魔法がすべてを支配する王都で、ただ一人、魔法を使えない男がいた。名はガレオ。裏路地でボロい銭湯「裏のゆ」を営む、しがない四十半ばの男だ。
だが、その湯には秘密がある。剣聖も、賢者も、聖女も――名だたる英雄たちが、肩書きを脱いでこっそりこの湯に通ってくる。魔法ではどうしても抜けない疲れ「澱み」を、ガレオの焚く火だけが、すっと流してしまうのだ。
失われた一族「火守」の末裔。世界でただ一人、英雄たちの澱みを癒せる男。――だが、その事実を、当の本人だけが知らない。
「うちはただの銭湯ですよ」と首をかしげるガレオの湯に、今日もまた、世界を背負った誰かが、そっとのれんをくぐる。
肩書きを脱げる場所の、あたたかな群像ものがたり。
文字数 450,294
最終更新日 2026.10.19
登録日 2026.07.09
交通事故で死んだはずのゲーム廃人・高梨遼太は、戦国時代の尾張の貧村で赤ん坊として生まれた。
名は藤吉。
痩せた土地。
重い年貢。
咳の止まらない母。
村人からの冷たい目。
生まれた場所は、戦国の最底辺だった。
だが、藤吉には一つだけ異常なものがあった。
視界の端に、前世でやり込んだ無双系アクションゲームそっくりのUIが浮かんでいる。
ステータス画面。
全域MAP。
スキルツリー。
敵の位置は見える。
経験値を得れば、自分の身体も強くできる。
けれど、ここにはセーブもロードもない。
刀で刺されれば死ぬ。
母の咳は止まらない。
幼少期を耐え抜いた藤吉はUIを使い、野盗の襲撃から村を救う。
しかし村長は手柄を奪い、藤吉を村から追い出した。
「百姓風情が調子に乗るな」
その言葉を背に、藤吉は織田家の足軽となる。
桶狭間。
美濃偵察。
墨俣。
犬山。
陣中の派閥争い。
村に残した母の薬。
藤吉が持つ武器は、刀でも馬でも家柄でもない。
誰にも見えないUI。
前世で積み上げたゲーム脳。
踏みつけられても立ち上がる意地。
最底辺の百姓の子は、やがて織田信長の「目」となり、戦場と天下の動きを読んでいく。
今度こそ、何者かになるために。
そして、母を生かすために。
第一章 枯田村の役立たず
第二章 織田の末席
第三章 桶狭間
第四章 母の薬
第五章 味方の中の手
第六章 帰る家
第七章 犬山の閂
第八章 墨俣十日城
第九章 美濃への道
第十章 岐阜より
第十一章 桑名より
▼本作のゲーム体験版を公開中。
▼公式OP楽曲『明滅する赤』、公式ED楽曲『青いところ』公開中。
文字数 504,750
最終更新日 2026.10.19
登録日 2026.07.17
子爵家の末娘リリア、四歳。家族の誰にもかまわれず、屋敷のすみで育ちました。
でも私には、前の人生の記憶があります。数字を見ると、勝手に計算してしまうんです。
ある日、お父様の帳簿のお金の使い込みを、うっかりその場で言ってしまいました。
返ってきたのは「出来損ない」の一言と、追放でした。持たされたのは銅貨23枚だけ。
いいでしょう。それなら、この銅貨23枚を開業資金にします。
森で助けた銀色のもふもふな子犬のフェンと一緒に、つぶれかけのお店を立て直しながら、おいしいものを食べる旅に出ます。
つぶれかけのパン屋さんは村一番の人気店に。ガラクタだらけの雑貨屋さんは町一番のお店に。
私はただの経理顧問。なのに、まわりが勝手に大騒ぎしていきます。
え? 今さら「家がつぶれそうだからお金を何とかして」?
