さらに昨今は、「AIの普及によって社会に大きな転換が起こり、これまでの経験は通用しなくなる」と語られがちである。転じて、「AIネイティブになるZ世代以降のほうが、有利である」と語られがちである。しかし、これは本質を外した誤解である。
ChatGPTをはじめとする生成AIは魔法ではない。膨大なデータを学習し、確率的にそれらしい答えを返す計算機に過ぎない。計算機がどれほど高性能でも、問いの立て方が稚拙であれば、入力される情報は薄く、出力もまた平凡になる。経験の浅いZ世代が出す指示はどうしても浅くなりがちである。どれほど最新のツールを使っても、結果は「Garbage In, Garbage Out(ゴミを入れたら、ゴミが出てくる)」に陥る。
さらに仕事とは「付加価値」に対価が支払われる本質がある。そのため、誰でも無料でAIを使える今、AIポン出しの結果をコピペすることには、一切の付加価値がない。誰にでも出来るからだ。AIを使うにしても、そこには付加価値を乗せる必要がある。そしてその付加価値とは、まさしく修羅場をくぐってきた管理職だけが創造することができる。
「クライアントが求めている本質は何か?」、「何が課題で何を求められているか?」。こうした文脈を、具体的な言葉としてAIに与えることができるのは、仕事のベテラン勢なのだ。つまり、「仕事の本質と付加価値」を理解したアナログな経験値こそが、AI時代においては不可欠なのである。
「AIが使える」だけでは対価が支払われるような仕事は出来ない。AIは増幅装置、拡声器のようなものなので、中身のない声を大音量で流しても、聞くに堪えないノイズが広がるだけである。
さらにZ世代は、出力された結果の「正誤」や「妥当性」を判断する基準を持っていない。世間的には、AIはまるで全知全能の神のようなイメージがあるが、専門分野についていえば、今の時点ではやはり的はずれな回答もあったり、クライアントの課題解決につながらない回答もまだまだ多い。この先、10年後、20年後はわからないが、当面は人間の目による検証作業は依然として必須である。AIの回答を「検証」できる能力、およびその判断を支える社内外の人脈、それらを築くために費やしてきた時間の厚みこそが、AI時代における最強の武器となるのだ。
AI自体は最新のツールだが、Z世代と管理職が同じスタートラインに立っているわけではない。最初から勝負は決しているのである。
仕事の本質は、人脈、信頼関係、部署間調整、責任の所在等、デジタル以前のところにある。これらがなければ、どれほど高度なツールを使っても仕事は進まない。
デジタルツールと実務はアプリとOSに例えると分かりやすい。デジタルツールはアプリである。一方、その土台となるOSは実務理解と人間関係だ。OSがなければ、アプリは正常に動作しない。メール一通、電話一本が効力を持つのは、そこに信頼と文脈があるからだ。
管理職層が積み上げ、評価されてきたものは、このOSそのものである。管理職層は、ITツールに詳しくなる必要はない。 取るべき立場は明確である。「自分でも出来るが、司令塔として部下に業務を与える」という立ち位置だ。
もちろん、AIやITツールを何も知らなくていい、とはならない。「操作(How)の習熟」は不要だが、「機能(What)の理解」は不可欠なのだ。何ができるかを知らなければ、適切な指示も出せないからである。自分はデジタルに詳しくないから、と部下に丸投げを続けては、徐々に実権はITツールに詳しいだけの部下へと移ってしまい、空虚な成果物しか上がらなくなるだろう。
仕事の操縦桿を握ることで、Z世代の持たない経験値を存分に活かすことができる。そして、Z世代部下は徐々に同じAI、同じツールを使っているはずなのに、なぜか上司の指示に従うことで仕事が前に進むことに気づく。その光景を目の当たりにしたとき、やがて理解する。 凄いのはツールではない。この人の判断力と経験なのだ、と。
実務で勝ち続ける限り、上司の威厳はITスキルの有無に左右されない。それどころか、結果を通じて、Z世代からの静かなリスペクトは確実に積み上がっていくのである。だから管理職は、Z世代の無条件で萎縮する必要はない。現場を知り、判断を下してきた者が、組織の実権を握り続けるのである。