ビジネス書業界の裏話

ビジネス書作家の在り方とは

2018.03.22 公式 ビジネス書業界の裏話 第51回
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企業もよく本を読んでいた時代

学校にしても、読書にしても、そこで決定的なことを学んだわけではない。だが、学んだことが彼らのベースとなって、その後の企業人生に生かされ、今日の経営者の地位に結びついている。

人は人生のどこかで勉強が必要になる。その勉強とは、ネットで拾ってきた情報をつなぐだけではできない勉強である。だから本を読むことは必要であり、一流の経営者は本を読むと、私は多分に願望のこもった見解を抱いているが、まんざら大外れではないと思っている。

本を読むのは経営者だけではない。昭和50年代には企業も本を読んでいた。企業が本を読むという表現は奇妙だが、企業ぐるみで本を購入し読んでいたのである。昭和50年代までは、企業を有力な販売先としていた出版社があった。こうした出版社の本は、書店ではほとんど見当たらない。職域営業が専門の出版社である。職域営業の出版社は、企業、組合などに直接本を持って行き販売する。

企業、組合が相手なので出版のジャンルは冠婚葬祭、スピーチなどの実用書に、労働法などの法令関係のものや、節税といったビジネス書(ただし、当時はまだビジネス書というジャンルはなかった)である。ただし、専門書ではなく入門書だ。書店はあらゆる出版社の本を扱うが、職域営業の出版社の商品は、自社の本だけである。他社の本は営業しない。一社の出版物だけで商売ができた理由は2つある。

一つは、扱う本が入門書であること。当時の入門書は、どの出版社がつくったものであっても内容はもちろんのこと、見た目の変化も大して違いがなかった。当時の書籍の傾向をひと言で表せば「地味」。したがって、本が売れるかどうかは、「そこにあるかどうか」で決まる。その点、会社まで持って来てくれる職域営業には優位性があった。

次に、職域営業はまとめ買いになるので、本は何百円か値引きがあった。同じ内容の入門書ならば、書店で買うよりも値引きがある分、職域営業の本を買ったほうが得ということになる。

以上の2点が自社発行の本のみで職域営業が成立した理由だが、私にはそれに加え、当時の企業および社員には、本を読まなければという意識があったと感じられる。よく馬を水場に連れて行っても、飲むかどうかを決めるのは馬だといわれる。本を買うかどうかを決めるのは、社員の自由意思だ。社員本人に読む気がなければ、そこに本があっても読むことはない。当時の人々は、勉強する必要を肌で感じていたのだ。

ビジネス書作家の役割は永遠

ビジネス書は、今日でも時々企業のまとめ買いがある。しかし今日の企業のまとめ買いと、昭和50年代の職域営業とでは様子が異なる。今日でもある企業のまとめ買いは、企業で本を購入し社員に読ませる。購入者は企業だ。しかし、職域販売の本は、あくまでも買うのは個人である。読む気がなければ本は買わない。

職域営業の出版社にとって、企業の総務部や組合の事務所は、いわば「書店」だったのだ。職域営業の担当者は、企業や組合に行ってそこで本を販売するわけではない。見本と注文書を持って企業の総務部や組合事務所へ赴き、注文は総務部や組合の専従職員に集めてもらう。そして、注文された本は会社や組合に届ける。そこから購入者に渡す手間も企業や組合任せだ。したがって、企業や組合にはバックマージン(報奨金)もあった。組合にとっては、職域営業の出版社からの報奨金も有力な財源だったらしい。営業担当は見本と注文書を持って行くだけ、その後の納品も本をまとめて送るだけだから、担当は何十社でも受け持つことができる。職域営業は、コストのかからない構造だったのである。

そうした背景があって、職域営業の出版社は書店店頭に本がないため目立つことはなかったが、昭和50年代までかなりの好業績を上げていた。だが、好業績を上げていた職域営業の出版社で、いま残っているのはわずかだ。衰退した理由は、外的要因、内的要因ともいくつかあるが、私が最も致命的だったと思うのは商品開発、すなわち本の企画・編集に努力を怠ったことだ。商品はあれば売れる時代から、必ず選ばれる段階に移る。いかに入門書といえども、十年一日のつくり方をしていればやがて選ばれない本となり、衰退は避けられない。職域という絶好の市場を見出したのは見事だったのだから、選ばれる商品づくりに力を入れていたなら、また違った展開があったように思えて残念だ。

当時の企業や組合の人々が本を読んだのは、勉強する必要があったからだ。では、いまの人には勉強の必要がないのか。いや、むしろいまの人のほうが勉強の必要を感じているはずだ。しかし本は読まない。本を読むというのは、一定の手間と時間を要する。それに対して勉強を必要とするテーマは、次々と更新され、読書では追いきれない。

次々と変わる新しいテーマに追いつくには、浅く、薄く、短く学んで対応するしかない。それは読書よりもネットのほうが向いている。しかし、いかなるテーマも表層に触れただけでは、核心に至ることはできない。核心に至らなければ本質は不明なままだ。一流経営者が、ある時期にまとまった時間をとって勉強していたのは本質を見抜き、その本質をつかむ訓練だったと言える。

本には本の役割がある。そして人は人生のどこかでまとまった勉強をするときがある。ビジネス書の作家の役割がなくなることはない。

本連載は今回で終了となる。通算すると今回で51回目だ。ビジネス書出版の裏側というテーマでスタートした連載だが、途中からむかし話ばかりするようになった。そのむかし話も、正確性と網羅性に十分だったとは言えない。つまり、全体にまとまりのない連載だった。そんな連載に2年間もお付き合いいただき、衷心(ちゅうしん)より感謝申し上げる。

長い間ありがとうございました。みなさんのご成功を心より祈念いたします。

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プロフィール

ミスターX
ミスターX

ビジネス雑誌出版社、および大手ビジネス書出版社での編集者を経て、現在はフリーの出版プロデューサー。出版社在職中の25年間で500人以上の新人作家を発掘し、800人を超える企業経営者と人脈をつくった実績を持つ。発掘した新人作家のうち、デビュー作が5万部を超えた著者は30人以上、10万部を超えた著者は10人以上、そのほかにも発掘した多くの著者が、現在でもビジネス書籍の第一線で活躍中である。
ビジネス書出版界の全盛期となった時代から現在に至るまで、長くビジネス書づくりに携わってきた経験から、「ビジネス書とは不変の法則を、その時代時代の衣装でくるんで表現するもの」という鉄則が身に染みている。
出版プロデューサーとして独立後は、ビジネス書以外にもジャンルを広げ文芸書、学習参考書を除く多種多様な分野で書籍の出版を手がけ、新人作家のデビュー作、過去に出版実績のある作家の再デビュー作などをプロデュースしている。
また独立後、数10社の大手・中堅出版社からの仕事の依頼を受ける過程で、各社で微妙に異なる企画オーソライズのプロセスや制作スタイル、営業手法などに触れ、改めて出版界の奥の深さを知る。そして、それとともに作家と出版社の相性を考慮したプロデュースを心がけるようになった経緯も。
出版プロデューサーとしての企画の実現率は3割を超え、重版率に至っては5割をキープしているという、伝説のビジネス書編集者である。

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