……ふふ。数字は、うそをつきませんよ。
※本作は、既存作品を全面的に改稿(リライト)した作品です。
文字数 146,105
最終更新日 2026.10.14
登録日 2026.07.28
四十二歳、独り身の門番騎士。「若いのを入れるから」と城をクビになった。
退職金代わりにもらった山小屋で暮らし始めた冬、嵐の晩に岩陰で大きな卵を拾った。温めたら、割れた。出てきたのは、手のひらに乗る竜の子。俺を見上げて、親だと決めたらしい。
それから毎日、飯を作って、寝かしつけて、飛ぶ練習に付き合っている。
知らなかったんだが、竜の世界には掟がある。「雛の親は、群れで一番偉い」。気づけば山の上に古竜たちが挨拶に並び、国からは「どうか竜との取り次ぎ役に」と頭を下げられた。俺をクビにした城の連中は、顔を真っ青にして詫びに来た。
悪いが、あとにしてくれ。うちの子が今日、初めて空を飛ぶんだ。
文字数 109,802
最終更新日 2026.10.13
登録日 2026.09.07
この別荘では、ぬいぐるみがパンを焼く。
令嬢のノエラは、まだ十歳。
姉ばかりかわいがる母ヘンリエッタに、古い別荘へ置いていかれた。
けれど、ノエラにはぬいぐるみを動かす魔法がある。
くまは畑を耕し、うさぎは洗濯物をたたみ、ねこは町の迷子を探しに行く。
別荘に住むのは、子ども嫌いで有名な大叔父。
その大叔父が、働くぬいぐるみたちを見るなり言った。
「この子は、わしの跡継ぎにする」
国一番の魔法使いの大叔父は、その日からノエラにだけ甘くなった。
新しいドレスに絵本に焼き菓子と、大叔父は毎日なにかを買ってくる。
王都からも、えらい魔法使いたちが跡継ぎの顔を見に来る。
「ノエラ、迎えに来たのよ。さあ、帰りましょう」
跡継ぎと聞いて慌てて来た母と姉は、ぬいぐるみたちに門の前で通せんぼされた。
大叔父様は、ぬいぐるみたちにパンの焼き方を習い始めました。
文字数 38,340
最終更新日 2026.10.06
登録日 2026.09.29
「お願い、弟が何日も泣きやまないの」
弟と妹を八人育てたトビーの話を聞いて、竜の姫が小さな弟を抱いて村へ飛んできた。
抱っこして背中をとんとんすると、竜の子はすぐにすやすや眠った。
その日から、トビーは竜の姫に雇われた子守りになった。
評判を聞いて、獣人の女騎士やエルフの女王からもお呼びがかかる。
もふもふの獣人の子も、いたずら好きなエルフの子も、トビーがあやせばすぐ泣きやむ。
「男が子守りだなんて、みっともない」
貴族の教育係だけは、会うたびにトビーを笑う。
困ったのは、子どもより雇い主のほうだった。
竜の姫と女騎士と女王は、次はうちの番だと、毎日トビーを取り合っている。
「村へ帰るのは、明日でいいでしょう?」
今日も、なかなか寝ない子や、けんかばかりの兄弟や、遠足ではぐれる子が待っている。
うわさは国じゅうに広がり、貴族のお屋敷や隣の国からも頼みが届き始めた。
その中には、あの教育係からの手紙もまじっている。
文字数 39,564
最終更新日 2026.10.06
登録日 2026.09.29
五百年、森で弓ばかり引いてきたエルフのユノが、人間の町で冒険者になった。
見た目は子どもなので、誰も五百歳だとは思わない。
入ったのは、十六歳の少年がリーダーの若いパーティだ。
「新人は後ろにいろ。危なくなったら、俺たちが守るから」
年下の先輩たちは、本気でユノを守ろうとする。
それがかわいくて、ユノは言われたとおり後ろでにこにこ見ているだけ。
なのに、先輩たちが剣を振るたびに、魔物がばたばた倒れていく。
後ろからユノが、こっそり矢を当てているからだ。
薬草採りの帰りに出た竜も、ユノが矢一本で落とした。
先輩たちは自分が強くなったと思いこみ、どんどんランクを上げていく。
新人いびりのブルーノは、からんできたその場で帽子を矢で飛ばされ、腰を抜かした。
竜を倒したことになった先輩たちは表彰され、今ではギルドと貴族の取り合いになっている。
とうとうお城から、次の竜退治の頼みが届いた。
「竜なんて楽勝だって。ユノは後ろで見てろよ」
文字数 38,356
最終更新日 2026.10.06
登録日 2026.09.29
「看板を立てるだけのスキル? 結界の足しにもならないね」
結界を高く売る魔導具屋の若旦那ギュンターは、王都の下町でそう笑った。
二十二歳のロルフは父の看板屋を継いだばかり。持っているのはハズレスキル【看板】だけだ。
実は、ロルフの立てた看板は、書いたとおりになる。
看板に『魔物立ち入り禁止』と書けば、魔物はその先へ一匹も進めない。
森の入口に『迷子はこちら』と立てれば、迷った子がちゃんと帰ってくる。
盗賊が出る街道にも、竜が荒らしに来る畑にも、看板を一枚立てればそれで片づく。
字の読めない獣人の少女ポポと看板をかついで回るうちに、頼みごとは王都じゅうから届くようになった。
