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―その女、完璧な“嬢王”。だけど、推しの前ではただのオタク。
高級美術品のオークションハウス・桐山アーツ。
その中でも屈指のカリスマ性で信頼を集めるのが、若きエースオークショニア・黒崎冴子(くろさき さえこ)。
重厚な会場、張り詰めた空気、数千万単位の美術品が飛び交う現場―
その中心で毅然と立つ彼女は、冷静沈着・的確無比。
誰もがその実力と美しさに息を呑み、「嬢王(じょうおう)」の異名で称賛されている。
だが、そんな彼女には、秘密の“裏の顔”があった。
それは―
ガチのアニメオタクであり、人気配信者「夜空しずく」として活動しているという秘密。
スーツを脱げば、部屋着はもこもこのルームパンツとアニメグッズ満載のパーカー。
コスプレ姿で「尊い……!」と叫ぶ姿は、職場での完璧な姿とはまるで別人だ。
推しの変身シーンで一時停止を繰り返し、語彙が飛んだまま配信カメラに向かって語り続ける――
そんな日常を、誰にも知られぬよう慎重に、完璧に隠しながら彼女は生きている。
もちろん、職場の同僚たちは誰ひとりとしてその正体に気づいていない。
“地味に真面目で要領が悪い新人”の本郷修也は、冴子の背中をまっすぐに追いかける後輩。
オシャレで姉御肌な相良茜は、職場のムードメーカーであり、冴子とのランチトークが日々の楽しみ。
寡黙な観察者・三崎直樹は、感情をあまり表に出さないながらも、実務面で部署を支える縁の下の力持ち。
そんな彼らとの日常の中で、冴子は常に“完璧な嬢王”であろうと振る舞っていた。
――だけど、ふとした瞬間、境界線はにじみ出す。
ある日、原画集を手に入れた喜びを抑えきれず、スーツのままで「尊い……」と漏らした声に後ろから声をかけられ、
またある日は、茜とのランチ中に「夜空しずくって知ってる?」と話題を振られ、ドリンクを噴きそうになり――
「わかっているのに、欲しくなるなんて――」
葛藤の中、冴子は完璧な進行で落札に導く。
仕事を全うしたその姿は、まさに“プロ”の象徴。
彼女は決して弱さを見せない。
見せられない。
なぜなら、あの舞台に立つ者としての覚悟があるから。
「――進行に、支障はありません」
冴子が守るのは、“完璧な自分”ではない。
推しへの愛と、プロとしての誇り、そして何より――仲間たちと築き上げた、信頼の場所。
文字数 56,231
最終更新日 2025.04.26
登録日 2025.04.21
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