ビジネス書業界の裏話

人材育成の環境変化とビジネス書の関係

2017.06.08 公式 ビジネス書業界の裏話 第33回
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インターネットとビジネス書

いかなる人、国、産業には成長期というものがある。ビジネス書にも成長期があった。それは1970年代~1990年代であろう。とりわけ80年代までは、ビジネス書の青春時代だったといえよう。1980年代が青春時代なら、現在は何だということになる。中高年時代か、初老の時代か、熟年時代か。いずれにしても大きな曲がり角を越えてしまっていることは間違いない。

出版界全体の業績は1997年がピークで、以降ずっと下り坂が続いている。出版界が斜陽産業であることは、誰の目にも明らかだ。しかし、個人的にはビジネス書が斜陽になったのは、97年よりももう少し後年という印象がある。97年はインターネット元年だ。

インターネットの普及は、確かにビジネス書、それも実務の基本知識をテーマにしたビジネス書にとっては"天敵"であった。ネットを開けば情報は手に入るのだから、わざわざ本を買って読む必要がない。しかし私は、インターネットよりも、ビジネス書が頭打ちになったのは「企業の人材育成の環境が変わったこと」に、より大きな要因があると考えている。社用がなくなってビジネス書は斜陽になったのである。

70年代のビジネス書

話は70年代のビジネス書の青春前期に遡る。ビジネス書は日本経済とともにあった。前回、ビジネス書が誕生した背景について述べたが、青春時代もまた日本経済および産業とともにあった。日本経済は1973年のオイルショックまで高度成長を続ける。「いざなぎ景気」「いざなみ景気」と呼ばれる長期の景気拡大期間があっただけでなく、成長率も大きかった。成長率は年10%を超えていた。企業が成長すれば、マネジメントの必要性が高まる。そうした中で、リーダーシップやマネジメント技法を紹介することには、常に一定の需要があった。

ただ、オイルショック前の日本の産業界では、リーダーシップやマネジメントについての学習は、読書よりもセミナーや講演会、つまりライブの学習のほうに軸足を置いていた。本を読むより聞いたほうが早い。この時期には公的、民間を問わずたくさんの産業教育団体が誕生した。ちなみに自己啓発の元祖的存在「ナポレオンヒルの成功メソッド」も、この頃に日本に入ってきた。当時はテキストと音声テープが教材だった。金額はわからないが、かなりの高額だったと思う。

セミナーや講演会は常に大盛況、産業教育を掲げる団体はみんな我が世の春を謳歌していたらしい。こうした幸福な時代は73年のオイルショックまで続く。

オイルショックを経て企業はマネジメント学習の方法を改めた。セミナー、講演会は参加費が高い。そのため企業はセミナー、講演会に社員を派遣することを抑え、通信教育や自前の社内研修へ舵を切る。市販のビジネス書は、通信教育や社内研修の副読本として使われる機会が増えたのだ。オイルショック前のセミナーや講演会需要は、オイルショックを境に「通信教育」や「ビジネス書需要」へとシフトしていったのである。

オイルショックによって企業はマネジメント学習のための予算を抑えたとはいえ、この頃の日本企業はまだまだ成長を続けていた。したがってリーマンショック後とは違い、オイルショック後の企業は人の採用と人材育成への投資をやめなかった。さらにオイルショックは、企業に組織構造、生産手法、販売手法の効率化を強いた。企業は変わらざるを得なくなったのである。

メーカーは少品種大量生産から多品種少量生産への道を摸索した。販売部門も、作れば売れるという時代は去り、お客とのコミュニケーションや買ってもらうための手法が必要になる。生産や販売のシステムが変われば、組織も変えざるを得ない。会社が変わるためには教科書が必要だ。こうしたビジネスの新しい手法の紹介と導入手順は、無論ビジネス書の十八番である。オイルショックはビジネス書にとっては、成長のチャンスとなった。

オイルショック後のビジネス書

オイルショック前後のビジネス書の出版社で、最も成功したのは日本実業出版社だろう。ビジネス書はトピックがあるときだけ売れる本ではなく、一年を通じて安定的な需要のある本となった。企業が継続して改善・改革を行うようになったからだ。高度経済成長時代は頭を使わなくても儲かったが、オイルショック以降の安定成長の経済下では、工夫と改善を凝らさないと企業は儲からなくなったのである。工夫と改善、さらに改革を進めるときは闇雲にやっては失敗のリスクが高い。そのためガイドブックが常に必要とされたのである。

あらゆるジャンルのテーマを本棚一面に用意している日本実業の本は、ガイドブックを求める当時のビジネスマンにとっては心強かったであろう。実は日本実業出版は直販のビジネス雑誌も出していた。経営者向けの雑誌「経営者会報」、営業責任者向けの「オールセールス」、その他のジャンルでもいくつかあった。いまでも続いている雑誌はあるかもしれない。

これら直販の経営雑誌の最盛期はオイルショック以前である。日本実業出版社は、直販雑誌から書籍へうまくスイッチできた例だろう。雑誌から書籍へうまく切り替えることができずに、没落していった直販経営雑誌は多い。

ちなみに直販のビジネス雑誌で最大部数を誇る「日経ビジネス」は、第2次オイルショックの後、日本経済が安定から低成長に向かう過程の80年代前半に出てきた雑誌である。高度経済成長の時代に生まれた直販の経営・ビジネス雑誌とは、誕生の時期も経緯も、誌面のつくりかたも大きく異なる。

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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