っ子は、力の差を思い知ったでしょう。二度と立ち上がれぬほど打ちひしがれてしまえばよいのです」
「ふむ……」

 喜びいさんでそう告げるレニーアに、私は言葉をにごした。
 エクスのはなぱしらをへし折る事は目的の一つだったが、かといって再起不能にまで追い込むつもりはなかったからである。

「まあ、彼には出来ない芸当を見せたが、何もエクスに勝つだけが目的ではないよ」
「むう、そうでしたか。ドランさんの深慮しんりょ、このレニーアには到底とうてい考えが及びませぬ」
「相変わらず君は私を過大評価しすぎだ。そう大それた事を画策かくさくしたわけではないのだから」

 そんなレニーアの私に対する態度を見て、ひどく驚いている方々が観客席の中にいる。
 理知的な印象を受ける男性と、とても優しそうな女性。夫婦らしいその男女は、目をぱちくりさせて驚いている。
 あのような反応をするのは、私以外の者へのレニーアの態度をよく知っているからこそであろう。席の位置なども合わせてかんがみるに、レニーアの人間としてのご両親か。
 エクスの母親や兄弟姉妹と同様に、競魔祭に出場する肉親の応援に駆けつけていたらしい。
 私がドラゴンの転生者であると知る前のレニーアは、大概の親が養育を放棄ほうきしてもおかしくはない難物なんぶつだったが、このご夫婦は例外だったようだ。
 レニーアには、是非ぜひともこれからあのご夫婦に親孝行をしてもらいたい。

「まあまあドランさん、レニーアさんは貴方の試合を見ている間中、そわそわし続けていましたのよ。見ていて微笑ほほえましいったらありゃしませんでしたわ」

 レニーアに助け船を出したのは、優しい笑みを浮かべたフェニアさんだった。
 不死鳥の因子いんしを持ち、派手好きな性格のこの方だが、意外に面倒見がよく包容力のある女性だ。
 そんな彼女の目には、私の試合を真剣に見守るレニーアがさぞ可愛らしく映ったのであろう。
 一方ガロア代表のもう一人の問題児、ネルことネルネシアはと言えば、私に対して何やら思うところがあるようだ。

「おつかれ様。ドランなら必ず勝つと確信していた。それはレニーアと同じ。でも、不満が無いわけではない」

 ネルが発した言葉を私への侮辱ぶじょくととらえたのか、レニーアはそれまでの笑みをかなぐり捨てて、どす黒い怒りで顔をめた。
 レニーア、私をしたってくれるのはうれしいのだが、反応がいつも極端すぎる。せめて、ネルの話を最後まで聞いてから判断してくれ。
 私は溜息ためいきを吐きながらレニーアを手で静止する。
 ネルの不満点については薄々うすうす察しがついていたが、念の為、本人の口から直接聞いておきたかった。

「これは手厳しいな。後学の為にどこがまずかったか教えてもらえるか?」

 ネルが真剣な顔で語った内容は、私が予想した通りのものであった。

「エクスを倒したのは素晴らしい。称賛に値する。けれど、エクスは漏らしていない。大小どちらも。泣いて、わめいて、命乞いのちごいもしていない。これではもの足りない。私としては不満」

 悲しげにまゆを寄せて首を横に振るネルに、私はあきれ混じりの苦笑が浮かぶのを禁じ得なかった。
 いくらなんでもそこまで追いめるような真似まねはしかねるぞ、ネルよ。
 君がどれだけエクスの事を忌々しく思っているか理解したつもりだったが、本当に根深いな。

「ネル、流石にそこまで嫌ってはエクスが可哀想かわいそうになるよ。やはり直接対決出来なかったのが良くなかったな。競魔祭が終わった後にどうにかエクスと一戦交わせないか、オリヴィエ学院長に頼んだ方が良さそうだ」

 学院長にはまた無理をお願いする羽目はめになるかもしれないが、来年の競魔祭までネルがエクスへの嫌悪と怨嗟えんさを延々とつのらせ続けてしまっては、目も当てられない。
 舞台上でのエクスの言動や、彼があれだけ精霊に愛されている事を考えれば、ネルが彼に対して悪感情を抱くのは、何かしらのすれ違いが原因のように思えるしな。

「本当に学院長に頼むのなら、その時はよろしく」

 ネルは顔こそいつもの無表情で変化にとぼしかったが、そのひとみと声音は本気以外の何ものでもなかった。
 私はこういう役回りをするのは得意ではないのだが……まあ、レニーアにネルの真意を伝えるという目的は果たせたと前向きに考えよう。

「レニーア、というわけで、ネルが言いたかったのはこういう事だ。納得なっとくしてくれたか?」
「ええ、そういう話なら鉄槌てっついを下す必要はありません。まったく、ネルネシアもややこしい言い方をする。それでは私に早とちりしてくれと言っているようなものだ」

 ふん、とレニーアはいかにも不満げに鼻を鳴らし、ネルを半眼で睨みつける。
 なんとも理不尽りふじんな物言いに思えるが、ネルの方は素直すなおうなずいて謝罪しゃざいの言葉を口にした。

「ん、反省。気を付ける」
「ならばよし」

 ネルとレニーアがからむと最近ではこんな具合だ。
 この二人は案外性格の相性が良いのか、滅多めった衝突しょうとつしない。
 レニーアの言いたい事をはっきりと口にする性格と、ネルの自分の非は素直に認められる性格が上手うまい具合にみ合っているのだろう。
 勝利と共に戻って来た私はこのように迎えられ、後は試合終わりの挨拶あいさつとして照覧席しょうらんせきの王子と王女の方へ一礼して、ここから去るだけだ。
 観客席や実況席の様子を鑑みて、とりしきったのは、残る一人のガロア代表――絶世ぜっせい美貌びぼうを持つ剣士、クリスティーナさんである。
 もっとも、今は魔法の腕輪によってその美しさは有害にならない範囲に抑えられていたが。
 それまで私達のやり取りを微笑と共に見守っていたクリスティーナさんが、少しだけ声を張って呼び掛けた。

「さあ、そろそろ整列して殿下でんか達にご挨拶をしよう。本当なら舞台の上でするのだが、ドランとエクスの試合で壊れてしまったからね。こういう場合はここでご挨拶をするそうだ」

 ちなみに、競魔祭で初めて舞台を破壊したのは、今解説を務めているアークウィッチ、メルル女史だそうな。
 先程の私とエクスの試合を見て狂ったように笑っていたが……あの様子では、競魔祭が終わった後に間違いなく関わりを持つ事になるだろう。
 私達は殿下達に一礼して退出し、次の試合を観戦する為に観客席へと移った。


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