ネガティブモードに陥りかけたら、すかさずこう考える

2018.09.12 公式 考えすぎない 第29回
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仕事でもプライベートでも、私たち日本人はその勤勉さゆえなのかつい考えすぎてしまうことが多いように思います。しかしそうした日々の悩みは、ほとんどが“考えすぎ”を原因としています。この“考えすぎるクセ”を改善すれば、もっとラクに生きることができるはず……この連載では、「考えすぎずに生き、もっと幸せになる」ための方法を紹介していきます。 

一つのことにとらわれない

心が苦しくてどうしようもない時、すごく悩んで解決法(答え)が見つからない時には、何かにとらわれているのかもしれません。

お金(損得)、地位・名誉、成績・業績、夢・目標、愛する人、人づきあい……。

人はいろんなものにとらわれることがあります。

これらはすべて、本来は幸せに結びつくものでしょう。ところが、とらわれてしまうと、他のことが見えなくなって、不幸になってしまいます。

やるべきことがおろそかになったり、大切なものを忘れてしまったりします。

人のことが見えなくなって、平気で人を傷つけたり、人をダマしたり、人を裏切ったり、人を陥れたりしてしまう人もいます。

物事の善悪を見失って、犯罪行為をおかしたり、人間として恥ずかしいことをしたりしてしまう人もいます。

自分を見失って、自分の心や体を害することをしたり、自分の人生を台無しにするようなことをしてしまう人もいます。

とらわれているものに気づく

心がとらわれているのは、間違った「思い込み」かもしれません。「こうしなくてはいけない」「こうあるべきだ」というような思い込み、あるいは常識や世間体のようなものに心がとらわれているために、出口が見つからなくなっている場合があります。

「(必ずしも)こうでなくてもいい」のように考えることができれば、ラクになれることも多いでしょう。

たとえば、「○○が得られないと、幸せになれない」と思い込んでしまうのは、一つの幸せにとらわれていると言えるでしょう。「私は××だから、幸せになれない」と思い込んでしまうのは、一つの不幸にとらわれていると言えそうです。

「幸せはたくさんある」「悩みや問題があっても(それなりに)幸せに暮らすことはできる」のような考え方が一つの幸不幸にとらわれないために役立つのです。

心がとらわれているのは、「感情」かもしれません。

怒り、嫉妬、悔しさ、恐怖心、不安、寂しさなどの悪感情が強くなると、自分の考えや行動が流されたり振り回されたりしてしまいます。

そんな時には、問題の解決を考えるよりも、まずは感情を鎮めることに専念したほうがいいのです。「こういうこともある」のような現実を受け入れる考え方を自分に言い聞かせることで、少しでも心を落ちつけることができるといいでしょう。

心がとらわれているのは、「望み(欲)」かもしれません。

誰にでもいろんな望みや欲があり、その時々に何かを求めて行動しています。欲望があるから、人間は生き続けられる、また、幸せになれると考えることもできるでしょう。

ただし、欲にとらわれてしまうと不幸になってしまいます。

いちばん難しいのは、自分が何にとらわれているかに気づくことです。

苦しい時、すごく悩んだ時に、「自分は今何かにとらわれているのではないか?」と自分に問いかけることで、とらわれている何かに気づけるといいのです。

さらに、「とらわれているのは、何かへの欲か? 強い悪感情か? 何か思い込みか? 常識か? 人の目か?」などと自問できると、より気づきやすいでしょう。

とらわれないために

自分が今とらわれているものがわかれば、それをあきらめるか、(とらわれていることから生じうる悪いことや恐れていることを)覚悟するかすれば、ラクになれたり、悩みから抜け出すきっかけにできるでしょう。

すべてを、完全に、あきらめる必要はないでしょう。一部を、ある程度、あきらめるだけで、いい場合が多いでしょう。

たとえば、「これはしかたがない。あきらめよう」「こんなものはなくてもいい」「このくらいは(失っても)大丈夫」「人にどう思われてもいい」「(この人とは/うまく)つきあわなくてもいい」「つらいのは一時の事」などと考えるのです。

さらに、「他にもある」「まだ次がある」「きっといい経験になる」のように長い目・広い目で考えられると、なおいいでしょう。

「あきらめる」というよりも「とらわれない」と考えればいいでしょう。

成績・結果にとらわれない、成功・出世にとらわれない、お金にとらわれない、特定の人(づきあい)にとらわれない、人の目・世間体にとらわれない、理想にとらわれない……。

〝とらわれない〟とは、〝望まない〟〝求めない〟ことではなく、〝望みすぎない〟〝求めすぎない〟ということです。自分が望むものを求めて努力するのはいいことです。

自分が求めるものが得られないことで不幸になった時には、「とらわれているのではないか?」「求めすぎではないか?」と自問することで、自分がとらわれているものに気づき、「□□にとらわれるのはよそう」と考え、とらわれから(一時的にでも)放れられるといいのです。

一つのことにとらわれない自由な心で、生きていけるようになれたらいいのではないでしょうか。


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プロフィール

本多時生
本多時生

1956年7月、神奈川県生まれ。電気通信大学卒業。ソフト開発の仕事の傍ら、20代後半より「人の幸せに関する研究」をライフワークとしてはじめ、1996年には「幸せのホームページ」を開設、現在までほぼ毎日更新を続けている。

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