結界が売れなくなったギュンターは、店に乗りこもうとして『悪い人は入れません』の看板にはじき出された。
王都の騎士団も貴族も、わざわざ看板を注文しに来る。
当のロルフは、相変わらず下町の小さな店で看板を書いている。
「ロルフ、次はなんて書くの?」
文字数 39,332
最終更新日 2026.10.06
登録日 2026.09.29
十五歳のルッツは、成人の儀で職業【見習い】と告げられ、村じゅうに笑われた。
「見習いは一生下っ端だな」
職業【剣士】を授かった村長の息子ベルントは、会うたびにルッツをからかう。
ところが【見習い】は、弟子入りした相手の技を全部覚えられる職業だった。
村はずれに住む引退した女剣聖ゲルダに弟子入りすると、次の日には剣聖の技が使えた。
ルッツはゲルダとふたりで、国じゅうの師匠をたずねる旅に出る。
山の魔法使いに弟子入りすれば魔法を、港の鍛冶屋の親方に弟子入りすれば剣の打ち方を覚える。
「次はうちの弟子になれ。剣聖には渡さん」
どこへ行っても師匠に引きとめられ、ゲルダと師匠のけんかを止めるのはいつもルッツだ。
威張っていたベルントは、剣を教えてくれと頭を下げに来た。
うわさは王様の耳にも届き、ルッツは城に呼ばれることになった。
本人は今も、自分はただの見習いのつもりでいる。
文字数 38,001
最終更新日 2026.10.06
登録日 2026.09.29
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
文字数 721,606
最終更新日 2026.10.06
登録日 2025.10.01
「庭いじりが好きすぎる令嬢はちょっと」。
それが、わたしの婚約破棄の理由でした。二十三歳、社交界では立派な行き遅れです。
落ち込んでいたら、隣の領地の若い伯爵さまが訪ねてきました。
「うちの庭を生き返らせてほしい。令嬢でも構わない」
というわけで、お屋敷に部屋までもらって、庭師になりました。たぶん天職です。
伯爵さまは働きすぎで、いつも疲れていて、めったに笑いません。
わたしは土を入れ替え、球根を植えて、季節の花を順番に咲かせていきます。
すると伯爵さまが、毎朝庭に出てくるようになりました。
「今日は何が咲く?」なんて聞いてきて、口元が少しだけゆるんで。
……それ、反則だと思います。
文字数 31,963
最終更新日 2026.09.13
登録日 2026.09.07
わたしの仕事は、国境で戦う兵隊さんたちへ領地の品を送ること。荷札のついでに、一筆添えるのが癖でした。
『毛布は二枚重ねてお使いください。一枚より、ずっと暖かいので』
『塩の樽は上の段へ。下に置くと湿気ります』
返事は毎回、たった一行。『助かった。』
三年続けて、戦争が終わりました。そうしたら、黒い馬に乗った大きな将軍さまが、まっすぐうちの門に来て、こう言ったのです。
「三年間、あなたの手紙で生きていた。結婚してほしい」
待ってください。わたし、あなたのお顔を今日初めて見ました。
……手紙では、あんなにお話しできたのに。お会いすると、お互いひと言も出てこないのです。
文字数 31,056
最終更新日 2026.09.13
登録日 2026.09.07
「星を眺めて金になるか」が、夫の口癖でした。
商会主の夫にとって、金にならないものは全部ごみ。祖母から継いだわたしの星読みも、ごみのほうでした。三年目に離縁状をいただきましたので、ありがたく受け取って、祖母の家がある港町へ。
星を読むと、嵐の日がわかります。船を出してはいけない日が、わかるんです。
港の古い船乗りに頼まれて、出航の日を選んであげました。その船だけ、嵐を避けて帰ってきました。次の月も。その次も。
気づけば家の前に船主さんの列ができて、いちばん大きな帆船の若い船主さまは、入港のたび、まっすぐうちへ来ます。
ちなみに元夫の商会は、船を三隻続けて座礁させたそうです。わたし、もう読んで差し上げませんけれど。
文字数 31,075
最終更新日 2026.09.13
登録日 2026.09.07
この国の一番の娯楽は、酒場の遠見鏡だ。人気冒険者の狩りが生で映って、客は酒を片手に賭けをする。
俺は映る側じゃない、四十手前のソロ冒険者。手堅い依頼を二十年。……のはずだった。
最初は、新人パーティの護衛で隅にちょっと映ったくらいだった。ワイバーンを煙でやり過ごして、それきり忘れてた。
ところが常連客が俺に気づいた。「おい、また例の男が映ってるぞ」「今日は北の狩り場だ」
気づけば賭け札に『大穴』の枠ができていた。倍率は上がったり下がったり、胴元は頭を抱え、「あれは仕込みだろう」と疑う客まで出る始末。
言っとくが、俺はいつも通り、通いで仕事をしてるだけなんだが。
文字数 30,758
最終更新日 2026.09.13
登録日 2026.09.07