『ぴとぴとぴと』展を終え、卒業制作のクリエイションに没頭していたある日、ガーディアン・ガーデン事務局から電話がかかってきました。
「もしもし成田さんですか?」「はい」「その後、元気にしておられますか?」「はい、その節はまことにお世話になりました。今は卒業制作づくりに日々邁進しています」「おお! ところで成田さんは、多摩美を出たあとはどうなさるんですか?」「卒業後ですか? 東京藝術大学の大学院を受験する予定です」「そうなのですね。実は、リクルート創業者の主宰する江副育英会(現、江副記念財団)に奨学金制度があるんですが……藝大大学院に合格なさったら、この奨学金に応募してみませんか?」「え? え! 奨学金ですか?」
ガッツポーズ! すごく嬉しい! 思わずその場で小躍りしてしまいました。
「あの……聞きにくいのですが、その奨学金は、卒業後に返済するタイプのものでしょうか?」「ははは、違いますよ。こちらの奨学金制度はお返しいただく必要はありません」「え! 本当ですか? 嬉しいです! ぜひぜひ! 晴れて大学院に合格しましたら、ぜひよろしくお願いいたします」
なんてラッキー★なご提案でしょうか。美大生というのは、制作・勉学に長時間励むことが求められる一方で、決して安くない制作材料費・学費の負担もあります。とくに私立大学は学費が高めなので、一人暮らしが避けられない地方出身の学生などは家賃ぶんの出費もかさみ、学ぶということに対してとてもMONEYがかかるのです。僕も学業を続けるために、日々のクリエイションと勉学に支障が出ない範囲でアルバイトに励んでいました。
大学院でもそういう生活をするんだろうなと覚悟していたので、奨学金のお話は本当に嬉しいものでした。貴重な奨学金制度ですから、電話をくださったガーディアン・ガーデン事務局の方も、誰に提案すべきか悩まれたことと思います。その中で自分を選んでくださったことに、今でも心から感謝しています。
15歳の頃から入学を夢見ていた憧れの学び舎・東京藝術大学大学院に受かれば、奨学金も授与していただける……よし、がんばらねば! とさらに卒業制作のクリエイションに向けて奮起したのでした。
大学4年の1月某日――この日は卒業制作の提出日です。多摩美の染織科で“織り”を専攻する僕は、機(はた)織り機でのオリジナルファブリックの創作・研究をしていました。
ファブリックの虜になったのは2年生のときです。ある授業で、ウールでのパイル織りによるモコモコしたファブリックの表現に出会い、魅了されました。そしてその授業の先生に、「このモコモコの素材感なら、僕は(共通課題の)タペストリーではなく、羊のようなモコモコ帽子を創りたいです! そのほうが素材そのもののイメージを活かせると思います!」とお願いしました。
先生はそんな僕の思いを理解し、認めてくださいました。こうしてクラスメートたちがタペストリーを織る中で、僕は1人、帽子創りに勤しみます。見よう見まねでなんとなく帽子のイメージ画を描き、設計し、モコモコなオリジナルファブリックを織り上げて、羊の帽子を完成させました。この出来事は、現在僕がコスチュームアートや人物を装わせてのビジュアルクリエイションを手がけている、その原点だと思っています。
その後、大学ではいくつものテキスタイル技法を学びました。絣(かすり)織り、フェルト、シルクスクリーン、二重織りなど、教授陣からときに楽しく、ときに厳しく教えていただき、オリジナルファブリックの研究に励みました。
そうやってさまざまな経験を積んでいきながら、それでもあの、パイル織りで羊の帽子を創った際のドキドキ❤が自分の中に強く残っていました。そのため卒業制作では、あのときのファブリックを発展させて『羊服』(ようふく)という作品に仕上げました。羊をイメージさせるモコモコとしたパイル織りのファブリックコスチュームを創り、真夜中のダークカラーをテーマに、羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹……とばかりに眠りへ落ちていく7匹の羊の群れを表現しました。
こうして無事に卒業制作を終えた2月――その「7匹の羊」も連れて、いざ! 東京藝術大学大学院デザイン科の狭き門へ受験に行きました。
