さて、カウンセリングでご相談をお受けしていると、「人の目が気になる」「相手の感情を察知して疲れる」という相談をよくおうかがいします。
相手にどう思われているか、相手の気分を察知して顔色をうかがうことに疲れている人がとても多いのです。
相手の価値基準、つまり「他人軸」で生きる人は、自分の気持ちよりも、他人の気持ちを優先しがちです。
「自分は嫌われているのではないか」「陰口を言われているのではないか」と人の顔色を見ることがクセになっていると常に不安におびえることになってしまいます。
「相手は私に〇〇と言ってほしいのではないか」「相手は私に〇〇してほしいと思っているのではないか」と、相手の考えていることを勝手に想像し決めつけるクセがあると、まだ何か言われたわけではないのに、先回りして相手の望むような言動をしてしまいます。自分の行動基準が、相手の気分に左右されるのです。
わざと明るく振舞い相手を喜ばそうとしすぎる人も「他人軸」で行動するクセが染みついています。周りの人の感情を読み取ることにエネルギーを使い果たし、疲弊してしまうのです。
オフィスビルが立ち並ぶ地域のカフェで働くFさんは、気配り上手な店員として評されています。人が何を求めているのか、いつも細心の注意を払い、お客さんの望むサービスを適切に行っています。
仕事ぶりは充実しているはずなのに、なぜかとても疲れてしまいます。
理由は、お客さんのニーズに応えるだけでなく、スタッフ間のやりとりにも気を遣い、過剰に業務を請け負っているからだとわかりました。
そして、上司が忙しそうにしていると、機嫌を損ねないようにしなければと緊張します。
Fさんは子どものころから、人の気分の変化に敏感でした。
Fさんの母親は時々、急に機嫌が悪くなり、無言の圧力を与えることがあったのです。そのためFさんは、母親の機嫌を損ねないように、先回りして率先して家事を手伝ったり、宿題を仕上げたりするようになりました。
大人になってからも、他人が急に怒りだすのではないか、不機嫌になるのではないかと人の顔色をうかがい、相手がしてほしいこと、してほしくないことを察知して行動することがクセになっています。
同僚がプライベートで遊びに行く話をしていて「どうする?一緒に行く?」と聞かれたら、自分が行きたいかどうかよりも、相手が来てほしいと思っているかどうかを考えます。「表向きは誘っているけど、本当は来てほしくないのかもしれない」「ここで、行くと返事したら、うっとうしいと思われるかもしれない」と考え、「私は用事があるからやめておくわ」と返事するのです。
本来ならば、遊びに誘われたら自分が行きたいと思えば「行く」、自分が行きたくない、あるいは都合が合わない場合は「行かない」と返事するのが妥当です。ところが、相手にどう思われているかを気にして、相手の感情が自分の行動選択の基準になっている場合、相手がしてほしい行動を選ぼうとします。「自分は嫌われている」「自分はつまらない人間だ」と思っていると、「行かない方がいいかな」という判断をしてしまうのです。
「自分は嫌われている」「自分はつまらない人間だ」、このような思考パターンを「認知の歪み」、わたしは「考え方のクセ」といっています。わたしたちは、事実に意味づけをして解釈する傾向があります。せっかく好意を持って遊びに誘ってもらったのにもかかわらず「考え方のクセ」で否定的に解釈してしまい、「誘いを断わる」結果になってしまうのです。
相手がこんなふうに考えているのではないかと勝手に否定的に想像する考え方のクセのことを、「読心術(どくしんじゅつ)」といいます。
「他人軸を行動基準にする」ことも、「考え方のクセ」のひとつです。
このような「考え方のクセ」は、「自動思考」といって、考えようと思う前に自動的に頭に浮かんでくるものです。
ですから、まずは、自分でも気づかないうちに無意識に発動している「考え方のクセ」に気づくこと。自分を観察していくと、だいたい同じようなパターンを繰り返していることに気づくはずです。
そして、繰り返しになりますが、「本当はどうしたい?」と自分の心に問いかけることです。相手の気分より自分の意志を大切にしていいんですよ。
相手を優先してしまうクセのある人は、自分にこう言い聞かせてあげましょう。「相手の感情は、相手のもの」「自分が相手の感情まで気を遣わなくていいよ」「自分は自分のやりたいことをやっていい」。
あなたの人生はあなたのもの。誰かに遠慮しなくてもいいんです。