――抽象的な質問となってしまいますが、高津監督が野村さんから学んだことは何でしょうか?
高津 うーん、「野球の奥深さ、難しさ」ですかね。野球がうまくなるためには、奥深さ、難しさを知らないと、決して上達しないと思うんです。野村監督から教わったことは、今でも通用することばかりなので、それは自分が監督となった今、選手たちにも伝えていきたいです。それが、僕の仕事の一つでもあるのかな、と思っています。
――「野球の奥深さ、難しさ」とは、具体的にはどういったことでしょうか?
高津 いわゆる『野村ノート』にあるような、12種類のカウントごとの打者心理、投手心理から始まって、打撃論、投手論、戦術論など、野球のすべてですね。こうしたことを選手たちに一つ一つ教えていくつもりでしたし、実際に今年のキャンプでも、そういうことを伝えました。今回、監督に就任するにあたって、改めてノートを見返してみました。もう、何年も前に書いたノートなのに、新たにつけ加えることって、ほとんどないんです。せいぜい、自分の体験や感想を加えるぐらいで。
――野村さんは監督在任時に、『野村ノート』を少しずつアップデートしていたと聞いたことがあります。実際に現役時代に毎年ミーティングを経験されてきて、そういったことを感じたりしましたか?
高津 はい、感じましたね。カウント別の心理についても、野村監督在任中の8年の間に、僕は3~4回聞いていますけど、毎年少しずつ内容が増えていました。95%は一緒なんだけど、残りの5%は新しいことが加えられている。そんな感じでした。でも、さすがにもう、これ以上はつけ加えることはないんじゃないのかなと思っています(笑)。
――高津監督は現役時代、1991年から2003年までヤクルトに在籍し、その後はメジャーリーガーとなり、06~07年にヤクルトに復帰します。この時点で野村監督がチームを去ってから8年が経過しています。当時のヤクルトに「ID野球」は残っていましたか?
高津 当時は古田敦也監督時代でした。野村監督の「ID野球」をもろに受け継いだ方なので、古田さんなりの解釈や言葉遣いではあっても、野村さんの教えは残っていました。そして、それからさらに時間が経過しました。でも、僕もそうですが、チームには野村監督の下でプレーしていたスタッフも多いので、それは変わっていないです。