東京藝術大学……はっきり言ってトラウマです。18歳、高校3年時に初めて入学試験を受けて以来、5回も受験に失敗しているのです(高校卒業後、4年間浪人をしました)。今回は大学院とはいえ、これまで拒まれ続けたこの聖地キャンパスでの試験には正直ビビってしまいました。
まずは大石膏室でのデッサン試験。そのあと、見事なまでに大きな“新巻鮭”を一尾ずつ渡されて、「これをモチーフにポスターを制作せよ!」との課題が。僕はお歳暮のポスターを創ることに決めて、お皿に載せられた新巻鮭を美味しくたいらげた熊が骨だけ残ったそのお皿を眺めている図をビジュアル化しました。キャッチコピーは、「ことしも美味しくいただきました」です。
実技はこれで終了。残るは後日行なわれる面談のみです。面接官の教授陣は学部生の授業も担当しているため、東京藝大からの受験生については制作スタイルや卒業制作の内容を知っていて10分程度の面談でした。しかし他校生の僕に関してはなんと1時間にもおよびました。
僕の面談では、アーティストとしても活躍されていた日比野克彦さんをはじめとする方々が面接官を務めておられました。
「成田くんはすでにクオリティの高い、そしてオリジナルな作品スタイルを持っている。今さら大学院で学ぶ必要はないのでは?」
創り手として認めていただいたうえで、そんなポジティブな意見をいただきました。日比野さんは、僕がかつて参加したいくつかのコンペティションの審査員も務められた方です。そんな日比野さんや面接官の皆さんに、僕は自分の思いをまっすぐに伝えました。
「僕は、高校生の頃から東京藝術大学でアートやデザインを学ぶことを夢見て、全力でクリエイションに励んできました。東京藝術大学には豊かな制作環境・スペースがあり、国立の由緒ある美大ということで多くのチャンスに出会えると思っています。大学院卒業後はドクターコース(博士課程)に進み、アーティストとして身を立てたいと考えております」
やがて面談は終わり、その後発表された結果は、合格でした。僕の気持ちは、日比野さんはじめ教授陣の皆さんに届いたのだと思います。
そして1997年の春――15歳からずっと憧れ続けた東京藝大の門を、ようやく、くぐることが叶ったのです。奨学金も無事いただけて、大好きなクリエイションに専念できることに。桜が、やっと咲きました。
それから大学院で2年間学び、卒業後は資生堂でのアートディレクターの門をくぐり、現在に至ります。
以前、嬉しいことにガーディアン・ガーデン事務局から、現在も開催しているコンペティション『1_WALL展』の審査員をしてもらえないか? とご依頼をいただきました。
20代のとき……大学2年時に抱いた「チャリティー展覧会に参加したい!」という思いから始まった僕の挑戦。やがて年月が経ち、今こうして「チャレンジすべき若きクリエイターを応援! 発掘! 審査!」する側のクリエイターとして声をかけていただけることを、創り手としてとても光栄に思います。謹んでお引き受けいたします。
まさにガーディアン・ガーデン主催のイベントで選ばれ、育ち、まだまだ未熟ですがクリエイターとしてそれなりに成長し? 次代を担う若き世代の人たちにつないでいくバトンを渡された気分です。大役ではあるものの、全力で務めさせていただきます!
さて、昨年4月に始まったこの連載「cueのプププ プレゼン力」は、今回の第24回をもちまして終了となります。約1年もの間ご愛読いただき、本当にありがとうございました。連載を通じてさまざまなチャレンジをご紹介してきましたが、僕は今も、日々チャレンジを続けています。何事にも自分なりに真剣な思いで挑み、「ケ・セラ・セラ」とポジティブに、地球で“毎日”をクリエイトしております。これからも変わらず「死ぬまで新しいドキドキ❤を創り続けたい成田CUE」をプレゼンテーションしながら、HAPPYに生きていきます。
それでは皆様、ごきげんよう❤LOVE。
本連載が書籍に? 資生堂アートディレクター成田久氏が、銀座一丁目の森岡書店にて「ププププレゼン力」展を開催中! 2017年12月19日(火)~28日(木)まで。詳細はこちら