彼らの「繊細さ」がいかに自分本位なものであるかを象徴する現象がある。それが「退職代行サービス」の流行だ。入社してわずか数ヶ月、あるいは数日で見切りをつけ、業者を通じて退職を突きつけてくる。引き継ぎはおろか、上司や同僚への挨拶すら一切ない。昨日まで普通に談笑していた新人が、翌朝には「もう二度と出社しません。連絡は代行業者を通してください」という冷徹なメッセージとともに蒸発するのだ。自身の「心の傷つきやすさ」を声高にアピールする一方で、自分が突然いなくなることで現場にどれほどの混乱と負担を強いるか、残された人々がどれほど不快な思いをするかについては、驚くほど無頓着である。
また、次の就職時に採用担当者に、自分の行動がどういった印象を与えるかも想像が出来ていない幼稚さがある。前職での働きぶりを確認するリファレンスチェック、昨今では日本企業でも増加している。万が一にも「地雷社員」を引き取りたくないので、彼らも社運をかけて採用には慎重だ。退職代行を使って強引にやめたことが前職から知らされれば、通ることはまずないだろう。
彼らにとって退職代行は、ゲームの「リセットボタン」と同じである。人間関係が少しでも面倒になれば、数万円の課金で関係性を強制終了させる。嫌な上司と向き合い、対話を通じて状況を改善しようという努力のプロセスを完全にスキップする。これもまた、「タイパ」至上主義の歪んだ発露と言えるだろう。
上司はハラスメントの告発を恐れて言葉を飲み込み、面倒な業務は彼らを避けて通り、彼らは自分の居心地の良い空間を守ることができるだろう。しかし、ロジカルに考えれば、これが長期的には自らの首を絞める極めて非合理な戦略であることは明らかだ。「私は繊細なので厳しい指導はしないでください」と宣言した人間に対して、組織はどう対応するか。答えは簡単だ。「重要な仕事は任せない」という判断を下すだけである。腫れ物として扱われるということは、すなわち成長の機会、挑戦の機会、そして失敗から学ぶ機会をすべて奪われるということだ。結果として、彼らはスキルのない、市場価値の極めて低い人材として年齢だけを重ねていくことになる。特にこれは大企業で起きている。筆者はこれを戦略的放置と呼んでいる。「楽な仕事でラッキー」と思っているのは本人だけで、実際には彼らのキャリアは年を追うごとに毀損している。新卒時からろくなスキルもない、義務を果たさず権利だけ主張する「訳ありなアラサー」を求める会社は世の中にない。
会社は利益を生み出さない人間に、いつまでも手厚い配慮を与え続けるほど甘くはない。彼らが「弱者性」を武器にできるのは、若手という特権的なモラトリアム期間だけだ。その期間が過ぎた時、彼らの手元には何も残らない。 弱者ポジション取りゲームは、最初は勝っているように見えて、最終的には必ず自分が敗者となるゲームである。その冷厳な事実に気づかせ、彼らを「お客様」から「プロフェッショナル」へと引き上げることこそが、我々上の世代が果たすべき本当の責任ではないだろうか。
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